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【個人の感想です】このミステリを薦めたい!2024【国内ミステリ】

概要

今年のベストミステリは「地雷グリコ」です。
今年の三が日にそう言ってしまいました。
人におすすめを聞かれてまず出てくるのは「地雷グリコ」で、今年を象徴する作品といってもいい。
そんな一年だった。

今年のベストミステリは「地雷グリコ」でキマリ。
果たして、本当にそうだろうか?

あれから11か月経ち、実に多種多様なミステリが世に送り出された。
本当に今年のベストミステリは「地雷グリコ」なのだろうか?
多様な作品の魅力に向き合い、薦めるに値する作品を選び出せないでいるのではないか?
去年の「このミステリを薦めたい!」に引き続き、「地雷グリコ」超えの作品は果たしてあるのだろうかと検討しながら、同様の企画をやってみることに。

ぶっちゃけて言えば、またランキングつくりがしたい。それだけ。

去年の記事はこちらから。

(本当に余談ですが、電子書籍で読書をしているためヘッダー画像としての物理本が使えず、苦肉の策で表紙画像を印刷して作ったものです。
並べてみたらちょっと……いや、かなりワクワクしたので単純な人間です)


評価方法

去年と同じく、人に薦めたいと思う作品であるかどうかが主な評価軸。
人に薦めるうえでセールスポイントがはっきりしている作品ほど語りやすく、評価が高くなる。
あとは単純に自分が好きかどうかでも語りに熱が入るので、自分が読んで楽しかった、満足した、驚かされた、感じ入った、と、様々な感情を生み出したミステリほど上位に来るというわけ。
裏を返せば、魅力が伝わりにくい作品やエログロ系の作品というのは語りづらく、人に薦めにくいため、この企画ではそうランキングが高くない。
一般的なミステリ識者の選ぶミステリランキングとは顔触れが異なっていることはご承知おき願いたい。

とにかく個人の感想で構成されているランキングなので、読み物として楽しんでもらえたら幸い。

集計対象

・2023年11月1日~2024年10月31日発売の小説であること
・私が読んだことがある作品であること
・国内作品であること
・少しでも自分がミステリっぽいと思った作品であること

以上の条件を満たす作品から今年最も人に薦めたい作品を選出する。
上記の条件を満たす作品は以下の通り。

集計対象作品 一覧

・聖乳歯の迷宮(本岡類)
・龍の墓(貫井徳郎)
・地雷グリコ(青崎有吾)
・案山子の村の殺人(楠谷佑)
・ファラオの密室(白川尚史)
・乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび(芦部拓、江戸川乱歩)
・ミノタウロス現象(潮谷験)
・奇岩館の殺人(高野結史)
・推しの殺人(遠藤かたる)
・黄土館の殺人(阿津川辰海)
・観測者の殺人(松城明)
・毒入り火刑法廷(榊林銘)
・そして誰かがいなくなる(下村敦史)
・卒業のための犯罪プラン(浅瀬明)
・サロメの断頭台(夕木春央)
・赤の女王の殺人(麻根重次)
・切断島の殺戮理論(森晶麿)
・永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした(南海遊)
・ぼくらは回収しない(真門浩平)
・科捜研・久龍小春の鑑定ファイル 小さな数学者と秘密の鍵(新藤元気)
・忍鳥摩季の紳士的な推理(穂波了)
・イデアの再臨(五条紀夫)
・蠟燭は燃えているか(桃野雑派)
・あなたに聞いて貰いたい七つの殺人(信国遥)
・復讐は芸術的に(三日市零)
・死んだ山田と教室(金子玲介)
・真贋(深水黎一郎)
・天狗屋敷の殺人(大神晃)
・難問の多い料理店(結城真一郎)
・明智恭介の奔走(今村昌弘)
・密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック(鴨崎暖炉)
・伯爵と三つの棺(潮谷験)
・蛇影の館(松城明)
・バーニング・ダンサー(阿津川辰海)
・法廷占拠 爆弾2(呉勝浩)
・全員犯人、だけど被害者、しかも探偵(下村敦史)
・私はチクワに殺されます(五条紀夫)
・死んだ石井の大群(金子玲介)
・少女には向かない完全犯罪(方丈貴恵)
・フェイク・マッスル(日野瑛太郎)
・アガシラと黒塗りの村(小寺無人)
・ファイナル・ウィッシュ ミューステリオンの館(西澤保彦)
・大樹館の幻想(乙一)
・そして誰もいなくなるのか(小松立人)
・禁忌の子(山口未桜)

以上全45作品から10作品を選出する。

このミステリを薦めたい!2024

10位

本記事のおすすめミステリ先鋒とでもいうべき10位には、高野結史「奇岩館の殺人」を選出。

奇岩館の殺人 書影

孤島に立ついびつな形の洋館・奇岩館に連れてこられた日雇い労働者の青年・佐藤。
到着後、ミステリーの古典になぞらえた猟奇殺人が次々起こる。

それは「探偵」役のために催された、実際に殺人が行われる推理ゲーム、「リアル・マーダー・ミステリー」だった。

佐藤は自分が殺される前に「探偵」の正体を突き止め、ゲームを終わらせようと奔走するが……。

密室。見立て殺人。クローズド・サークル――ミステリーの常識が覆る!

奇岩館の殺人 あらすじ

今年の2月に文庫で発売された本作は、実際に殺人が行われる推理ゲームをモチーフとしたミステリ。
不謹慎極まりないゲームを題材とした本作は、リアル殺人ゲームものにとどまらない魅力を数多く備えている。

本作はリアル殺人ゲームを日雇い労働者佐藤(仮名)の視点で描いている。
佐藤はひょんなことでここがリアル殺人ゲームの舞台であることを知り、自分に与えられた役柄が「何もせず、何が起こっても役割を全うせよ」という指示であったことから、自分が被害者、すなわち殺される役割として呼ばれていることを理解し、死を回避しようとする物語となっている。

実はミステリが好きな佐藤は同じ日雇い労働者仲間だった徳永が割のいい仕事のあとに失踪したことを受けて、自分自身も割のいい仕事を受けて徳永の失踪について情報を得ようとしていた。
そんな佐藤を待ち受けていたのがまさかのリアル殺人ゲーム。
もしかしたら徳永もこれに巻き込まれたのではないかと予感する。
佐藤は生還するため、自分が死ぬ前に探偵役の推理が完成するように、なるべく目立たずに探偵に推理をさせようとあの手この手で苦労する。

もちろん佐藤は目立つわけにはいかない。
派手に目立つとリアル殺人ゲームを仕組んだ側、つまり運営側にとってゲームの邪魔だから迷惑極まりない。
相手は殺人をゲームにするような組織である以上、下手な行動をとれば即座に口を封じられてしまうかもしれない。
生き残るためには推理しないといけないが、自分はゲームにおける探偵役ではないため目立てず、発言ひとつすら命取りとなるというどうしようもない立場から生還を目指さなければならない、絶体絶命なハラハラ感が魅力の一つ。

そんな佐藤に敵対?するのがリアル殺人ゲーム運営側。
運営側の視点までも丁寧に描いているところが本作の大きな美点で、リアル殺人ゲームもので倒叙ものめいた手法を取っているのは珍しく、特有の面白さを実現している。

運営側の小遠間という現場責任者の視点から語られる舞台裏は、リアル殺人ゲームを成立させるための苦労話に溢れており、これが奇妙なことに人間味をそこはかとなく感じるのだ。
気難しいシナリオ作家に媚びを売って〆切までに見立て殺人を含めたリアル殺人ゲームの台本を書いてもらう。
現場の苦労も知らないでふんぞり返る上司に面従腹背。
次から次へと巻き起こる数々のアクシデントに知恵と工夫、ときには強引なごまかしで乗り切る鉄面皮のメンタル。
台本の修正で犯人を変えざるを得なくなり、頭を下げて報酬増を約束してまでスタッフに殺しをやらせて見立てを四苦八苦させて成立させるくだりはこちらまでハラハラしてしまうのだから不思議だ。

このように、探偵趣味な金持ちクライアントを満足させるために人殺しをするという危険集団を描いておきながら、ここまで小遠間たちに肩入れしたくなることがあろうとは思いもしないだろう。
本来なら被害者役の佐藤を応援したくなるはずが、いつの間にかリアル殺人ゲームを運営する小遠間たちを応援したくなるほど、小遠間たちが魅力的に描かれる。

