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It’s the single lifeとは?35

〇〇:え…いまなんと…


話したことはないが、今までレッスンや撮影で何度も見てきた


それでも


一ノ瀬:井上さんなんじゃないかなって。

アルノを救ったのは。


先程の賀喜さんの言葉が、嫌と言うほど頭の中で反響する


「ちゃんと全てに目を向けてくださいね。

良くも悪くも。」


一ノ瀬:井上さん?


〇〇:あ、す、すいません。

僕は特に何もやっていませんよ。


ハハハ


と、音こそどうにか出せているものの、ちゃんと笑えているか不安になる


一ノ瀬:そうなんですか。

でも、きっと支えになっていると思いますよ。

それだけお伝えしたかったんです。


〇〇:そう…でしたか。

わざわざありがとうございます。


一ノ瀬:いえいえ。

今度またいろいろと井上さんのことも教えてくださいね。

それでは。


やるべきことが済んだかのように、離れていく彼女に


〇〇:…


アルノが悩んでいたのは間違いない…


〇〇:アルノが一ノ瀬さんには相談してた…?

いや、誰かに話した感じはないし…


一ノ瀬さんの洞察力が高いってことか…?


その可能性は全然ある。

むしろそう思うのが必然。


でも


〇〇:「折れずにすんだ」…じゃなくて「折れなかった」…

「救ってくれた」…じゃなくて「救ったのは」…


ただの言葉足らず…


〇〇:そうであってくれよ…


ーー


遠藤:ふぅ。片付けは終わった。


日頃から散らかしているわけではないが、万に一つでもマイナス印象を与えないため、隅から隅までくまなく掃除をする


遠藤:〇〇が来るのは…

もうちょっと先か。


レッスンが終わって帰れるのはメンバーだけ。

スタッフさんはその後もいろいろと仕事をしてくれている。


遠藤:ホント感謝しかないな。


本当なら私がご飯を作って振る舞ったほうがポイント高そうだけど…


遠藤:ちゃんと親から教わっておくんだった…


今さら後悔しても仕方ない。

せっかくのチャンスを今日はつかむんだ。


遠藤:そのためにも…


一見なんの変哲もないタンス


その一番下


気持ち程度に目立たないポジション


その中に収納されたものを手に取る


遠藤:…//


あすぴーさんから色々聞いたけど…

これはいくらなんでも攻め過ぎな気がする…


遠藤:ほとんど紐だし…

なにも隠せてないよ…//


そんな展開になるとは思えないけど…

備えあれば憂いなしって言うし…


遠藤:念の為…これは念の為だから…


何かを言い聞かせながら浴室へと向かう



遠藤:そろそろかな。


自宅なのに落ち着くことができず、さっきからインターホンの前を何度もうろつく


そして


ピーンポ…


遠藤:はーい。


言葉こそ間延びしているが、インターホンの音を遮るほどの反応の速さ


〇〇:あ、井上です。


遠藤:お疲れさま。

いま開けるね。


〇〇:ありがとうございます。


きたきたきた。


遠藤:落ち着け落ち着け…

平常心…平常心…


それでも口角が上がってしまう


そして


ピー…


玄関のインターホンが鳴る


とほぼ同時に


遠藤:お疲れさま。


〇〇:お、お疲れさまです。


遠藤:ん?どうかした?


〇〇:あ、いや、

すごい早く出てくださるなと驚いて…


遠藤:!?

え、い、いや、あ、あれだよ!!

仕事終わりで暑い中待たせるのも申し訳ないなと思って。


やば!!

めっちゃ恥ずかしい!!


〇〇:さくらさん…

優しすぎて涙が出そうです。


遠藤:なにそれ。

またふざけてる。


でも、変な印象は持たれなくてよかった。


〇〇:いえいえ!!

ホントにさくらさんは優しい方だと思いますし…


遠藤:もう玄関でなに言ってるのさ//

早く入って。


私いま絶対顔真っ赤だ//

ホントさらっとこういうこと言うからなぁ//


〇〇:すいません。

では、お邪魔します。


遠藤:ど、どうぞ。


少しぎこちなさが残るものの


遠藤:ん?

〇〇荷物多くない?


〇〇:あぁ。

これは今日の夜ご飯に使う材料です。


そう言いつつも、〇〇の手には大きめのスーパーの袋が二つ


遠藤:作ってくれるのは嬉しいけど…

私そんなに食べれる方じゃないし…


〇〇:あ、もちろん今日の分もですけど、せっかくなら作り置きのものも少し作ろうかと。


遠藤:作り置き?


〇〇:はい。

冷蔵庫開けてもいいですかね?


遠藤:もちろん。自由に使って。


会話をしながらキッチンに移動し、手際よく食材を冷蔵庫に詰めていく


〇〇:そこまで難しいものは出来ませんが、忙しい時でもすぐに食べられるようにと思いまして。


遠藤:…


〇〇:あ、さすがに迷惑でした…?


遠藤:う、ううん!!

