ベージュ系の洋服が多めの銀行員・麻奈美(48)【 創作・読切 】
小綺麗な恰好をされた腰の曲がった男性が今日も私の前を通り過ぎた。
地下鉄駅から降りてきて、どこへ向かっているんだろう。右手に下げてているのはお弁当かな、こんなにゆっくり歩きなのに毎日定時にバス待ちをする私の前をしっかりと通り過ぎる。恰好からして散歩とは到底思えないし、なにかシルバー人材センター等で精力的に働いているとも思えない、書道などの先生? 不動産会社の社長? 階段をとんとんと数段上がって駅に隣接する公園に消える。
そんな老人の活躍を見かけたのは、老人がいつも消える公園の反対側にあるこども園の園庭、たまたま仕事の打ち合わせで車で出かけたときの通りすがりのこと。老人は麦わら帽子をかぶりこどもたちに囲まれながら作業服に着替えて草むしりをしているようだった。相当なお年を召しているようなのに、現役さながらで毎朝同じ時間に通勤し、こどもたちと交流。あまりのうらやましさに神々しくさえ感じる。
私も、こどもが小さいころは何にも一生懸命で全力投球、人生に迷いなんてひとつもないに等しかった。でも、高校・大学へ進むと手がかからなくなり、自分の時間が増えたら、なにをやっても楽しくなくなってしまった。夫婦で同一の趣味でも見つければいいって?? 笑ありえないでしょ。一緒にいる意味もないんじゃないかとまで考えるときもあるんだから。
だって、そもそも扶養に入ってないし、年金はふたりとも厚生年金の3階建てだし、マンションなんかのローンも組んでないし、お互い独立した関係だから、子どもという鎹がなかったら、そうでしょ。惰性で一緒に住んでるだけ、介護とか考えたらまじで恐怖だ。若い恋人ができるんだったら、つくりたいぐらい。
同僚や友達はゴルフなんかやってるけど、高級趣味っぽくて敬遠する。園芸は土ってゴミに出せないらしいと聞いてからいろんなことを先回りして考えてしまって全然触りたくなくなった。ジムでエクササイズしたり泳ぐのは悪くないけど、行くまでが億劫かもね。
年金ぐらしの人たちがYouTuberやブロガーとして活躍しているのがテレビ番組で取り上げられていて、それを見たらいろいろと考えたりもするけど、やっぱりそんな自己顕示欲も全くないんだよなあ。発信する人ばかりがもてはやされてる時代、そのうちターンが変わるよねって、やっばひがみみすぎか。
一応、遊び程度に株式投資もしているが、本当にお小遣い程度。上がったり下がったりの繰り返しのタイミングで、売ったり買ったりを繰り返す。キャピタルゲインに対してなにか気持ちが盛り上がるなんてことももうない。ただどういう企業が上がってどういう企業が下がっているのか、淡々と観察している感じ。
仕事の大変さは、若い時と変わりない。うちにはありとあらゆる人種のお客さまがやってくる。先日も地域の地主的な上得意客が来て対応に困った。ほかのお客さまと同じように待ち時間があるのが普通なのに、支店長が日和見で優先対応していたのを見てる冷たい視線をいくつも感じるとか、ほんと勘弁してほしい。給料も大して上りもしないのに。
ああそうだ、唯一、お酒を飲みながらドラマやお笑いを見るのは好きだ。ホッとする。それでいいのかな。何かをはじめなくちゃ寂しい老人になるかもしれないと焦って毎日楽しみになりそうなことや人・仲間を捜索していたんだけど、まずは、いまのままを穏やかに過ごそう。
今日もプリン体なしの缶チューハイ3本をちびちび飲みながら、録画していた番組をひとり優雅に鑑賞しておくんだ。
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