佐藤と小遠間の水面下での戦いが果たしてどこに着地するのか。
最後までひねられていて手の込んだ本作は人に薦めるに値すると感じた。
とくに見立てを用いた意外な切り口は唖然とさせられたし、結末の思いもよらない着地はアクロバティックと言うしかない。

もしデスゲームを主宰する予定がある人は必読!?な本作、ぜひ読んでみていただきたい。

9位

第9位は劇場型犯罪を取り扱った信国遥のデビュー作、「あなたに聞いて貰いたい七つの殺人」を選出。

あなたに聞いて貰いたい七つの殺人 書影

若い女性ばかりを惨い手口で殺害し、その様子をインターネットラジオで実況するラジオマーダー・ヴェノム。
その正体を突きとめてほしいと、しがない探偵・鶴舞に依頼してきたジャーナリストのライラは、ヴェノムに対抗してラジオディテクティブを始めることを提案する。
ささいな音やヴェノムの語り口を頼りに、少しずつ真相に近づきはじめる鶴舞とライラ。
しかしあと一歩まで追い詰めたとき、最悪の事態がふたりを襲う――

あなたに聞いて貰いたい七つの殺人 あらすじ

本作は阿津川辰海、真門浩平らを輩出した公募企画「カッパ・ツー」から送り出された著者のデビュー作となる。
脱サラして探偵事務所を構えた鶴舞の元に、桜通来良(ライラ)と名乗る美貌のフリージャーナリストが訪れ、ラジオマーダーヴェノムなる殺人の音声をラジオ形式で流しながら決まったタイミングで殺人を起こす殺人鬼を捕まえるよう依頼してくる。
これに対抗すべくライラが鶴舞に提案したのは、ヴェノムに対抗してラジオディテクティブ、つまりラジオ探偵として推理をもってヴェノムを追い詰めることだった。
このように、本作の見どころの一つはラジオ殺人鬼VSラジオ探偵という構図で戦うところだろう。

鶴舞はというと脱サラして探偵を始めたはいいものの依頼もろくに来ないでお先真っ暗という残念さだが、ライラときたらオッドアイ、白く透き通るような肌、ネイルまで黒一色と、アニメやマンガから抜け出てきたかのような美貌の持ち主である。
冴えない探偵と美貌の助手が悪の殺人鬼を追い詰めるという「らしい」構図が劇場型犯罪を描く本作とよくあっていると感じる。
よくラジオを精査すると手掛かりがあることに気づける、ヴェノムがラジオ内で嘯く動機をもとに推理を重ねる……と、いかにも安楽椅子探偵らしく見えるあらすじだが、鶴舞が推理で特定した現地で緊急生放送を実施するといったアクティブな展開も発生するし、戦いはどんどんと進行していく。

そしてこれらのラジオ殺人鬼VSラジオ探偵のやり取りは、当然というべきか警察当局は無視できない。
警察も彼らの動向に目を光らせており、まるで三つ巴のような様相を呈しているのだ。

何よりも本作最大の魅力は、後半の怒涛の展開だ。
物語がある地点で急速に転換し、加速度的に面白くなり続ける。
作品が面白くならずに尻すぼみになってしまい、興味を持続できず読破できなかった……ということは本作に関しては心配無用。
ここが面白いので詳細に紹介したいところだが、ミステリである以上あまり詳細に書けないことをご容赦いただきたい。

手掛かりをもとに推理するということが孕む問題点を描き出しながら、それでいて劇場型犯罪という「ウケる」題材を、劇場型犯罪でなければならない展開でもって描き出して真っ向から仕上げたところが本当に素晴らしいのだ。
さらには細部の違和感を回収する伏線の仕込みも丁寧で、納得感のある読後感を味わえる。
驚くべき展開に思考がついていかない鶴舞とともに、後半の展開を一気読みするのが最高の楽しみ方だと思う。

ジェットコースターさながらの後半の展開に感心しながら読み進められ、様々な要素に納得して読み終えられる本作は、本格ミステリとして人に薦めたいと感じる作品であることは間違いない。

8位

第8位には人気シリーズの前日譚に相当する短編集、今村昌弘の「明智恭介の奔走」を選出した。

明智恭介の奔走 書影

探偵というものは、なかなかに難しい。

『屍人荘の殺人』以前――

神紅大学ミステリ愛好会・明智恭介が遭遇した事件。



神紅大学ミステリ愛好会会長・明智恭介。
小説に登場する探偵に憧れ、事件を求めて名刺を配り歩く彼は、はたしてミステリ小説のような謎に出合えるのか――大学のサークル棟で起きた不可解な盗難騒ぎ、商店街で噂される日常の謎、夏休み直前に起きた試験問題漏洩事件など、書き下ろしを含む全五編を収録。
『屍人荘の殺人』以前、助手であり唯一の会員・葉村譲とともに挑んだ知られざる事件を描く、待望の〈明智恭介〉シリーズ第一短編集!

明智恭介の奔走 あらすじ

「屍人荘の殺人」シリーズで知られる著者の短編集を第8位として選出した。
本作は神紅大学ミステリ愛好会会長・明智恭介が遭遇した日常の謎にまつわる物語全5編を収録しており、どれも粒がそろっており一作一作が充実している。

一編目「最初でも最後でもない事件」ではコスプレ研部室に侵入した空き巣が「泥棒に昏倒させられた」などと供述するという、わけのわからない事態を解決することに。
ミステリ小説を読みふけるミステリ愛好会ならではの切り口で事件を解決してみせると息巻く明智さんと、事態を呑み込めないまま先輩の傍若無人ぶりに付き合わされる新入生の葉村譲のコンビの掛け合いが、たまらなく楽しいのだ。

コスプレ研究会での関係者への聞き込みのために、コスプレイベントに潜入?し、金田一耕助のコスプレをして強引な聞き込みをする明智さんと、常識的ではない振る舞いをする先輩のブレーキとして奮闘する葉村くん。
明智さんはドラマ版の金田一を踏襲しているから一般人にも伝わると断言するのだが、明智さんの感性のズレに呆れる葉村くん。

このように、殺人事件が起こっていようものなら絶対に見ることのなかったであろう、大学生活の日常の一ページが愛おしいのだ。
事態は収束したかと思いきや意外な展開に移るなど、本格ミステリ的な仕掛けも当然やってくれるのだから、日常の謎の短編集といえど決して侮れないのだ。

ほかにもノスタルジックな商店街を舞台とした「とある日常の謎について」、明智さんのパンツが引き裂かれているというアホアホな事件から始まるバカミス仕立ての「泥酔肌着切り裂き事件」、読んで字の通り宗教学の試験問題が漏洩していたという学内の事件「宗教学試験問題漏洩事件」、明智さんが探偵社でバイトする話「手紙ばら撒きハイツ事件」と、多様な物語が収録されている。

本作の最大の美点はキャラクターの魅力たっぷりである点はもちろんのこと、本格ミステリとして欠かせない謎とそれが解かれるときの丁寧さと納得度の高さである。
質の高い短編をバラエティ豊かに取り揃えた本作は、ぜひ読んでほしいと感じる。

本作は可能であれば、一作目「屍人荘の殺人」を読んでから薦めたいということもあり、この順位に甘んじてもらうこととなったのをご容赦願いたい。

7位

7位は同じくシリーズもの「館四重奏」シリーズより、阿津川辰海の「黄土館の殺人」を選んだ。

黄土館の殺人 書影

土壁の向こうで連続殺人が起きている。

名探偵(ぼく)は、そこにいない。



孤立した館を連続殺人が襲う。

生き残れ、推理せよ。



シリーズ累計18万部

若き天才による驚愕必至の「館」ミステリ



☆☆☆

殺人を企む一人の男が、土砂崩れを前に途方にくれた。

復讐相手の住む荒土館が地震で孤立して、犯行が不可能となったからだ。

そのとき土砂の向こうから女の声がした。



声は、交換殺人を申し入れてきた――。



同じころ、大学生になった僕は、

旅行先で「名探偵」の葛城と引き離され、

荒土館に滞在することになる。

孤高の芸術一家を襲う連続殺人。



葛城はいない。僕は惨劇を生き残れるか。

黄土館の殺人 あらすじ

館ミステリと災害と、そして名探偵の在り方を問うことを主題として描かれた「館四重奏」シリーズ最新作、黄土館の殺人。
本作は交換殺人、館での不可能殺人、名探偵の不在と、要素という要素が相変わらず特盛で構成されていながら、見事な着地をしており著者の手腕のレベルの高さに驚くしかない。