そんなことない。すごい嬉しいよ。

嬉しいけど…


〇〇:…けど?


なんだろう。

さくらさんすごい複雑な表情してる…

やっぱり出しゃばりすぎたか…


遠藤:作り置きあったら、〇〇が作りに来てくれないのかなぁと思って…//


〇〇:…


4月に健康診断をしてくださった先生。

私の聴力は問題なしでしたよね!?

間違いないですよね!?


なんですかこの夢のようなやりとりは!!


遠藤:作り置きももちろんありがたくもらうけど…


〇〇:はい。

僕の料理で良ければいくらでもお作りしますよ。


むしろ、乃木坂の新エースに手料理を定期的に食べてもらえるとか、神イベント過ぎて震える


遠藤:うん!

なにか私手伝おうか?


〇〇:大丈夫ですよ。

レッスンでお疲れかと思うので、座って待っててください。

すぐ作っちゃいますので。


遠藤:疲れてるのはお互いさまだよ…


〇〇:ん?

なにか言いました?


遠藤:ううん。

じゃあお言葉に甘えさせてもらうね。


そう言いながらキッチンの扉を閉める


遠藤:優しいのは〇〇の方じゃん。


ーー


遠藤:わぁ。すご。


目の前に並べられた食事の風景


品数こそ多いものの


〇〇:さすが二人なので量は減らしておきました。


遠藤:うん。残したら申し訳ないしありがとう。

じゃあ…


遠藤〇〇:いただきます。


遠藤:んんん~〜。

美味ひいーー。


はい。美味ひいいただきました!!

もう僕大満足です!!


〇〇:お口に合っていれば何よりです。


落ち着け男〇〇。

いまは浮かれている場合ではない。


〇〇:一歩踏み外せば死…

一歩踏み外せば死…

一歩踏み外せば死…


遠藤:…なに変なことブツブツ言ってるの。


〇〇:はっ!!

い、いえ。お気になさらず。


遠藤:ジーーーーっ。


すんごい怪しい目で見られてる…

やばい…可愛すぎるんだが。


いかん。いかん。

今はそんな楽しみをしている場合じゃ…


ブー。ブー。ブー。


…なぜだろう。

机の上でバイブするスマホから嫌な予感しかしない。


遠藤:なんかスマホ鳴ってるよ?


〇〇:…鳴ってますね。


遠藤:見たほうがいいんじゃない?


それはそうなんですが…


恐る恐るスマホの画面を覗き込む


そこに表示された人文字


「和」


なんやねん!!

あいつなんか変なレーダー絶対つけてるだろ!!


遠藤:ほら。和ちゃんからじゃん。


〇〇:いや、きっとこれは間違いで…


遠藤:早く出ないと怒るよ?

それとも、私に対する和ちゃんマウント?


…恐ろしい。恐ろしいぞ推しとは。


〇〇:…もしもし。


さて、何を言われることやら…


和:お義兄ちゃん!!いまどこ!?


…やはりそうきたか。

こいつが怪しい中国産レーダー持っているのは確実。で、あれば…


〇〇:今は…

まだ会社の事務所だけど…


遠藤:ジーーーーっ。


〇〇はスマホから耳を離し、マイクの部分に手をかぶせる。


〇〇:このことは内密にお願いします。


遠藤:和ちゃんを騙してるみたいで嫌なんだけど。


〇〇:何を言っているんですか。

ファンに夢を与えてこそのアイドルですよね?


遠藤:…分かったよ。


よし。


〇〇:ごめんごめん。

いま電波悪くて。


和:そんなことはどうでもいい!!

もうすぐ帰ろうとしてる!?


…さぁどうするべきか。

帰ると言った場合、和は収まるだろう。

だが。


遠藤:…


無言でこちらを見つめてきてる…


〇〇:えっと…

帰りたいのは山々なんだが…


頼む神様。

どうか俺に力を…


〇〇:まだ仕事があって帰れるか微妙で…


どうせ「そんなのは明日やればいい!」なんて言われるのは百も承知だ。

ここは少しでも作戦を練る時間を…


和:ナイス!!

そのまま今日は絶対帰ってこないで!!


そうそう。

今日は絶対帰ってこないで…


〇〇:はい?


和:いいから分かった!?

帰ってきても追い返すからね!!


〇〇:ま、待て待て。

俺の家に一体なにが…


和:そんなに家の近くに来たいなら、近くの公園で寝て!!

この季節なら死なないから!!

とにかくそういうことだから!!


〇〇:どういうことか1ミリも理解できないんだが…って、あいつ切りやがった。


遠藤:なにがあったの?


目の前で首をかしげる彼女に倣うように、首をかしげながら


〇〇:いや、なんか今日は帰ってくるなと…


遠藤:え?和ちゃんが?


〇〇:はい…

とにかく帰って来るなと鬼気迫る勢いで言われました。


遠藤:ふーん。


〇〇:なにか心当たりありますか?


