この探偵と助手のコンビが熱い!2024 10選
概要
私はミステリが好きです。
思わず買ってしまうような興味を引く大きな謎、読書の手を止めさせないためかのごとく連続する小さな謎、ときにはあっと驚く劇的な展開、息をつかせぬどんでん返しの攻勢、これらの創意工夫が織りなす美しい物語たちが本当にたまらない。
さて、打って変わって私の妻の話に移ります。
私の妻はいわゆる男性同士の関係性……友情、敵意、信念、情愛……形態を問わず、まあ、そういうのにときめくタイプです。
妻に「屍人荘の殺人」を薦め読んでもらったところ、「明智さんと葉村くんの関係性がヤバすぎる。最高」などという感想がもたらされたときは素直に「なるほど、そういう見方もあるのか」と思ったものです。
ミステリはたいていの作品において謎を解く役割「探偵役」、謎を解くための情報を集めたり、視点人物になってくれたり、読者に対して咀嚼された情報を提供してくれたりする役割の「助手役」が登場します。
よく考えてみれば、彼らコンビは元祖的存在ホームズとワトソンがそうであるように、関係性の「熱さ」というものがあるのではないか。
謎を解く過程で探偵と助手は苦楽を共にし、ともすれば生死を賭けた大冒険をするわけです。
この物語にドラマが存在しないわけがない。
探偵と助手のドラマが熱いミステリを紹介するという形で、今年の面白いミステリを紹介する。
それを足掛かりにミステリに興味を持ってくれる人が出てきてもおかしくはない。
そういうわけで、今年私が読んだ作品の中からとくに探偵と助手の関係性が熱かった作品を紹介していこうと思う次第。
おことわり
あくまでも本企画はコンビの関係性が熱いことを主眼に置いて作品紹介をしているだけであって、ミステリに対しての読み方をコンビものとして読むよう強制するだとか、コンビを超えて任意の関係性を想像することを求めるものであるとかの意図は一切ありません。
本稿は作品を読んで私が感じた探偵と助手のドラマの魅力の一部をお伝えし、そこから作品に興味を持っていただきたいという意図で書かれておりますことを、十分にご留意ください。
この探偵と助手のコンビが熱い!2024 10選
並びは順位ではなく、発売日順です。
あなたが一番気になるコンビはどれかな?
案山子の村の殺人
合作作家の男子大学生のコンビが寒村で起きた「足跡のない殺人事件」に挑む、クラシックな犯人当て本格ミステリ。
文学部2年生の宇月理久と同じ大学の法学部2年生の篠倉真舟は従兄弟同士。
伝説的ミステリ作家の一人、エラリイ・クイーンよろしく協力してミステリ小説を書く合作作家。
次の作品の取材を兼ねて友人の実家である寒村の旅館に泊まり取材旅行を満喫するはずだったが、そこで不穏な毒矢の打ち込み事案、ついには雪に足跡が残っていないシチュエーションという不可能殺人に遭遇。
二人は協力して殺人事件の真相を追う。
現実的な思考をしがちで引っ込み思案な執筆担当兼語り部の理久と、ルックスとコミュ力を持ち多彩な才能を持つプロット担当の真舟。
宿の温泉が楽しみでいろんな人に話しかけがちな真舟と、そんなに楽しみなら宿に温泉が2つあるのも知ってそうだな、と思ってとくに真舟には話さないままの理久。
このように従兄弟同士なのに正反対な彼らのやり取りは軽快で、実際の事件が起きて心を痛めても、二人の雑談では大好きなミステリ談義も尽きないくらい。
ついに真相に推理で辿り着いた真舟は「そうであってほしくない」と願いながら理久に推理の穴がないかを確認するが、そこには自分の推理が間違っていてほしいという優しさを垣間見る理久。
物語の随所から登場人物の個性と感情がよく出ており、推理に重きを置いた作品ながらも登場人物の気持ちを追いかけて読むことがとにかく楽しい。
何よりも興味深いのは、出版社の公式Twitterであらすじコミックが発表されていること。
小説媒体では珍しく、動きのあるキャラクタービジュアルがすでにあることがなんとも喜ばしい。
ふだん小説を読まない人にも売りに来ていることが分かる。
正反対な性格の理久と真舟が丁寧に真相へのロジックを理詰めしてくれて、読者への挑戦もあって端正でクラシカルな本格ミステリ。
平成生まれ作家(若いな!)の作でこんなに伝統的な雰囲気のミステリが読めるのは本当に貴重だと思うので、ミステリを読んだことがない人もぜひ読んでみてほしい。