本作の魅力はシリーズもの特有の登場人物の成長だけでなく、本格ミステリとしての完成度の高さそのものにある。
倒叙もの、館での不可能殺人、元・名探偵の復活と、熱い展開が続々と目白押しだ。

そもそも最初から交換殺人であることを明示するという、本当に面白くなるのかと思ってしまうような重大な要素が堂々と明かされてしまうのだから驚きだ。
この驚きときたら、かの名作、西村京太郎「殺しの双曲線」における双子トリックを初手で明かすかのような、とんでもない展開だ。

この殺人者こと小笠原は黄土館こと荒土館に住む芸術家の土塔雷蔵に恨みを持ち、殺してやると意気込む。
しかし屋敷へ続く道を進む中で地震による土砂崩れで、雷蔵殺しを諦めざるを得なくなる。
そんな折に土砂の山の向こうから女性が交換殺人を申し出てくるのだ。
交換殺人を受け入れた小笠原は、近くの町に住む女将さんを殺人のターゲットにする。

そこに居合わせたのが、本作の名探偵、葛城輝義その人だったのが小笠原の運の付き。
第一部はこの、交換殺人者の小笠原が名探偵の葛城により次々と企みを阻止されてしまう倒叙ものが味わえる。
小笠原の企みが次から次へと葛城によって巧みに潰されていくさまは、読んでいてもはやギャグのようでありながら犯罪者の視点から見ればこんなに恐ろしいことはないだろう。
前作「蒼海館の殺人」で完全復活し大学生に成長した葛城との再会を喜びながら、小笠原の視点からの名探偵葛城の恐ろしさを存分に楽しもう。

倒叙ものの楽しみを味わった後は、助手たちが巻き込まれた館の不可能殺人パートだ。
名探偵葛城の助手であり新人賞を勝ち取った駆け出し小説家の田所信哉の視点から描かれる本章は、館内での連続不可能殺人、謎の仮面の執事、二人しかいない密室内での殺人、土地に残る巨人伝説、癖のある館の住人と招待客たち、名探偵に頼れない不安感、極めつけは断続的に発生する余震と、本作のメインパートといえる盛りだくさんの内容だ。

田所はこのような異常事態にありながらも、過去に幾度も葛城の推理により救われてきた経験から、事件の謎を葛城に託すために記録者に徹する。
同伴する友人の三谷の存在もあって、この恐るべき殺人劇の中で自分たちの心を防衛するかのように葛城を信じ、殺人者を突き止めこれ以上の被害を防ごうと足掻く。
もちろん彼らの間でも推理は為されるが、彼らを招待した元・名探偵の飛鳥井はある理由で推理が出来なくなっているため、本当に頼れない(詳細はシリーズを読むことを推奨する)。

数々の謎がひしめく中で、名探偵はいない。
この名探偵との分断は、あの名作シリーズの第三作目、有栖川有栖の「双頭の悪魔」を想起せずにはいられないのだ。
「双頭の悪魔」もまた、学生アリスと呼ばれるシリーズもの。
分断の中、同じサークルに所属する大学生たちがそれぞれの場所での殺人劇や事件に奮闘するという点で類似しており、熱いリスペクトを感じざるを得ない。
本作の魅力の一つは、「殺しの双曲線」「双頭の悪魔」のような名作をリスペクトしながらも、令和のミステリとしての特盛な楽しみを実現させた挑戦の魂にあると言っていい。

最終パートの謎解きは本作の四分の一を占める。
複雑な謎を名探偵が丁寧にまとめ、解決するのがお約束ではあるが、元・名探偵である飛鳥井にしか解決しえないという葛城。
本作の連続殺人鬼であり交換殺人を持ち掛けた謎の女、〈狐〉。
〈狐〉と元・名探偵の飛鳥井の対決は事件の再確認をしながらの名探偵の再起を描いている。
これまでの連続殺人の全容を、葛城の講義と飛鳥井の謎解きを通して分かりやすくまとめたうえで丁寧に解かれてゆく工夫がされていてありがたい。
妖怪さながらの〈狐〉の存在を前に、元・名探偵の飛鳥井は再起なるか。
様々な要素を放り込みながらも、見事にまとめ上げた特盛の内容には感心するしかない。

シリーズを読まないと物語の細部を完全に理解するのは難しく、本作単体で薦めるのは難しいと感じたため、この順位と相成った。
しかしながら、本シリーズは完成度が総じて高く、本格ミステリが好きな人は本シリーズを読まずして昨今の本格ミステリを語ることは出来ないと言ってしまえるほどの神懸かり的作品たちなのだ。
どうか本シリーズを読んで、本格ミステリの楽しみに目覚めてほしい。

6位

折り返しとなる第6位には「館」「密室殺人」「特殊設定」が複雑に噛み合う作品、南海遊の「永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした」とした。

永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした 書影

『館』x『密室』x『タイムループ』の三重奏(トリプル)本格ミステリ。



「私の目を、最後まで見つめていて」

そう告げた『道連れの魔女』リリィがヒースクリフの瞳を見ながら絶命すると、二人は1日前に戻っていた。

母の危篤を知った没落貴族ブラッドベリ家の長男・ヒースクリフは、3年ぶりに生家・永劫館(えいごうかん)に急ぎ帰るが母の死に目には会えず、葬儀と遺言状の公開を取り仕切ることとなった。

葬儀の参加者は11名。ヒースクリフ、最愛の妹、叔父、従兄弟、執事長、料理人、メイド、牧師、母の親友、名探偵、そして魔女。

大嵐により陸の孤島(クローズド・サークル)と化した永劫館で起こる、最愛の妹の密室殺人と魔女の連続殺人。そして魔女の『死に戻り』で繰り返されるこの超連続殺人事件の謎と真犯人を、ヒースクリフは解き明かすことができるのかーー

『館』x『密室』x『タイムループ』の三重奏(トリプル)本格ミステリ。

永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした あらすじ

ブラッドベリ家の長男ヒースクリフは母の危篤の知らせを受け、実家である永劫館に戻る。
母が亡き後、館では密室で最愛の妹が殺されてしまう。
さらには母の友人だという緑の目の少女、リリィまでも殺害されてしまうが、気が付けば一日前に時間が巻き戻っていた。
本作は死に戻ってきたところから描写がはじまり、ツカミからガツンとやってくれるところから期待を高めてくれる。

本作の最大の魅力は、特盛な内容に加え特殊設定までも載せこみながら、複雑すぎることなく丁寧に伏線として回収していく本格ミステリとしての完成度の高さだ。
館ものとしてはお約束の嵐で分断される展開、一癖ありそうな葬儀の参加者たちが雰囲気を作ってくれている。
雰囲気だけにとどまらず、立て続けに起こる密室殺人や不可能殺人。

全員が怪しく、それぞれが何かしらの隠し事をする中で、死に戻りの甲斐なくまたも妹のコーデリアもリリィも殺されてしまう。
死の運命から逃れられない彼女らをどうやって救うのか、そして誰がなぜ犯行を行うのか。

望む結果を得るまで何度もやり直すという作品は「ひぐらしのなく頃に」「STEINS;GATE」「魔法少女まどか☆マギカ」など枚挙にいとまがない。
本作はその系譜に連なりながらも特有の設定「道連れ」がある。
これはリリィが死ぬその時、彼女の両目を見ていた者はリリィとともに一日前に戻されるというものだ。
これを使って、ヒースクリフも記憶を引き継いで最愛の妹コーデリアの死を阻止するために何度でもやり直すというのが目玉の設定の一つだ。

SF設定だけがすごいのかといえばそうではなく、館には過去に起こった凄惨な事件の謎を解き明かすと息巻く探偵がおり彼が追う謎も興味深いし、現在進行形で起こる密室殺人や不可能殺人がさらに謎を深めている。
果たして過去の事件と現在起こっている事件に関連はあるのだろうか。
過去の事件をうまく扱うことで真相の解明に丁寧さを増す役割も添えており、非常に丁寧だと感心した。

登場人物の覚悟の深さも必見だ。
リリィの能力の発動には両の目を開いていないという制約があるが、死の恐怖に目をつぶっては死に戻りが出来ない。
対するヒースクリフだって彼女の死から目をそらしてはならない。
死んだ彼女の目を必ず見続けないといけない。
さもないと「道連れ」の能力の発動条件を満たせないため記憶を引き継いでやり直せず、最愛の妹の死を防ぐ役に立つことができないのだ。
真相の解明、ひいては自身の生存、コーデリアの生存のためならどんな艱難辛苦も引き受けるという覚悟が探偵役たちにある。

