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神祇地祇~穢れ、祓います!~【同人誌サンプル】


 ――おおぉぉぉーん。
 地鳴りのような唸り声が響き渡る。音の元は遙か遠くだが、私たちが待機している場所にまで聞こえてきた。小学校の校庭に設置された仮設テント、周囲では作業服姿の人間が多数、忙しく働いている。
「……きた」
 隣に立っていた若い男――伶龍(れいりょう)が唇を歪めてにやりと笑い、カチッと鯉口を切る鋭い音がした。短髪に黒のスーツ姿、ぎょろりとした三白眼は彼のガラを悪く見せていた。さらにかけている、太縁の黒眼鏡がそれを強調する。実際、二ヶ月前、数えで二十歳になって彼とペアを組んでからというもの、彼のせいで私は災難続きだ。
「いい? 今日こそ私の指示に従って」
 伶龍を注意する私はといえば、白の着物に緋袴……いわゆる、巫女装束だ。これからの行動を考えればジャージにしてくれと言いたいところだが、これがきまりなのだから仕方ない。それにもう、慣れた。それでも長い黒髪は邪魔にならないように後ろで輪っかにして結わえている。
「聞いてるの?」
 しかし彼からの返事はない。目をらんらんと輝かせ、腰を低くためてそのときを今か今かと待ちかまえている。それを見て、小さくため息をついた。
「とにかく。私の指示に従ってよね。わかっ……」
 ドーン!と大きな音がするとともに地面が揺れ、身体が浮く。
「見えた」
 彼の言葉どおり、立ち並ぶ住宅のあいだから二つに折れた、黒い棒状のものが何本も見えた。しかもそれは五階建てのマンションと同じくらいの高さがあり、不気味に蠢いている。
「参る」
 低く呟いたかと思ったら、伶龍が一歩踏み出した。後ろ足が地面を勢いよく蹴り、弾丸のごとく一直線に〝それ〟に向かっていく。
「ちょ、待って!」
 傍らに置いてあった弓を掴み、慌ててそのあとを追う。しかし彼の姿はすでに、豆粒のように小さくなっていた。
 ――うぉぉーん!
 少しして先程よりも甲高い、雄叫びが上がる。すでに伶龍が、交戦状態になっているようだ。
「だから待ってって言ったのに!」
 最速で棒状のものが集まる中心へと向かう。そこには建売住宅サイズの、黒い靄状のものがあった。棒状のものは足のようなもので、これは大きな蜘蛛のような形をしている。
「おとなしくやられろっ!」
 無茶を言いながら先に到着していた伶龍が、それに向かって刀を振るっている。刃がそれに当たるたび、キン、キン、と高い音がした。靄に見えるアレは無数の蟲で、刀では歯が立たない。なのに伶龍は無意味に、刀を振るい続けていた。
「ちょ、援護するから!」
 周囲を見渡し、視界の開けた場所を素早く探す。滑り込むようにそこへ移動し、弓をかまえて弦を絞った。的は大きいので狙いを定める必要はない。ひゅんと矢が空気を切る音がしたあと。
 ――うぉーん!
 大きな雄叫びを上げ、それが身を捩ったように見えた。矢の当たった周辺の蟲が、散っていく。それもそのはず、この矢は対蟲用の術を付加した特殊な矢なのだ。一度は散った蟲たちだが、またすぐに集まり元の形を作った。この矢には一時的に蟲を蹴散らす力しかない。あの中に隠されている、核を破壊しなければ。
 すぐに第二射を放ちたいが、私にかまわず刀を振るい続ける伶龍が邪魔だ。
「ちょ、邪魔! どいて!」
「うっせぇっ!」
 私を振り返りもせず、伶龍は強引に力で押していく。その勢いには感情などないはずのそれもたじろいでいるように見えた。
「もうっ!」
 短く愚痴を漏らし、弦を引く。今度は伶龍に当たらないように慎重に狙いを定めた。けれどちょこまかと彼は動き回り、難しい。
「少しくらいっ、じっとしててくれればいいの、にっ!」
 放たれた矢は緩い放物線を描きながら空気を引き裂き飛んでいく。
 ――うぉぉーん!
