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私の半透明の手のひらから、いつも大切なものばかりがこぼれ落ちていく。
7月1日、午前0時。
30歳の誕生日を迎えると同時に、私の手は半透明に透けてしまった。
手首から先の輪郭がぼやけ、手のひら越しに、外の景色が見える。
半透明であるためか、肌色交じりに星空が映っているせいか、とても綺麗とは言えない景色。
そうかと思えば、普通に物は握れる。
私の手は、なぜ半透明になってしまったのだろうか。
頭の中にはぐるぐると悩みが旋回している。
そんなとき、ふと私の視線は本棚に移った。
それは私が大事にしている本。
サン=テグジュペリの「星の王子さま」であった。
星のおうじさまの物語には、心に響く言葉が散りばめられている。
私は本をぺらりとめくる。
温かな絵が、いっぱいに描かれており、私はその星の絵の中へと沈んでいく。
「大切なものは、目に見えないからね」
何度も読み返してきた言葉。
私はこの言葉を理解しているようで、しきれているという自信がなかった。
結局のところ、私は自分の感情を優先して、目を曇らせているのだ。
優しくしてくれる人がいる。
気遣ってくれる人がいる。
一緒に笑ってくれる人がいる。
お礼をいっぱい言ってくれる人がいる。
私はそれに対して、何が出来ているだろうか。
出来ていることとすれば、メッセージで「ありがとう」というぐらいだろうか。
最初は直接お礼をしたいと思ったが、そんな勇気もなく、私の心は次第に萎んでいき、いつのまにか文面でいいやと妥協するようになっていた。
私は怖いのだ。
与えてくれる人が、いつか私の前から消えていってしまうことが。
このままじゃいけないことは私が一番わかっている。
目を見て、感謝を伝えなきゃいけないことは私が一番わかっている。
その一歩を踏み出すのが、とても怖い。
だから、私は平気なふりをした。
あまつさえ、自分を優位に取って、感情のままに振り回した。
傷つかなくて済むように、自分を守りながら。
相手が傷つくなんてことは、私にとっての痛みではないのだもの。
痛みを掬うことの出来なくなった私の手は、とうとう半透明になった。
大事なものを掴もうとも、ぽろぽろと零れ落ちていく。
これは私のせいじゃない。
いくら誰かを責めようとも、深夜の三日月は何も言わない。
受け取るだけの私は、いつしか消えてなくなるのだろうか。
目頭が次第に熱くなり、涙がこぼれ落ちる。
これは私への罪なのだろうか。
大切なものは目に見えない。
見ようとしなければ、決して見ることが出来ないのだ。
そんな見えないもののために、優しくしてくれる人がいる。
「私もまだ……失わずにすむのだろうか」
ポツリと夜空に呟いた。
手のひらから透けて見える三日月だけが、静かに私に微笑むのであった。
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