登場人物の魅力は多く、怪しい魅力満点の魔女リリィ、庇護欲を掻き立てる全盲の妹コーデリア、忠実に職務を全うする執事長のケイン、傲岸不遜な名探偵のジャイロと、ほかにも多様なメンツが揃う。
とくに気に入っているのは執事長ケインとヒースクリフのやり取りだ。
ある理由からケインはヒースクリフを諫めるために決死の覚悟で立ち向かい、ヒースクリフは真相のために長く家に仕えてきた忠実な執事と対峙せざるを得なくなる。
ここを読んで心が動かないことなどありえないだろうと思うほどだった。

何よりも印象に残るのは最終盤のリリィとヒースクリフのあの場面だ。
残酷で凄絶にしてそれでいて美しく、ただただ目を瞠るしかなかった。

タイムループもの、館もの、密室殺人。
三つの要素をうまく噛み合わせながらも複雑すぎず、物語として美しい本作は、ミステリ好きだけでなくSF好きも唸らせる良作で、終幕まで美しい。
本当に著者初の本格ミステリなのだろうかと思うほどに精緻。
この美しさは一人でも多くの人に薦めたい! と思わせる良作であった。

5位

ここからはより熾烈な争いとなった。
正直、どの作品も素晴らしいので順位のつけようがないのではないかと思うほど。
人により薦めたくなる作品として次に挙がったのがクラシックな犯人当てと高度な伏線回収を鮮やかにやってのけた秀作、潮谷験の「伯爵と三つの棺」だ。

伯爵と三つの棺 書影

時代の濁流が兄弟の運命を翻弄する。



フランス革命が起き、封建制度が崩壊するヨーロッパの小国で、元・吟遊詩人が射殺された。

容疑者は「四つ首城」の改修をまかされていた三兄弟。五人の関係者が襲撃者を目撃したが、犯人を特定することはできなかった。三兄弟は容姿が似通っている三つ子だったからだ。

DNA鑑定も指紋鑑定も存在しない時代に、探偵は、純粋な論理のみで犯人を特定することができるのか?

伯爵と三つの棺 あらすじ

純粋な論理のみで犯人を特定する、クラシカルな雰囲気満点の本格ミステリを5位に選出した。
著者は秀逸な特殊設定ミステリを数多輩出してきた潮谷験ということで、果たしてどのようなものが読めるのかと期待しながら読んだ。
直球にして骨太の、王道を行く本格ミステリであった。
本作は間違いなく、著者の新たなる代表作となったと言える傑作だ。

本作の魅力のひとつは論理による犯人の解明の鮮やかさだ。
本作の舞台となるのはフランス革命のころのヨーロッパの小国で、指紋鑑定やDNA鑑定などといった科学捜査は存在しない。
そんな中で主に謎を解く探偵役となる人物、主席公偵が整然と論理的に犯人を導き出すロジックは実に鮮やかだ。
犯行の小道具に用いられた睡眠薬というわずかな手がかりから、思いもよらぬロジックで犯人を追い詰める展開はまさに伝統的な名探偵のそれだ。

奇をてらった内容ではなく王道をゆく作品を読みたいという願いは、ミステリ好きなら誰しも一度は持つものだろう。
本作は王道のミステリに求めているものが必ず味わえると断言していい。

フランス革命時代の香りや、語り手の書記君こと「私」の回顧録という体で記述される文章も伝統的な作品らしさをよく醸しており、雰囲気が素晴らしくよいことも本作の魅力である。
回顧録という体のおかげで、「あの時の時代はこういうものでありました」と、ていねいな解説がはさまれるので歴史の知識がなくても安心して読み進められるのもありがたい。

人物の描写の丁寧さはいかにも伯爵の政務書記を務める「私」らしいと感じる。
「私」とたいして年齢が変わらない伯爵の優美さや聡明さ、何よりお茶目で時々向こう見ずな人物を克明に描き出す。
友人であり容疑者となった三兄弟の血気盛んさ、政治家ぶり、寡黙な様子も楽しく読め、伯爵とともに捜査をする主席公偵の名推理ももちろん見逃せない。

とくに面白いのは、「私」がある危機に陥ったときの伯爵の思いがけない行動だ。
切り立った崖を駆け上がり、「私」を救って窮地から脱出する展開ときたら、突拍子もない展開ではあるのだが、伯爵の優しくも勇敢(そして無鉄砲)な人柄をこれ以上なく表現してる。
推理小説部分だけではなく、人物のドラマも美しいのが本作の魅力なのだ。
フランス革命による激動の時代の歴史の香りを、歴史のお話だけでなく人物の描写を友情物語を通して伝えてくるところは読んでいて退屈を感じさせず、とにかく軽快に楽しく読める。

読みやすさをさらに加速させる工夫に、固有名詞があまり登場しないというのも紹介したい。
外国が舞台の作品では往々にして「カタカナが多くて誰が誰かわからない」問題が発生してしまう。
本作では「伯爵」「書記君(私)」、「主席公偵」など、役職で人物が分かりやすく表現されていることが多く、ストレスなく読めるところが心地よい。
固有名詞も三つ子の「スタルディオ」「ナガテ」「オルシーダ」、元吟遊詩人の「アダロ」くらいを覚えてしまえばあとは何ら問題がない。
海外が舞台の小説を読むうえでの障害を上手く取り除いていることが喜ばしい。

これだけでは終わらない。
歴史と懐古の友情物語と三つ子の誰かによる殺人事件だけではなく、本作にはさらなる仕掛けが訪れる。
三つ子事件にはまだ解かれていない謎があるという主席公偵。
彼の指摘が果たしてどのような展開を生み出すのかは、読んでみてのお楽しみだ。

クラシカルにして端正、クリスティ作品ばりの高度な本格ミステリを楽しみたい人は本作を絶対に読んでほしいと声を大にして伝えたい。
そんな一冊だ。

4位

4位には「伯爵と三つの棺」と同時期に発売された、少年マンガ的展開と警察小説と本格ミステリを高度に融合、成立させた離れ業、阿津川辰海の「バーニング・ダンサー」

バーニング・ダンサー 書影

来た。怒濤のドンデン返し。最高峰の謎解き×警察ミステリ!!



【テレビ、新聞、週刊誌掲載で話題沸騰!】

大衆を煽動する殺人犯vs. “猟犬”と呼ばれる元捜査一課刑事



「あの、私も妹も、交通総務課から来ました」。
そう聞いて、永嶺スバルは絶句した。
犯人を挙げるため違法捜査も厭わなかった捜査一課での職務を失い、異動した先での初日。
やって来たのは、仲良し姉妹、田舎の駐在所から来た好々爺、机の下に隠れて怯える女性、民間人を誤認逮捕しかけても悪びれない金髪男だった。
着任早々、異様な事件の報告が入る。
全身の血液が沸騰した死体と、炭化するほど燃やされた死体。
相棒を失った心の傷が癒えぬ永嶺は、この「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課」のメンバーと捜査を開始する。
彼らの共通点はただ一つ。
ある能力を保持していることだった――。



「すべての始まり」から、犯人の嘘は仕込まれている。

6作品連続「このミステリーがすごい!」ランクイン &「本格ミステリ大賞(評論部門)」受賞作家最新作。
阿津川マジックが炸裂する、最高峰の謎解き×警察ミステリ!!

