No11.「ラーゲリより愛を込めて」は誰もが観たほうがいい映画
こんにちは。磯崎玻璃斗です。
昨日、映画「ラーゲリより愛を込めて」(公開)を観に行ったわけですが、感動する映画でしたね。
「ラーゲリ」とはロシア語で収容所と言う意味です。
舞台は戦中、旧満州国に出張で訪れていた旧日本軍が、日ソ中立条約を破り侵攻してきたソ連軍に拘束され、シベリアの地へ送還され、そこで強制労働させられる中での話です。
そして終戦を迎えた後に強制労働させる事は国際法違反であるため、主人公の山本をはじめ、ラーゲリに収容されていた日本兵は誰もがダモイ(帰国)出来ると信じていました。
しかし、終戦後も帰ることができず引き続き強制労働させられてしまいます。数年後、ようやくダモイが認められ多くの日本兵が列車に乗って港へ向かうわけですが、港の手前で列車が停まり、日本兵の中の数十人が下車させられ、再びラーゲリの中へ収容されてしまいます。彼らは戦争犯罪人という判決を下され、数十年の労働を命じられました。。。
この映画では、祖国で兵士の帰りを待つ家族と収容所でダモイという希望を持って互いを鼓舞しあう仲間の壮絶な苦悩の数十年を題材にしています。
「私たちが人間が生きる意味って何だ?」
「今ある当たり前が、当時は当たり前ではなかった」
そんな事を深く考えさせられる映画で、涙が止まりませんでした。
僕が高校生の頃、鹿児島県の知覧にある知覧特攻基地に行ったことがあるのですが、そこには神風特攻隊といい、相手の基地や戦艦に自らが突っ込んでいくという凄まじい攻撃部隊の方々が両親や家族、恋人などへ書いた手紙が幾つか保管されています。
当時高校生だった僕は、この言葉の重みをそこまで感じていなかったのですが、今考えると僕と同い年くらいの彼らがどんな思いで当日の朝を迎え、どう言った思いで敵の基地へ突っ込んでいったのか、彼らを側で支えてきた人たちがどんな思いで彼らを送り出したのか想像するだけで非常に心が痛みます。。
僕たちは今もなお、周辺国との関係性が危ぶまれています。コレは今も昔も変わらないことでしょう。しかし、この平和が一体いつまで続くのかということは誰にも分かりません。
ちょうど一年前にロシアがウクライナへ侵攻し、激戦を行なっているわけですが、そう言った悲劇は突然起こります。建物や様々な工場、農地が爆弾によって最も簡単に壊され、人の命・住む場所が奪われ悲しい思いをする人が後を絶えません。
戦争は絶対にするべきでは無い。戦争によって今日を生きたかった人の命がことごとく奪われていく。友人が、恋人が、家族が悲しい思いをする。戦争は悲劇しか生みません。最良の解決案じゃありません。
今僕に出来る事は正直言ってありませんし、この記事をご覧になってくださっているあなたも国を動かせるほどの権力はないとおもいます。
だから、僕はその国の歴史を知ることでどう言った国なのか?を知ることから始めたいと思います。
映画に話を戻しますが、ラーゲリの中にいた日本兵は抜き打ち検査で、遊び道具や手紙などあらゆる物が没収されました。
しかし、「頭の中の物だけは命を奪われない限り、誰も奪うことが出来ない。」と主人公の山本は言いました。最後山本はダモイ寸前にガンで死んでしまい故郷の家族のもとへ帰ることが出来ませんが、彼が残した遺書を兵士仲間が頭で記憶し、ダモイ後に各々山本の家族の元へ訪れ、記憶していた遺書を読み上げます。。。
「頭の中の物だけは命を奪われない限り、誰も奪うことが出来ない。」
現代を生きる私たちも、震災や自然災害でいつ何が失われるか分からない状況にあります。また、周辺国がいつどのタイミングで日本へ攻めてくるかも分かりません。
そんな中で私達が唯一奪われないものが知識です。
彼らが残してくれた知の産物を僕は自分のモノにして、後世へ繋いで行けたらいいなと思いました。
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