黄土館の殺人
名探偵の葛城輝義と助手の田所信哉が殺人事件と迫りくる災害に立ち向かう「館四重奏」シリーズ、第三作目。
今回は荒土館という館と近辺の町が地震により道が分断されたため、交換殺人が起こってしまう。
人の嘘を本能的に嗅ぎ取る名探偵葛城と、自身を名探偵の助手と弁えて名探偵を信じる田所のコンビだが、二人は地震による土砂崩れで分断されてしまう。
分断されながらも互いに目の前の事件と災害に立ち向かう、本格ミステリ。
山火事と館ミステリを扱った「紅蓮館の殺人」、洪水と館ミステリを扱った「蒼海館の殺人」に続き、地震と館ミステリを組み合わせた本格ミステリ。
「紅蓮館」では探偵の葛城が挫折を味わい、「蒼海館」では葛城の復活が描かれ、本作「黄土館」では前作から三年の時を経て高校生から大学生に成長を遂げている。
車を運転するし大学生活を送るし、田所にいたっては小説の新人賞を獲得しているというのだから、シリーズを読んできた人にとっては二人の成長が喜ばしいところ。
館に向かうときのドライブでは、男子大学生同士の軽口を交えながらのやり取り。
これからの事件を予感していながらも、葛城と高校からの二人の共通の友人の三谷は、運転を代わることができない田所を冷やかしながら愉快に進んでゆくのがほほえましい。
葛城と田所は、「紅蓮館」で登場した元・名探偵、飛鳥井光流が結婚するという報せを受ける(なぜ飛鳥井が元・名探偵なのかとか、彼女と葛城たちにはどういう確執があるのかは、ぜひ「紅蓮館の殺人」を読んでほしい)。
その手紙によると「美術館の館長を務める土塔黄来という人と結婚するが、彼の一族の館で、彼の身に何か恐ろしいことが起こる予感がする」という。
あの飛鳥井らしからぬ手紙から相当追い詰められているに違いないと見た二人は、芸術家一族の土塔家の屋敷……荒土館に向かうことになる。
第一章では町にいる葛城だけのパート。
早速コンビものではないじゃないか、と思うかもしれないが、犯人視点からの物語、いわゆる倒叙ものが楽しめる。
交換殺人を請け負って女将さんを殺害しようとする会社員の小笠原だが、ことあるごとに葛城に邪魔されてしまう。
名探偵の葛城が、運よく妨害してるわけもない。
名探偵の冴えと、運のない殺人者の心理を楽しみたい。
第二章では荒土館での連続殺人がメイン。
名探偵の葛城がいない中、次々と館の中の人物が殺される。
元・名探偵の飛鳥井は頼れない中、観察者として、助手として、名探偵の葛城を信じて起こったこと、見たことを田所は仔細に記録していくのだ。
徹頭徹尾、田所も三谷も葛城を信じぬくところにただならぬ友情を感じざるを得ない。
「紅蓮館」「蒼海館」の事件とその解決を通じて育んだ、葛城への「あいつなら真実を指摘できる」という信頼が、彼らを恐るべき連続殺人劇に抵抗させているわけだ。
そこから葛城たちがどうなるかは、ぜひ読んで確かめてもらいたい。
可能であれば「紅蓮館」「蒼海館」を読んでから「黄土館」に臨んでみていただきたいシリーズ。
本格ミステリとして重厚長大、特濃の作品たちであることは保証する。
永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした
ブラッドベリ家の長男ヒースクリフは母の危篤を知り、実家の永劫館に戻ってきた。
戻ったころには母は他界しており、ヒースクリフは一家を切り盛りせざるを得なくなる。
そんな彼を待ち受けていたのは全盲で車椅子の妹、コーデリアの死だった。
しかし母の知人であるという謎の少女リリィの能力により、時は巻き戻った。
リリィの能力で、繰り返される妹殺しとリリィ殺しの真相に迫る、特殊設定ミステリ。
表紙の緑の目の少女が印象的なミステリ。
ミステリで清原紘表紙は当たりというジンクス(個人調べ)があるが、本作もそれに漏れず特盛にして素晴らしい仕事。
この緑の目の少女こそがキーパーソンの道連れの魔女リリィであり、彼女は永劫館でどう過ごしても必ず殺されてしまう運命にあるという。
死んでも死に戻れるからそれはそれでいい(いいのか?)が、犯人が特定できない限りは殺され損というもの。
彼女にとっては誰か信頼のおける味方を付けたいところ。
そこで白羽の矢が立ったのがヒースクリフ。