バーニング・ダンサー あらすじ

第4位は7月に発売された夏の太陽のごとく熱い傑作、バーニング・ダンサーを選出した。
本作の素晴らしいところは本格ミステリの熱いどんでん返しだけではなく、少年マンガさながらの熱い能力者バトル、警察小説の魅力満載の熱い物語と、熱い要素がてんこ盛りなところだ。

世界に突如、動詞にちなんだ能力「コトダマ」が発現した。
そのコトダマに選ばれた100人の能力者、通称コトダマ遣い。
その能力の使用には指を鳴らすなどといった条件や5m以内しか効果がないなどの制限があるのだが、使い道がいろいろ考えられる能力ばかりだ。
残念なことに、この能力を犯罪に悪用するコトダマ遣いが現れた。
これに対抗するのが警察組織内の特殊部隊、対コトダマ犯罪調査課の面々だ。

語り手であり「入れ替える」のコトダマ遣いである捜査一課出身の長嶺は、特殊部隊とは名ばかりの寄せ集めのコトダマ遣い集団を率いながら、全身が炭化した死体と血液が沸騰した死体の殺人犯(どう見てもコトダマ遣いの犯行だ)を追うことになる。
ヤンキーまがいの男桐山、好々爺の交番勤務の坂東、交通課の双子姉妹の小鳥遊、怯えながら捜査に繰り出す小心者の望月と、ほぼまともな捜査経験のない人員で構成されているのだから、班長を務める長嶺の苦労たるや如何ほどだろうか。
地道な捜査を面倒がる桐山を長嶺が炊きつけてみたり、潜入捜査で情報収集を行う小鳥遊姉妹の活躍を楽しんだり、望月のコトダマで一風変わった聞き込みを味わったり、口を割らない被疑者を相手に年の功と巧みな語り掛けで解きほぐしていく坂東と、特殊設定要素で飾られてはいるもののしっかりとした警察ものであることは間違いない。

とくに坂東の取り調べのシーンは違法捜査も厭わない長嶺からするとじれったいものであろうが、徐々に被疑者の態度が変わっていくところがよく描かれていて非常に印象深い。
あとで長嶺に取り調べの技術の手ほどきをする坂東の謙遜していながらも年の功を感じさせる佇まいは、いかにも警察小説らしいものが感じられて好きなシーンの一つだ。

コトダマ遣い同士の熱い戦いは必見で、長嶺の「入れ替える」桐山の「硬くなる」を中心とした描写はバトルマンガさながら。
対するコトダマ遣いは炎を操るコトダマ遣いと共犯者のコトダマ遣い。
なんといっても相手のコトダマが分からないのだから、相手の一挙手一投足すべてが油断ならない。
もしかしたらあの動きが発動条件かもしれない、あの動作はなぜ行ったのだろうかと、相手コトダマを特定する過程も見どころだ。
そのような緊張感が走る戦いの行方、相手のコトダマの正体の判明は誰もが少年マンガで通過した、あのワクワク感だ。
このワクワクを本格ミステリで味わえることは本作の大きな魅力。

それだけではなく、バトルシーンの些細な描写や細かなやり取りがのちの手掛かりになっていたりと、戦闘の描写が戦闘のためのものだけではない工夫に思わず感じ入った。
熱いシーンが熱いだけでなく、本格ミステリ的な仕掛けの熱さにも貢献する、まさに火種のような巧みな仕込みだ。

最終盤の熱いどんでん返しはひたすらに熱い。
本格ミステリの喜びが次から次へと弾けるさまは何度読んでもワクワクするほどで、素晴らしい仕事。
この熱さを詳細に書けないのは、本作がミステリである以上、火を見るよりも明らか……といったところだ。

3位

3位として悩んで悩んで悩みぬいて選んだのは、幽霊と少女のタッグが困難を乗り越える一作、方丈貴恵「少女には向かない完全犯罪」

少女には向かない完全犯罪 書影

「教えて?復讐のやり方を」

一人ぼっちの少女が頼ったのは、あと7日で消滅する幽霊。



伏線、伏線また伏線!

2年連続本格ミステリ大賞ノミネート作家による

終着点が心震わせる本格ミステリ



☆☆☆



なにもできない二人が、

逃げ、考え、罠にかける!

頭脳戦の楽しみに満ちた爽快な復讐譚!



黒羽烏由宇は、ビルから墜落し死につつあった。

臨死体験のさなか、あと七日で消滅する幽霊となった彼は、

両親を殺された少女・音葉に出会う。

彼女は、出会い頭に彼に斧を叩き込んで、言う。



「確かに、幽霊も子供も一人じゃ何もできないよ。

でも、私たちが力を合わせれば、大人の誰にもできないことがやれると思わない?」



天井に足跡の残る殺人、閉じ込められた第一発見者、犯人はこの町にいる。

少女には向かない完全犯罪 あらすじ

次から次へと伏線、次から次へと新たな展開、次から次へと真相と、息をつく間もないほど面白くなり続ける復讐劇ミステリ「少女には向かない完全犯罪」は本当にすごい。
本作のすごさは幽霊と少女という最弱コンビが最強コンビになる過程の面白さと、復讐劇が巻き起こす意外な展開の数々、そして多重解決ものとしての恐るべき作り込みだ。

本作は両親を殺害された少女、三井音葉と何者かに突き落とされ幽霊となった完全犯罪請負人、黒羽宇由烏が出会い、彼らに起こった両親の殺害と転落殺人が同じ犯人の手によるものとして犯人を突き止め復讐を達成しようとする物語だ。

音葉は好奇心旺盛な小学生、黒羽は慎重に慎重を重ねる幽霊と、正反対な性格のうえ二人とも無力そのものだ。
音葉は捜査経験もなければ推理のための筋道もわからず、黒羽の持つ完全犯罪請負人としての知恵を頼りにしていく。
黒羽は子供とはいえ自分が見える実態のある存在を頼らないと、物に触れることもできないし、7日後には幽霊はこの世から消えるという儚さだ。
二人は互いの弱点を補いあいながら協力し、少しずつ情報を集めて推理を重ねて真相に迫っていく。

その過程で黒羽が音葉に推理を行うための秘訣を手ほどきしたり、音葉に料理を教えたりと、黒羽が完全犯罪請負人であることを忘れるような優しい展開もあり、どんどん二人のコンビがこなれていくのが楽しいところ。
黒羽が音葉に授ける推理の筋道の立て方や推測のポイントは、私たち読者が読んでもためになるような丁寧なコーチングで、音葉たちと一緒になって真相を推理する楽しみ方もできる。
黒羽おすすめのフレンチトースト作りときたら、読者も一緒に作って食べながら読んでみようと言わんばかりの微笑ましさで、二人の物語には事欠かないくらい読みどころが目白押しだ。

黒羽が突き落とされた日に持っていた野菜ジュースのパックが意外な手かがりになる展開一つとっても、丁寧な検証がさらなる進展を生む。
事実に検証を積み、さらに推測を……とする中で、黒羽よりも先に音葉が新事実に気づくなど、たしかに音葉が成長していく。
音葉の成長と裏腹な、滅びゆく定めの幽霊の黒羽という対照性が皮肉さを感じる。

完全犯罪による復讐の完遂のための物語のはずなのに、どこかファンタジー作品のような雰囲気さえするコンビものの物語は誰が読んでも楽しいと思うはずだ。
二人の軽快なやり取りが本作をノワールすぎる仕立てにしておらず、人に薦めやすいと感じる所以だと思う。

本作は途中から多重解決ものとしての推理に次ぐ推理、ひっくり返される推理とさらなる真相といった具合に、物語が加速していく。
丁寧なロジックが序盤から積みあがっていく本作だが、中盤から終盤にかけての多重解決ものとしてのロジックの奔流が怒涛というほかなく、糖分を十分に摂取しながら読むのをおすすめしたくなる。
それこそ、黒羽おすすめのフレンチトーストと飲み物があるといいと思う。

最終盤の真相の意外さ、音葉と黒羽が辿り着く結末は必読。
軽快に読める二人のやり取りがもう読めなくなることの寂しさを味わいながらも、美しい終幕にはエネルギーを使い果たして放心するしかなかった。

本作の著者といえば「竜泉家の一族」シリーズの特殊設定もののロジックの素晴らしさが目覚ましいのだが、本作はバディものの小説としての楽しさと多重解決のロジックの連続と、小説数冊分を凝縮したかのような濃密な面白さで勝負をかけてきた。
本作も間違いなく著者の持つ強みを十全に発揮しており、本格ミステリとして最高峰の面白さを持ちながら二人のやり取りが愛おしくて楽しい。
多くの人に読んでほしいと感じるエンターテインメント作品であると断言したい。