 矢が当たり、それが声を上げる。伶龍の頬を矢が掠めたように見えたが……きっと気のせいということにしておこう。
 続けざまに二本、ほぼ同じ場所に矢を打ち込む。同時に蟲たちも散っていった。おかげで。
「見えた!」
 それの核である、赤い球状のものが姿を現した。
「あと、は……」
 御符を矢に突き刺し、弓につがえる。核に狙いを定め、弓を引き絞った瞬間。
「もらったーっ!」
「えっ、あっ!?」
 跳躍した伶龍が、核へと刀を突き立てた。思わず手を弦から離してしまい、矢は明後日の方向へと飛んでいく。深々と刀の刺さった核からピシリとひび割れる音がした。
「ヤバッ!」
 しかし時すでに遅し。一気に収縮した核は溜め込んだエネルギーを放出するように破裂した。辺り一帯に血のように赤い雨が降り注ぐ。当然、私もずぶ濡れだ。
「あーあ。また怒られる……」
「ははははははっ。倒してやったぞ!」
 憂鬱なため息をつく私とは反対に、伶龍は勝ちどきを上げるかのごとく高らかに笑っていた。

「いったいいつになったら、満足に祓えるんですか」
「……すみません」
 生きていれば私の母ほどの年の男性に叱責され、身を小さく縮み込ませる。町はあれが破裂してまき散らした液体で、建物も道路も赤く染まっていた。防護服を着た人々が浄水を撒いてそれを除染している。
「除染費用がいくらかかるかわかってるんですか」
「……すみません」
 同じ言葉を繰り返し、ますます身を小さくした。あれの核を切れるのは伶龍の刀だけ。なので彼がとどめを刺したのは問題ないが、やり方が問題なのだ。核は崩壊する際、破裂して辺りを穢れで汚染する。そうしないために私が矢で御符を貼り、伶龍がとどめを刺すのが正しいやり方だ。けれど彼は待てができない。躾のなっていない犬のごとく、核が姿を現すと一目散に向かっていく。おかげで毎回、この有様だった。
「いい加減にしてくださいよ、まったく」
 彼――柴倉(しばくら)さんの口から疲労の濃いため息が落ちていく。そうさせているのは自分なだけに、大変申し訳ない。今日は着替えすらさせてもらえずこれなので、柴倉さんはかなりご立腹なようだ。わかるけどね、私も彼の立場だったら怒鳴りそうだ。
「刀の制御は巫女であるあなたの役割ですよね」
「……はい。すみません」
 頭を垂れてひたすら無心に謝罪を繰り返した。私だって好きであんなヤツとパートナーを組んでいるわけではない。できることなら今すぐ別の刀と交換したいくらいだ。しかし、パートナーチェンジは刀が折れたときしかできないといわれたら、諦めるしかない。
「本当に頼みますよ」
「……はい。すみませんでした」
 もう一度ため息をつき、彼はようやく私を解放してくれた。
「……いい加減にしてほしいのは私のほうだよ」
 ひとりになり、辺りを真っ黒に染めそうなため息をついた。伶龍は私の言うことをまったく聞いてくれない。元は刀だし人間としての常識がないのかと思ったが、母の初戦はそれは見事なものだったと、最近ずっと私と比較して祖母から耳が痛くなるほど聞かされている。だったら、個人……刀だから個刀?の問題なんだろうか。
「……ハズレ、引いちゃったな……」
 またため息をつき、腰を浮かせかけたところで伶龍が顔を出した。頬にはテープが貼られており、赤い線が滲んでいた。やはり矢が掠っていたようで、さすがに悪い気持ちになる。
「やーい、怒られてやんの」
 ニヤニヤ笑い、私をからかう彼を力一杯睨みつける。私はまだ汚れた姿だというのに彼のほうはお風呂に入らせてもらったのか、さっぱりとしていた。私は巫女といえどただの人間で、あちらは刀で神様なので扱いが違うのだ。
「……誰のせいだと思ってるのよ」
「あ?」
 聞こえないようにぼそりと落とした言葉は彼の耳に届いたらしい。みるみる機嫌が悪くなっていく。
「倒せたんだからいいだろーが」
 腰に手を当てて身体を屈め、眉間に力を入れて上目遣いで私をのぞき込んでくる様は、黒スーツと相まってどこぞの組の下っ端構成員のようだ。
「よくない! 何度私の指示に従ってって言ったらわかるの!?」
 しかし負けじと彼を睨み返す。
「オマエの指示とか待ってたら、祓えねーだろーが」