ヒースクリフにとても最愛の妹が惨殺されるという最悪の事態を避けるには、リリィのタイムリープの能力を使うしかないので、利害は一致。
彼女の能力はいわゆる死に戻りだが、それに加えて道連れという作用もある。
それは死にゆくリリィの両の目を見ていた者一人もリリィのタイムリープに巻き込めるというもの。
ヒースクリフは事件の真相を知るため、リリィと離れることなく過ごすことを余儀なくされる。
見ようによっては美少女とともにずっと過ごせるのだが、やり直すにはリリィの死から目をそらしてはならないというかなり厳しい条件が課されている。
というのもリリィが自分から離れているときにリリィが殺されてしまえば彼女の両目を見ることができないため、記憶の引継ぎ(タイムリープ)に失敗するわけだし、彼女の死の瞬間を見てしまう恐怖から顔を背けた瞬間に妹は救えなくなるということになってしまう。
このように、ヒースクリフは心を極限まですり減らしながらリリィの両の目を見つめ、どんなことをしてでも妹コーデリアの死の回避とリリィの生存を目指す。
死の苦痛を何度も何度も味わいながら、それでも決して目を閉じないでヒースクリフの目を見つめるリリィ。
最愛の妹の死を何度見せつけられても諦めず真相解明に立ち向かい、リリィの死からも目をそらさないでそばにいるヒースクリフ。
二人の凄絶な苦労がどんな実を結ぶのか、読んで確かめてほしい。
ミステリとしても面白いがSF作品として読んでも満足いく本作。
とくに最終盤の展開には息をするのも忘れてしまうほど残酷で美しく、愛を感じ、ただただ嘆息するしかなかった。
著者初の本格ミステリでありながらこの完成度に、あなたも両の目を瞠ろう。
イデアの再臨
電子書籍化・映像化は不可能な作品。
正体不明の犯人はなんと世界から様々な「 」を消す。
学園ミステリにメタフィクションを取り込み、特異な読みごたえを実現させたある種の奇書。
誰も世界の異変に気付かない中、同級生の金髪の男は異変を認知しているうえ、こう話してくる。
「ここは小説の世界で、俺たちは登場人物だ。」
学園メタミステリという奇妙奇天烈なジャンルを引っ提げて書店に登場した「イデアの再臨」。
そもそも「メタ」とは「高次元の」「超越した」を意味する言葉で、メタフィクションは一般的にフィクションであることをあえて明言して展開するフィクションのジャンル。
平たく言えば「メタい」小説。
さて、小説世界の主人公「僕」はある日の朝目が覚めると壁に四角い穴が開いていることに気が付いた。
しかし家族はこの異様な事態を気にも留めない。
不思議に思って読み進めていると、どんどん世界がおかしくなっていく。
途中までは読者までも変な気持ちで読み進めること必至で、事態を理解するには金髪の同級生、安藤竜の登場を待つしかなかった人も多かったことと思う。
安藤は自分自身が小説の登場人物であることを認識している、メタ視点能力の持ち主。
メタ的な視点を持っているので、世界から消えているものがあることが分かっているという。
彼と出会ってからというもの、とにかく「メタい」ことを活用した描写が多くてとにかくほかにない読みごたえがある。
さらには紙の本であることを生かしたメタ展開には、もう好きにしてくれという気持ちにさせられてしまう(いい意味で)。
いったい著者は何に挑戦しているのか。
メタ認知能力を持つ僕と安藤が組んで犯人を捜すことは必然で、セカイ系的な展開不可避。
メタ認知でつながる不思議な友情とメタだけど手堅い探索が本作特有の面白さ。
真相やその先に待ち受けるものはやはり「イデアの再臨」だからこその展開であり、ミステリであり、学園物語である。
食品で例えるなら納豆やくさやの干物のような奇妙な小説であることは否めないが、ハマったら最後。
本作こそが今年最高のミステリだ! としか言わない人が出てきてもおかしくない。
読書体験という点でいえば間違いなく最強の本。
蠟燭は燃えているか
宇宙での連続殺人事件から生還した女子高生、真田周を待ち受けていたのは心無い炎上事件だった。
炎上する自分のYoutubeチャンネルのコメント欄には京都の文化財への放火予告。
本当に焼け落ちる文化財。そこには親友、瞳子の姿が。
事件を追う中で知り合った年下の少女、芽衣とともに事件の真相を追う。
社会派ハードボイルドものとして受け止めた作品。
舞台は京都、主人公は京言葉を巧みに操る女子高生、真田周(あまね)。