2位

2位は史上最多の応募作が競う熾烈を極めたであろう鮎川哲也賞の選考を全会一致で勝ち抜いた傑作医療ミステリ、山口未桜「禁忌の子」を推すことにした。

禁忌の子 書影

【第34回鮎川哲也賞受賞作】



投稿作であることも忘れ手に汗握った。

読者を没入させるストーリーテリングができる方だ

青崎有吾



とにかく書きっぷりが達者で、私は作品の半ばまで読んで

「これが今年の鮎川賞だな」と確信した

東川篤哉



良質なサスペンスドラマのように、主人公が歩みを進めるたびに

真相に近づいていく展開は見事のひと言

麻耶雄嵩



救急医・武田の元に搬送されてきた自身と瓜二つの溺死体。

彼はなぜ死んだのか、なぜ同じ顔をしているのか。

「俺たち」は誰なんだ。



現役医師が描く医療×本格ミステリ

第34回鮎川哲也賞、満場一致の受賞作



救急医・武田の元に搬送されてきた、一体の溺死体。
その身元不明の遺体「キュウキュウ十二」は、なんと武田と瓜二つであった。
彼はなぜ死んだのか、そして自身との関係は何なのか、武田は旧友で医師の城崎と共に調査を始める。
しかし鍵を握る人物に会おうとした矢先、相手が密室内で死体となって発見されてしまう。
自らのルーツを辿った先にある、思いもよらぬ真相とは――。
過去と現在が交錯する、医療×本格ミステリ! 
第三十四回鮎川哲也賞受賞作。

禁忌の子 あらすじ

鮎川哲也賞受賞作とはめちゃくちゃ波長が合うので、1年前の受賞の知らせを見たときからずっと期待していた「禁忌の子」。
題名を見て「これ絶対キンキキッズ呼ばわりされるだろ……」と思っていた私を待ち受けていたのは、特大の謎を追う没入感、重厚な医療現場の描写、生命への深い敬愛、生殖医療を巡る問題、意外にして禁断の結末という驚きの数々だった。
読後の私は自信をもって、本作の題名は「禁忌の子」以外にあり得ない、と断言できる。
本作の魅力を順に語ろう。

救急医の武田の元に搬送されてきたのは自分と瓜二つの溺死体だった、という衝撃の開幕はツカミとして最高。
この「自分と瓜二つの溺死体は何者なのか」という特大の謎はぐっと心をつかみこんで離してくれないので、ここからどうなるのかドキドキしながらぐいぐい読めるところは本当に素晴らしい。
思いもよらない大きな謎は「読んでみたい」、「この作品は買いだ」、という意欲を大きくさせてくれる。
本作はそれにとどまらず、尻すぼみにならずにどんどん面白くなり続けるのがえらいところ。

武田とともに謎を追う探偵役は、同じく医師の城崎。
感情が動かないという彼はオペ中に吐血する患者を前にしても全く動じず、正確無比にして冷静にオペを完遂する描写が為され、とんでもないエピソードをもって彼の常人離れぶりを思い知らされる。
武田が覚えている城崎の学生時代のエピソードもなかなかのもので、城崎という人物の冷静さと無感情ぶりがよく伝わってくる。

上記のエピソードだけでも城崎の人柄だけでなく医療現場をよく描いていると感じるが、謎の鍵を握るとみられる人物が病院内の院長室、それも密室で殺されるという展開での一幕はとくに印象的だ。
普通のミステリならこういう展開が起こると、どうやって殺したのか、誰が殺したのか、手掛かりはないか、などといった描写に移りがちだが、本作は違う。
発見した関係者が医師で、現場が院内であるということもあり、なりふり構わずに被害者を救命しようとするのだ。

ミステリとしては褒められないことなのかもしれないが、医師である以上救えるかもしれない命を救うという使命感に燃えた描写は圧巻だった。
結局懸命の処置は功を為さなかったものの、ここに私は著者や登場人物らの生命への深い敬愛を感じ取らずにはいられなかった。
生命に対して真摯な作品であるからこそ、本作は生殖医療に関する倫理を題材としていながらも不謹慎さを感じさせないのだと思う。

様々な謎を巡る中でキュウキュウ十二の核心に迫ったときのある人物との会話は特筆すべきものがある。
本作は本格ミステリであることは疑いようがないが、それと同時に血の通ったヒューマンドラマとしても成立していることが痛感させられるのだ。
武田とキュウキュウ十二を巡る物語はこの人物との会話でおよそ全てが分かるのだが、これを読んで人の境遇というものに思いを馳せないでいるのは無理だろう。

真相の解明も医師らしいロジックで展開され非常に好感が持てる。
いわゆる背理法を用いて城崎が語る真相はあまりにも意外で、終盤のどのページを読んでも驚いてしまうほどに驚きに満ちていて、本格ミステリを読む喜びが溢れていた。
城崎が探偵役だからこその展開の数々はほかの作品では味わえないもので、ミステリを読みなれていたとしても次のページでどうなるかさっぱり分からない。
最後の一行まで読み終えたとき、本作のタイトルを強く噛みしめて放心した。
本作は紛れもない傑作だった。

ここまで大きな魅力を語っておいたあとでは蛇足かもしれないが、本作は謎と謎の間の結びや話運びも秀逸だ。
キュウキュウ十二は誰なのか。武田の過去はどうなのか。武田の母が隠した真実は何なのか……。
どんどん真相に近づいてゆく中で密室殺人、さらには辿り着いた先での驚きの対話と、ひたすらに面白くなり続け、話運びが本当にこなれていてどこでしおりを挟んでいいのかわからないほどだ。
本作は著者自らが一気読みを推奨しているが、しおりがどこにも挟めないほど加速度的に面白くなる作品だから間違いない。

本作を人に薦めたいのは、医療ミステリでありながら医療の現場を難しい言葉で語らず、丁寧に説明していることで読みやすさに心を砕いている点はもちろんのことだが、生殖医療をモチーフとした社会派な側面を持つヒューマンドラマ、そして真相とそれに付随する物語が、人と話してみたくなる深みを確固としているからだ。
本格ミステリを堂々とやりながら、人と語りあいたくなるような深いテーマの両立をやってのけた見事な作品なのだ。

すでに本作の続編の刊行が決定しており、今年のミステリ新人作家としては異例の刊行速度というのも本作が推せる所以だ。
デビューしたはいいものの振るわない作家もいる中で、デビュー作は衝撃作にして秀逸な著者が「続編を出す」と約束しているのは本当に大きなこと。

安心して読めるミステリ作家として、山口未桜の名前が挙がる日は近いかもしれない。

1位

はい。
一位は青崎有吾「地雷グリコ」です。

地雷グリコ 書影

ミステリ界の旗手が仕掛ける本格頭脳バトル小説!



射守矢真兎(いもりや・まと)。女子高生。勝負事に、やたらと強い。

平穏を望む彼女が日常の中で巻き込まれる、風変わりなゲームの数々。
罠の位置を読み合いながら階段を上ったり(「地雷グリコ」)、百人一首の絵札を用いた神経衰弱に挑んだり(「坊主衰弱」)。
次々と強者を打ち破る真兎の、勝負の先に待ち受けるものとは――ミステリ界の旗手が仕掛ける本格頭脳バトル小説、全5篇。

地雷グリコ あらすじ

はい。
知ってた人も多いと思いますが、今年の私の「このミステリを薦めたい!」は地雷グリコです。

さすがに強すぎた。

何がどうすごいのか、どうしてそこまで熱烈に人に薦めたいのかを語っていきたい。

まずはミステリとしての面白さだ。
ミステリの面白さの一つに伏線を生かした「どんでん返し」と呼ばれるものがあるが、本作はそれを活用して、ギャンブルものらしい一挙に捲る展開を劇的に演出している。

たとえば表題作「地雷グリコ」は短いページ数ながらもピンチに陥る主人公、射守矢真兎と冷静で理論的に詰めてくる生徒会メンバーの椚先輩をよく描いている。
ピンチに陥る真兎は実はすでに伏線を張り終え、一発逆転を狙う大きなどんでん返し展開が非常に熱いのだ。

ミステリといえば論理性も求められるが、ここはさすが「平成のクイーン」と呼ばれる著者だけあって非常に巧みだ。
例えば「グリコ」という遊びはじゃんけんの頭文字?である「グ」「チョ」「パ」から派生して「グリコ」「チョコレート」「パイナップル」の3文字、6文字、6文字ぶんの段をじゃんけんの勝者側が登ることができる遊びなのだが、これは裏を返せば3の倍数地点を必ず踏むことになる。
つまり3の倍数地点に相手を10段降りさせる「地雷」を仕込めば相手に地雷を踏ませられるわけだ。
といった具合に、ゲームのルールをよく解釈して勝ち筋を見出していく。