 じろりと彼が私を睨めつける。
「うっ」
 それは若干、自覚があった。私が伶龍の動きについていけていないから、彼の足手まといになっている。わかっている、けれど。
「伶龍だって独断専行がすぎるんだよ! 連携していれば、もっと上手くできるはずだし!」
 あれの動きは速くない。あそこまで焦る必要はないはずだ。それに伶龍が私の指示に従って避けていてくれればもっと速く蟲を蹴散らして核を露出させられた。
「れんけいぃ?」
 伶龍の声が不満そうに上がっていく。
「俺に矢を当てたヤツが言う台詞かよ」
 見せつけるように彼は頬の傷を私の目もとに寄せ、凄んできた。
「そ、それは申し訳なく、思ってオリマス……」
 矢を当てた本人としては気まずく、言葉はしどろもどろになって消えていく。しかしあれは、本当に私が悪いのだろうか。
「でもさ!」
 一度は下がった頭だが、勢いよく上げてレンズ越しに彼と目をあわせる。
「伶龍だって避けてって言ってるのに、全然おかまいなしだしさ。伶龍が邪魔で、なかなか矢が射れないんですけど!」
「うっせーな」
 私が文句を言ったところで伶龍は、高圧的に私を見下ろしてきた。
「だいたいオメーは俺がアイツを倒すための補佐だろーがよ。なら、俺が戦いやすいようにするのが役目じゃねぇのか、ああっ?」
 腕を組んで仁王立ちの彼は尊大で、本当に偉そうだ。その姿にとうとう私の忍耐がぶち切れた。
「あんたみたいな自分勝手な刀、補佐するこっちの身にもなってよね! 突っ込んでいくしか能がない、無能のくせに!」
「なんだと!」
 胸もとの襟を掴み、伶龍が私を立たせる。おかげで軽く、足が宙に浮いた。
「誰があれを倒してやってると……」
「いい加減にしてもらえないですかね」
 私たちが言い争っているところへ、戻ってきていた柴倉さんが声をかけてきた。
「どっちが無能って、私にいわせればあなたたちふたりとも無能ですよ。ここは忙しいんですから、さっさと着替えて始末書を書いてください」
「うっ」
 柴倉さんが冷たく言い放つ。それはもっともすぎて返す言葉がなく、その場をあとにした。
 控えのブースでシャワーを浴びる。
「ううっ、冷た……」
 浴びた液体は普通に洗っても落ちないので、浄水を浴びる。ほぼ禊ぎなので水のままだ。あの液体は触れると障りがある。病気はいいほう、最悪死に至る。私は伶龍と契約したときに彼の加護がつき、浴びても平気な身体になっていた。柴倉さんをはじめ現場指揮をしている上のほうの役人は定期的に祈祷を受けているので、少しくらい大丈夫だったりする。とはいえ一般人は完全アウトなので、あれが出たときは避難命令が出る。
 そう。今、この地域の人間は避難しているのだ。私たちが手順どおりに上手くあれを倒せていれば後始末もあっという間に終わり、人々はすぐに帰宅できる。しかし今回のように倒せはしたがやり方を失敗すると除染が必要になり、場合によっては何日も避難所暮らしになってしまう。
「……ううっ。また荒れるな……」
 マスメディアは私を、史上最低の巫女と評していた。この有様では言われるとおりなので、まったく反論できない。
「なんでこんな家に生まれちゃったんだろう……」
 私の家、神祇(じんぎ)家は役職として定まった平安時代よりも以前から、この国に降りかかる〝穢れ〟を祓う仕事をしている。穢れとは人々の負の感情が集まり、形になったものだ。放っておくと禍(わざわい)をまき散らし、大災害が起きたり、疫病が流行ったりする。その役目を負った家の現巫女が私というわけだが、このようにまっっっっっっっったく、上手くいっていない。
「……さむっ」
 身体どころか心も寒い。それはそうだよね、帰ったら現在の家長で上司になる、祖母からのさらなるお叱りが待っているんだもの。家に帰る前に温かいミルクティを飲むくらいの時間がありますように……。
 などという願い虚しく、お清めが終わって簡易シャワー室を出たところで、速攻で役人に祖母の元へと連行された。

……以下、続く。

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