遠藤:まったく。

でも、年頃の女の子には色々あるから。


そういうもんかね。


〇〇:まぁ…

とりあえず和の問題はある意味解決しましたけど…


ここで浮かび上がるもう一つの問題。


遠藤:じゃあもう今日はここに泊まるで確定だね。


勝手にレインボー保留になってやがった


〇〇:ほ、ほんきですか?


遠藤:うん。

さ、ご飯たーべよ。


ーー


遠藤:ふぅ。美味しかった。


〇〇:お粗末様です。


普通に楽しい食事だった。

害虫のように扱われていた日々が嘘のようだ。


遠藤:洗い物はやっておくよ。


〇〇:いやいや。やりますよ。


遠藤:いいっていいって。

それより…お風呂入ってきちゃいなよ。


〇〇:そうですね。

じゃあお言葉に甘えて…って違う!!


遠藤:なにが?


〇〇:こんなやり取りは現役アイドルがやっていけないやり取りトップ3に入ります!!


遠藤:大丈夫だって。

さすが汗もかいてるだろうし。


〇〇:そういう問題じゃなくて…

そもそも着替えもないですし…


遠藤:あるよ。着替え。


〇〇:ですよね。ありますよね…なぜ?


遠藤:まあまあ。

細かいことはいいから。


国民的アイドルのエースの家に男物の着替えがあるのは、オタク的には死活問題なんですが!?


遠藤:ほら。いったいった。


〇〇:ちょ、ちょっと…


まるで押し出すように浴室に彼を追いやる


遠藤:ふぅ…

ちょっと強引だったけど…

ここまでは順調だ。


ーー


〇〇:何故こんなことになった…


お湯が張られた湯船


白く濁っているのは、香り高い入浴剤のせい


〇〇:和のせいで湯船に入ることは多くなったけど、なんかさくらさんの家の風呂はめっちゃいい匂いするな。


…待てよ。

さっき見る限り、さくらさんは既にパジャマに近い服装だった。

つまり…


〇〇:…心頭滅却。南無阿弥陀仏。

なにも考えるな。

てか、冷静にこの後どうするか。


一線を越えるなんてありえない。

ありえないけど、俺の理性がまさかのジャイアントキリングをやらかすことも無きにしもあらず。


〇〇:…考えても全然答えがでねぇ。

てか、のぼせそうだし…

とりあえず出るか。



〇〇:すいません。いま出ました。


遠藤:お。おかえり。

はい。コーヒー牛乳。


〇〇:おぉ。すげぇ冷えてる。


遠藤:グイッといってよ。


〇〇:ではでは。

お言葉に甘えて…くうぅぅ。うまっ。


遠藤:美味しいよねぇ。

じゃあそろそろ寝よっか。


わぁお。

自然な流れでぶっ込んできたぞぉぉ。


〇〇:あのぉ…

僕はどこで寝れば…


遠藤:…それを聞くってことは、指定した場所でちゃんと寝るんだよね?


〇〇:いや、あくまでも選択肢を…


遠藤:来て。


〇〇:…


有無を言わせないように


まるでPVの1シーンかと思わせるような真剣な眼差し


抵抗など出来るわけもなく


遠藤:ここ。


〇〇:ここって…


知ってる。

忘れるわけがない。

あの日…


遠藤:先に寝て。


〇〇:…


あれぇぇ。

これ、あの日と同じパターンじゃ…


〇〇:さくらさん、さすが何度もこれはまずい気が…!?


言葉を意図的に止めたわけではない


身体にかかった重くはないが確実な衝撃が、言葉をいとも簡単に奪ってしまう


〇〇:さくら…さん…?


まるで押し倒されたように、重なる二つの身体


遠藤:ねぇ。


〇〇:…はい。


遠藤:〇〇は力強いよね?


〇〇:まぁ…人並みには…


遠藤:なら…

もし嫌なら、無理やりどかしてね?


〇〇:…さくらさん何を…


なぜだろう。

これより先は聞いてはいけない気がする。

それでも…止まらない。止められない。


遠藤:〇〇。

あの日、私を助けてくれてありがとう。


〇〇:あ、いえ。

僕はそんな大したことはして…


遠藤:素直になれなかったけど、〇〇と過ごしたあの日、本当に楽しかった。


〇〇:僕も忘れられないくらい楽しかったです。


遠藤:あの夜…あの時…

怖くて怖くて、もうダメだと思った。


〇〇:さくらさん…


遠藤:助けを呼ばなきゃなのに…

震えて、怯えて、怖がって、

ちゃんと声がでなかった…


〇〇:…


遠藤:そんな時に唯一出た声が…

〇〇を呼ぶ声だった。


〇〇:そうだったん…ですね。


遠藤:あの時、もう自分に嘘はつけないなって思ったの。


〇〇:嘘をつく…ですか?


遠藤:うん。〇〇。私と…


「付き合ってほしい。」


時が止まったかのように


聞こえていた音を、意味の持った言葉に変換するのは時間がかかる


そのくらい頭が混乱する


そして何より混乱したのが


「…はい。」


まるでこぼれ落ちるように出た音が、自分の声だと気づいた時


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