見出し画像

木原事件 ある国会議員一家の事件簿(7)

この物語はフィクションであり、登場する人物は全て架空の人物です。

逸子がピースをしている写真については竹田班として慎重に事実関係を確認しました。居酒屋の店主の証言を取り付けることは勿論、当日の売上書類を引っ張り出し注文内容が整合することも確認しました。更に写真の背景に写っていた絵画についてわざわざその画家を訪ね、絵を渡した時期まで確認しました。その後も山本との面会を続け山本の証言の信憑性を固めるといよいよ立件に向けた体制を組むことになりました。何しろ12年も前の事件で物的証拠が少なく、殺人事件であることの証明から始めなければなりません。そんな中、事件当時現場にいた逸子の証言及び逸子周辺の家宅捜索はさらなる捜査、被疑者確定の為には絶対必要な状況でした。捜査陣はいままで捜査に加わっていたサツイチのメンバーの中から4,5人を選び「証拠班」を作り、捜査差押許可状の申請に必要な資料整理を進めることにしました。そして10月に入るといよいよ法医学者の鑑定書・意見書、供述調書、実況見分調書、数十枚の写真などの必要書類が揃い、殺人被疑事件として大塚の鬼原逸子宅と桑名の福本謙三宅を対象とした捜査差押許可状を地方裁判所に申請しました。警察としては同時に逸子の取調べを始めたいのですが、犯行に関する決定的証拠がない以上、逮捕や身柄拘束は出来ず、飽くまで「任意」の形で事情聴取を行うことになりました。普通の被疑者であれば山本の証言の信憑性、現場の状況などから逮捕の可能性もありましたが、何しろ相手は国会議員夫人であり、捜査陣も慎重にならざるを得ませんでした。

そして10月9日昼、大塚の鬼原逸子宅と桑名にある逸子の父親宅に警視庁捜査一課の捜査員が時刻を合わせて家宅捜索に入りました。家宅捜査の対象にならなかった鬼原の選挙区のマンションには逸子の任意同行を求める為、数人の刑事が訪れていました。チャイムを鳴らすと怯えた顔をした逸子が生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて出て来ました。逸子は戸惑いながら「少し待って下さい!」と急いで鬼原に連絡を入れます。しばらくするとこの緊急事態に慌てて駆けつけた鬼原は「何ごとか!」と強い口調で刑事を問い詰めます。そして「幼稚園にも子供がいるし、とにかく今日のところは帰ってくれ」と逸子の任意同行を拒否しました。仕方なく刑事たちが引き下がると鬼原は乗って来た車に飛び乗り、胸から携帯電話を取り出すと自分の上司である岸本政調会長にこの事態を報告します。鬼原は2012年の総選挙で衆議院議員に復活すると2005年の最初の選挙以来お世話になっていた大物議員から派閥の長を引き継いだ岸本を紹介されました。それ以来、岸本外務大臣の下で外務政務官、外務副大臣として岸本を支え、岸本が1年前に自民党政調会長となるとそれに従うように政調副会長に抜擢されていました。鬼原と付き合って6年、既に岸本は鬼原なしでは何も出来ないほど頼りにしていたのですが、それには訳がありました。鬼原は財務省の国際派で英語も堪能でしたが、岸本はそれまで内政しか知らず、安倍外交の下では操り人形的な外務大臣でしたが、そんな中、鬼原の助言は極めて貴重で頼もしいものだったのです。さらに東大を3度も落ちた岸本には東大出身の財務省エリートだった鬼原を従えることはこの上ない喜びでもありました。岸本は鬼原へのお返しとばかり「大丈夫!任せておけ!俺が三階幹事長に頼んでやる!」と力強く返事をすると、すぐに三階幹事長に電話を入れました。「わかった!とにかく鬼原に自民党本部に来るように言ってくれ!」と言うと三階は岸本の慌て振りとは対照的に落ち着いて電話を切りました。

三階幹事長の前に立った鬼原に対し「悪いことは言わん!そんな女房とはすぐに別れろ!」と三階は苦虫を噛み潰したような顔で諭します。「でも二人目の子供が生まれたばかりなので今別れるわけには行かないです」と鬼原は神妙な顔で答えます。三階は「それなら取り敢えず警察の事情聴取には素直に応じろ!ただ捜査状況がどうなっているのかは逐一報告せい!そうだ君には情報調査局長を兼務してもらうので、そっちのルートから聞けることは聞いて毎日報告しろ」と鬼原に指示しました。そして「本当に危なくなったらその時は直接俺に連絡して来い!」と付言することも忘れませんでした。鬼原は不安ながらも三階の最後の言葉を信じて幹事長室をあとにしました。

逸子は翌日から連日のように事情聴取を受けることになりますが、しっかりと化粧し、きちんとした服を着て、私は国会議員夫人なのよと言う無言の圧力を見せ付けていました。取調室で対峙するのは勿論、伝説の取調官・斉藤警部補でした。世間話で緊張をほぐしながら徐々に事件の核心へと迫ります。「事件のあった夜、警察が来るまで寝ていたと言うのは本当か?」「はい」「そんなことはないだろう!」「でも本当です!」「嘘をつくな!あの晩、山本淳に電話したことは分かっているんだよ」「いや電話なんてしていません」「そんなことは記録を調べればすぐ分かるんだよ!」そう言われた逸子は観念して「はい、電話はしました。でも電話して様子を伝えただけです」「おかしいな〜。山本はお前が民雄を殺したと電話して来たと言ってるぜ」「そんなこと絶対に言ってません!!」「でも山本はお前に呼ばれて家に行ったと言ってるんだけどな」しばらく考えた逸子は「はい、確かに淳は家に来ました。でもその時、民雄は生きていました。」「ふ〜ん、そうかい。で、そのあとどうした?」「民雄と淳が話をしている間に私は子供と一緒に寝ました。なのでそのあとの事は何も知りません」「そうかい!それで民雄が死んでも気が付かず警察が来るまで寝ていたって言うのかい!」「はい」と小さな声でつぶやくと逸子はそれ以降は何を聞かれても黙り込み、何も答えることはありませんでした。
(続く)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?