上に挙げたのは例だから簡単な内容ではあるが、相手はさらなる手を読んで地雷を仕掛けてくるかもしれない。
じゃあ裏をかくべきか?
素直に地雷を設置すると明け透けなのではと、登場人物それぞれが論理的に考えて勝ちに行く物語はまさに頭脳戦そのもので思わず熱中してしまう。
どうやって相手に地雷を踏ませ勝利するのかを論理的に描く過程もまたミステリ的な美しさをしっかり保っている。
勝ち方を読んだときの鮮やかさ、どのようにして罠を仕掛け、どこに勝ち筋を見出したかの種明かしには思わず唸ってしまうわけだ。

物語が進むにつれてゲームのルールを解釈したミステリの仕掛けは高度化し、「自由律ジャンケン」の仕掛けには思わず声が出るほどに驚いてしまった。
どの作品にもこれらミステリの仕掛けが高度に仕組まれており、観戦していて驚き膝を打ち感心すること間違いなしだ。

登場人物の魅力についても語ろう。
本作は主人公の女子高校生、射守矢真兎が学内外で巻き起こる数々のゲームで勝負をする作品だ。
表題作「地雷グリコ」をはじめ、百人一首を用いた神経衰弱「坊主衰弱」、お互いに考えた独自の手を一つずつ加えて行われるジャンケン「自由律ジャンケン」、数を入札して行う変則だるまさんがころんだ「だるまさんがかぞえた」、四つの部屋に伏せられたトランプを用いた超高度頭脳戦「フォールーム・ポーカー」と多彩なゲームを巡る名勝負の数々が待っている。

スカートを短く折り込みギャルっぽい見た目で頭がゆるそうな真兎だが、相手のくせを観察し、ルールを吟味し、ときにはとんでもない手を使って勝ちを収めようとする頭脳明晰な秘めた強さの持ち主だ。
友人であり視点人物の鉱田ちゃんは常に真兎の勝負にハラハラさせられていること請け合いだろう。

真兎に立ちふさがる相手は誰も彼も一筋縄ではいかない。
冷静沈着にして生真面目な生徒会メンバー椚先輩、イカサマを使って目障りな高校生を払い除けようとするかるたカフェ店主、生徒会会長でありながら奇抜な見た目でとんでもない切れ者の佐分利会長と、癖のある強敵揃いだ。
そんな強敵を前に真兎は、持ち前の観察力とルールを聞いたときの数点の確認事項で勝ち筋を作り上げてしまう。
相手のくせや発言をもとに「こうなるだろう」と理論立てて戦いを構築するには相手のキャラクターをよく描いていないといけないわけだが、そこを巧みに描いている。

登場した人物が次の話に登場するときはとくにキャラクターの深掘りが為されていて面白いのも述べておきたい。
顕著なのは椚先輩だろう。
冷静沈着な生徒会メンバーである彼が、かるた部の失態を詫びに行く羽目になったり、真兎とつるむようになっていいようにイジられたりと、苦労人然としたキャラクターが付与されていて微笑ましい。
かと思えば「自由律ジャンケン」で難解なルール解釈を厳格にジャッジするし、「フォールーム・ポーカー」では佐分利会長とともに戦況の分析やルールの解釈を行い咀嚼した情報を読者に提供してくれるなど、冷静沈着な椚先輩は健在である。

キャラクター描写の巧さは最終話に当たる「フォールーム・ポーカー」の青春小説らしさをより強固にしており、ギャンブルもの一辺倒やミステリらしい逆転劇ばかりが面白いという内容ではないところも本作の大きな魅力だ。
節々で描かれる学内の様子や真兎と鉱田ちゃんの関係ややり取りはどれも面白く、肩ひじ張って読まなくてもいい、青春小説の風合いが軽やかでエンターテインメント小説らしさをより引き出していると思う。

人が死なない、ひどい目に遭わないというのも美点だ。
ギャンブルものはだいたいの場合は血を抜き取りあうとか鉄骨渡りを強いられるだとか、悲惨で目も当てられない展開が続くことが多いが、本作に関してはそれがない。
終盤の「フォールーム・ポーカー」ではとんでもない額面が動くことになるが、それでも勝負している少女たちは別のところを見ているかのようで、どこか澄んでいる。

本当にこれは間違いがないのだが、本作は純粋に「面白い」のだ。

とにかく面白い小説だから薦めたいというのが一番の理由だ。

ミステリとして面白い、青春小説として面白い、ギャンブルものとして面白い、いろいろと面白い理由はあるが、本当に面白いから薦めたい、純粋にそういう気持ちになる作品なのだ。

事実、山本周五郎賞の選考で「面白い」という盤石な評価があり、そこから選考が進んだということが記者会見で語られていた。
文学賞を「面白い」という絶大なパワーで存在感を示し、青春小説としての評価も示されて晴れて選出されたという経緯がある本作は、もはやミステリとしておすすめという域を超えておすすめなのだ。

「純粋に面白い」というパワーあふれるミステリ界の切り札を読んでほしい。
「地雷グリコ」はそういう作品だ。

選出の過程

「地雷グリコ」はどう考えても最高に面白く、これを超えられるおすすめ本は向こう数年くらい出てこないのではないかと思うレベルだった。
今年のベスト10を決めるにあたり「地雷グリコを超える面白さか?」という視点で見たとき、どうしても今年のベストミステリは「地雷グリコ」で動かなかった。
「地雷グリコ」が1位という結論ありきで決めていたわけではないことは強調しておきたい。
次点以降は何かを考えたとき、数作品は自然と決定した。
それが今回の8位までの作品たちだった。

とくに「禁忌の子」「少女には向かない完全犯罪」「バーニング・ダンサー」「伯爵と三つの棺」はどれも実力が拮抗した秀逸な作品ばかりで、甲乙つけるには難しい作品たちだった。
人と語りたくなる作品として2位に「禁忌の子」はわりとすんなり決定したが、エンターテインメント性の高い「少女には向かない完全犯罪」と「バーニング・ダンサー」で拮抗し散々悩んだ挙句、コンビものとしておすすめしやすい点がわずかに勝って3位を「少女には向かない完全犯罪」、4位を「バーニング・ダンサー」とした。
消去法的にやむを得ず5位を「伯爵と三つの棺」とした次第である。

6~8位はシリーズものを薦めにくい企画であるという点から自ずと6位に「永劫館超連続殺人事件」を選び、7位と8位は薦めやすさをシリーズの特性を含めてひたすら考え抜いた結果わずかな差で「黄土館の殺人」「明智恭介の奔走」の順となった。

9位からは実は同列クラスの良作がひしめいており、当初ベスト8を紹介しようと考えていた。
しかし去年の記事で「もし30作品とか読めていれば10枠くらい紹介できていたであろうと考えると申し訳なくもありうんぬんかんぬん」などと書いたことがあり、45作品も読んでいる以上、まさか8作品だけ紹介というわけにもいかず、じゃあベスト10を紹介しようということにした。
上のほうにも貼ったけども去年のベスト5の記事は以下↓

9位の「あなたに聞いて貰いたい七つの殺人」は劇場型犯罪と劇場型探偵という耳目を引く内容でとても薦めやすいキャッチーさがあるうえに加速度的に面白くなる仕掛けが素晴らしく頭一つ出ていたと感じる。
10位の「奇岩館の殺人」はリアル殺人ゲームを生き残らなければならないという無理ゲーめいた部分と、まさかのリアル殺人ゲーム倒叙もの部分の滑稽さが他になく、人に薦めてみたい作品であったことから決定した。
つまるところ、この企画に対しての優位性があるから選出されたといえるわけだ。
なお上記の2作と同列くらい自分が好きな作品は以下の通り。

・ファラオの密室(白川尚史)
・切断島の殺戮理論(森晶麿)
・蛇影の館(松城明)
・法廷占拠 爆弾2(呉勝浩)
・私はチクワに殺されます(五条紀夫)
(以上発売日順)

せっかくなので上記作品についても簡潔に紹介したい。

「ファラオの密室」はアメン信仰を強いたアメンホテプ4世のころの古代エジプトを舞台とした作品で、冥界での死後の審判を受けようとする神官セティの心臓が欠けていたために現世に戻されて心臓を取り戻そうとする。
そのころにファラオのミイラがピラミッドの玄室から姿を消してしまうという、二つの大きな謎が主題のミステリだ。
本作は古代エジプトのゆるやかな世界観と死者が蘇ることを受け入れる人々の伸びやかさが魅力で、歴史浪漫と太古の人々の人情味があふれる作品でありながら最後まで本格ミステリを貫いた傑作だ。
しかし「奇岩館の殺人」と比べたときに、より自分が薦めたいのはどちらかを散々吟味した結果、「奇岩館の殺人」の思いもよらない展開と倒叙ものの面白さだったので、こちらを泣く泣く選外とせざるを得なかった。