周は前作「星くずの殺人」にて宇宙空間での殺人事件に遭遇し、脱出ポッドで離脱中に生演奏ライブを配信したが、それが不謹慎であるとして炎上してしまう。
周は親友に向けたメッセージとして宇宙からの生演奏ライブをしたのだが、それを不謹慎と取られるとは思わなかった。
さらには自身のチャンネルの炎上のみならず、通っている学校に突撃してくる迷惑系YouTuberが出現。
学校は最初こそNPO法人「ひまわりの会」とともに周の登校に助力してくれたが、周が居合わせた文化財炎上を経て、事なかれ主義でリモート授業するよう半ば強制されてしまう。
周は親友瞳子のことを案じながらも、自分は炎上事件の被害者なのにあたかも周囲からは加害者のように扱われてしまう中で、被害者と加害者が紙一重の関係であると痛感しながら憔悴していく。
このように、本作は炎上事件、迷惑系Youtuber問題、さらにはマイノリティ、オーバーツーリズム、国籍、加害者家族の人権、カルト宗教など、様々な社会問題の要素を含ませながら物語は進行する。
加害者家族でありマイノリティの少女、胡 芽衣と出会い、周はともに瞳子を追う。
芽衣もまた、瞳子、ひいては彼女と行動を共にしているであろう芽衣の友達菜夏を探しているという。
周はときに京言葉でしたたかに語り、ときに等身大の女子高生さながらに傷つき嘆く。
周にはNPO法人の人々が寄り添い、途中からは友達になった芽衣が手を取って隣にいてくれる。
強さと弱さがともにある、人間的な周の描かれ方が読者の心を打ち、彼女と行動を共にする芽衣は、加害者家族でありマイノリティとして痛みを知るからこそ周と友として過ごせる。
テーマは社会派で重くても、同じ痛みを知って、共通の目的がある友達だからこそ、二人の軽快なやり取りで物語が進んでいく。
だから読者はつい二人を応援したくなるし、どんどん読み進められる。
著者のデビュー作「老虎残夢」は百合ミステリであった。
デビュー前の著者はゲーム脚本のライターであったという。
本作はその系譜を継ぎながらも、同じ痛みを知る少女同士の友情を描きながら真相に迫る過程を社会派ミステリのごとく、しかしハードボイルド小説のように情緒的な流れで描き出している。
最後に周と芽衣がどのような結末を迎えるのかはぜひ見届けてほしい。
ちなみに前作があるとかしれっと書いていますが、読んでいなくても単体でも大丈夫。
前作「星くずの殺人」を読んでいると美味しい展開はもちろんありますよ!
復讐は芸術的に
合法的に復讐を代行する「合法復讐業」を営む美貌の持ち主エリス。
嫌がらせをしてくるYoutuber、死亡事件を起こしたブラック企業、動物虐待事件と多種多様な問題に「復讐」をするが、ついには依頼人が殺人容疑で逮捕されてしまう。
実働のエリスと、それを支える女子小学生のメープルのコンビから目が離せない、合法復讐業の短編集シリーズ第二弾。
世の中法の裁きには限界がある、そう感じる人は少なからずいると思う。
証拠がなければまともに取り合ってくれない警察、声を上げたくても泣き寝入りするしかない様々な問題……。
仕返しがしたくても、この国では私刑を許していないし、第一そんなことで人生を棒に振りたくない。
そんなとき、グレーな部分を突きながら「合法的」に報復を実行してくれる業者があったとしたら。
本作でギリギリ合法を攻めて効果的な復讐を実行するのは、美貌の所長エリスとその助手の女子小学生メープルの二人のコンビだ。
ギリシャ神話の女神のように美しいエリスは、白い肌にストレートなロングヘアで知性的。
普段は元弁護士の小さな調査会社の社長だと言っているが、その調査会社には裏メニュー、Legit Revenge……すなわち合法的な復讐を請け負う、天使であり悪魔のような存在なのだ。
実務のほぼすべてを担当し、恐るべきバイタリティで地道な調査を重ね、苦難の果てに依頼を完遂するさまは本当に爽快の一言。
読むにつれて印象が変化していって、見た目の知性的な印象とは違い、被害者であるところの依頼人に対して肩入れして復讐をやり遂げる、熱意のある人物として受け取り方が変わってくるのが面白いところ。
助手を務めるメープルはというと、なんと小学四年生の女の子。
小さな顔に大きな丸眼鏡で紺色のブレザーの制服でこれまた理性的で無害そうな印象を与える。