「切断島の殺戮理論」はタイトル通り身体の一部を切断する奇習を持つ部族が住む隠された島で巻き起こる大量殺人をモチーフとした作品だ。
急に頭が冴えわたった語り手と美貌の民俗学研究者を中心に物語が展開し、島の調査に訪れた民俗学研究者らが身体の一部を切り取られて殺害される事件の真相と大量殺人の真相が本作の謎の要だ。
本作は中盤の大量殺人に始まりぶっ飛びにぶっ飛んだ作品で、最終盤の展開の異形の真実はその極みというべきとんでもないもので、思わず笑うしかないほどだった。
すさまじいパワーを持った作品だが、人に薦めるにはこの異形の真実を耐えられる相手かどうかを判断して薦めないといけない内容であることを鑑み、選外とした。

「伯爵と三つの棺」「バーニング・ダンサー」と同じく7月の期待作の一角「蛇影の館」は特殊設定バリバリのロジカルな館ミステリだ。
人に寄生して定期的に取り換えることで悠久の時を生きる人工生命体〈蛇〉(セルペンス)は残り5匹となりながらも生きながらえてきた。
それぞれ執着する対象は違えど長の定期的な呪文を受けないと死滅するので、肉体の取り換えと同時にその集まりをすべく蛇の所有する館に集まり、新しい肉体候補の人間たちも集めてきた。
そんなところに仲間の蛇が殺されてしまう事態が発生し、誰が(どの肉体が)殺しを実行したのか探るというミステリだ。
特殊設定を極めて上手く使いこなしており最後まで上手く説明しきった秀逸なミステリであるのだが、人に薦めるにあたり本作の特殊設定の難解さは少々ハードルが高いと思われたため、本作を選べなかった。

「法廷占拠 爆弾2」は前年のミステリランキング2冠を飾ったサスペンスミステリ「爆弾」の続編だ。
けったいな話術で人を煙に巻き疑心暗鬼に陥れてしまう怪人、スズキタゴサクなる冴えない中年男を中心に展開してきた前作だったが、本作はそのスズキの事件の裁判をテロリストが占拠して「死刑囚に直ちに刑罰を執行せよ」と要求する。
前作に勝るとも劣らない、ハイレベルのスピード感とサスペンスの爽快さが本作の魅力。
テロリストの目的は何なのか。
次は何が飛び出してくるのか分からない緊迫感が読む手を絶対に緩めさせないパワーがある作品だ。
手に汗握る展開が続くエンタメではあるが、続きものである点やミステリとしてのおすすめというよりはサスペンスものとして薦めたい作品だと思っているので、今回の企画ではあまり強く上げられなかった。

「私はチクワに殺されます」はタイトル二度見必至のウケ狙いめいたイロモノと見えるが、内容はしっかり作り込まれているホラー色の強いチクワ・サスペンスだ。
無理心中を図ったとみられるトラック運転手の男の家には至るところにチクワが散乱しているという異様な現場だった。
その男の手記によればチクワの正体は殺人兵器であるといい、チクワを世に出回らせないために日々奮闘していたという、荒唐無稽な展開が繰り広げられる。
このホラーな前半部だけでも独特の面白さがあるが、後編、解決編の別の人物視点からは意外な真相が見え始める。
この仕掛けが実に巧妙で、ウケ狙い一辺倒な内容ではなく計算されたホラーミステリであることが分かる、ちょっとほかではお目にかかれない怪作であり快作だ。
文庫で分量も多くなく、非常に薦めやすい作品だ。
ただ、「ファラオの密室」の悠久ののびやかさと仕掛けの手数の多さを鑑みると、本作よりも「ファラオの密室」のほうが自分好みであったためベスト10入りは果たせなかった。

と、以上のような自分の中でのビブリオバトル(?)が繰り広げられた結果、このようなランキングと相成った次第だ。

おわりに

振り返ってみると、今年のミステリランキングは開幕から「地雷グリコ」という決戦兵器が投入され、ありとあらゆる作品が「地雷グリコ」と比較されてしまうというとてつもなく恐ろしい年だったと思う。
しかしそれはランキングを考えたとき、ベストミステリを考えたとき特有の事情であったと思う。
結局のところ、面白いと自分が感じた作品はほかの何かがどうであったとしても面白いのだし、わざわざ比較すること自体ナンセンスだ。

数々のミステリ新人賞から秀逸なミステリ(そして作家)が輩出され、特殊設定ものやクラシックな作品、古い時代や現代時事、不謹慎なデスゲームものから生命倫理を重んじた作品まで、多種多様な作品が様々な作家から発表され、楽しくありがたく読むことができた。
とくに印象深いのは7月の「伯爵と三つの棺」「蛇影の館」「バーニング・ダンサー」のミステリ三連撃で、面白い作品が続けざまに発表されたことに歓喜したものだ。

「地雷グリコ」の快進撃も書いておきたい。
今年一番のミステリは地雷グリコですよ、などと新年早々ぶちかましてしまったわけだが、果たして本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞と一週間で3つもの賞の頂点に輝いた。

山本周五郎賞の選考において本作は、あまりにもゲーム部分やアニメ作品マンガ作品の面白さが優先しており、文芸賞として適切なのかどうかという議論が為されたという。
そんな中ある選考委員が「小説が漫画やアニメに影響を与えてきたのであるならば、その反対、漫画やアニメから小説が影響を受けることは新しさとして重要なことで、この作品に賞を与える意味は大きい」と発言したという。
「地雷グリコ」の山本周五郎賞受賞は「小説がアニメやマンガを育てる」という一方通行ではなく、小説とアニメマンガが双方向に良い影響を与え続ける好循環を象徴する出来事になったと思わずにはいられない。

一方で、山本周五郎賞授賞式のインタビューにて著者は以下のように述べている。

「もし『地雷グリコ』がライトノベルのレーベルから発表されていたら、同じ内容でもこんなふうに評価していただけただろうか。小説家としてというより、一人のエンターテインメント好きとして考えていかなければいけない部分もある」

「地雷グリコ」は面白かった。
しかしこれがライトノベルのレーベルから出版されていたら、果たして読めていただろうかと自問自答すると、答えはNOだろう。

ライトノベルのレーベル発のミステリ作品が実は相応にあるが、今年の読んだ作品に一作品も入っていないのだ。

具体的な例を挙げると、「神薙虚無最後の事件」「シンデレラ城の殺人」などで知られる紺野天龍が書く「ソードアート・オンライン」を題材とした「ミステリ・ラビリンス 迷宮館の殺人 ソードアート・オンラインオルタナティブ」、小説家になろう発の小説にしてアニメ化による話題性も抜群な「薬屋のひとりごと」あたりが近年の作では有名だろうか。

調べてみると今年のラノベミステリおすすめ10選などのページも見つかるし、青崎有吾が青春ラノベミステリに推薦文を寄せるし、ラノベミステリは実はミステリ好き(自分だけかも?)が知らないだけで、熱いジャンルだということが分かる。
にも関わらずこれまで自分は一冊もラノベミステリを読んでいないし、これまで見てきたミステリランキングにライトノベルのレーベルのミステリはろくに挙がってきていない。

そのことを考えれば、「地雷グリコ」の躍進を喜ぶだけでなく、レーベルの色眼鏡で判断して読む読まないを判断してしまうことも戒めなければならないのだろう、とも感じた。
面白そうだと感じたなら、誰がどう言おうとも、出版社やレーベルがどこであろうと、ミステリランキングで評価されようとされまいと、読む。
来年は今以上に、気になるミステリがあれば手を伸ばして楽しみつくしていきたいと、決意を新たにする次第だ。
(そういう意味では、ミステリ新刊の情報がすぐに見つかるといいなと思ってやまないわけだが……ミステリを送り出している各社さん、これは本当に何とかしてください。厳しい意見ですが、いくら読者が読みたくても読者から見つからなければないのと同じです)

さっそくこの11月はあの古泉迦十が、四半世紀近い沈黙を破って解き放つ新作「崑崙奴」が気になるところだ。
来年のミステリも、きっと明るい。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

余談

今年読んだミステリの総額、以下の通りです(実際には文庫化やその他の本、ものによってはサイン本購入もあるのでこれ以上使っているけども……)。

総額 76,378円也

おしまい。



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