調査会社が女子小学生を雇うなんて、合法なの? と思うかもしれない。
しかしそこはエリスらしい「抜け穴」を用意している。
なんと労働基準法にのっとって子役として雇っており、事務所にはちゃんと撮影のセットが置いてあるから問題はない、メープルという名前だって役名だし、軽易な労働しかさせていない、などとして煙に巻くのだ。
復讐依頼の相談だって、これは映画の台本の作成であって犯罪指南でも共謀罪に当たるようなものでもない、などと言い切って合法化するなど、読者も依頼人も、エリスのやり口にのっけから呆れるほかないに違いない。
メープルはといえば裏方の仕事をほぼすべて引き受けるスーパー女子小学生。
備品の発信機を見切り発車で仕掛けるなど雑に扱うエリスを叱ったり、ITを生かした大胆な手口でエリスをサポートしたり、地味で苦労の多い裏方仕事に従事したりとしっかり者。
エリスにも負けず劣らず陰に日向に大活躍するところがかっこいい。
とはいってもさすがに完璧超人ではないようで、3作目では彼女の同級生が登場してより深掘りしてくれるのが嬉しく、つい親のような気持ちになってしまう。
この二人が今回はYoutuberによる悪質な嫌がらせ事件、ブラック企業による過労自殺事件、愛犬に起きた虐待事件、さらには復讐依頼をしてきた人物が殺人事件の容疑者になってしまう話など、バラエティに富んだ4作が収録されている。
これだけ多くの話を載せながら、どの話も同じ系統とはいかないので、どのように復讐を成立させていくのかが楽しいところ。
実は本作には第一作目「復讐は合法的に」があるのだが、第一作を読んでいなくても全く問題はない。
しかも著者は数年前に作家デビューしたばかりでありながら、デビュー作「復讐は合法的に」のコミカライズが進行しているくらいにはキャラクター性と爽快感が抜群で、どんどん愛着がわいてくるのだ。
爽快でいて短編だから手ごろに読める、そんな読書初心者にも安心なリーガルミステリ。
明智恭介の奔走
「屍人荘の殺人」以前の物語。神紅大学ミステリ愛好会会長・明智恭介はミステリの探偵に憧れ、学内外の些細な事件に首をやたらと突っ込んでいく。
それに付き合わされる苦労人気質の愛好会会員、葉村譲。
大学サークル棟の盗難事件、商店街の日常の謎、試験問題漏洩事件など、全5編が収録された短編集。
関西で名の知れた私立大学である神紅大学に入学した葉村譲は、ミステリ研究会という公認サークルを見学したものの、葉村が期待していたようなものではなく失望していた。
そこに声をかけてきたのが、ミステリ愛好会の会長であり唯一の構成員、明智恭介だった。
彼が言うには、真のミステリマニアの居場所はミステリ愛好会なのだとか。
しかしその活動内容はといえば、明智さんの憧れる名探偵を目指すべく推理力を鍛えようとして、他の学生が学食で何を注文するか推理するなどという生産性のない活動に従事するという、わけのわからない先輩に振り回される羽目になってしまう。
そんな明智さんに振り回されながら、学内外の様々な日常の謎に挑んでゆく短編集。
リムレス眼鏡が特徴的で、黙っていればイケメンなのに行動は残念。
後輩の葉村は不遜な態度の明智さんをたしなめたり、聞き込みが強引な明智さんを抑えたり。
「名探偵とはこういうものだろう!」とばかりの明智さんに、そこかしこで振り回される葉村を応援したくなる。
ミステリの王道をよく知っている二人だからこその真相へのアプローチが面白い。
例えば一作目「最初でも最後でもない事件」にて。
ミステリの探偵が警察を凌駕出来るのはなぜか。
そう明智さんに問われた葉村はためらいながら「作者がそうさせているから」と答えると、「流石だ!」と明智さんに褒められる。
明智さんに言わせると、ミステリを読み込んだミステリ愛好会のメンバーだからこそ描ける真相とそこへのアプローチがあるのだとか。
そのアプローチの結果どうなるのかは、読んでみてのお楽しみだ。
本作は5作の短編と中編が収録されており、中には古典的名作へのオマージュ的な趣向があるのだとか(私は現代国内ミステリばかり読むのでよく分からない)。
とくに商店街の謎を取り扱ったノスタルジーな風合いがたまらない作品「とある日常の謎について」は真相が本当に巧みで、思わずうなってしまう出来栄え。
古典的名作のへ敬愛に溢れた作品ばかりなのかと思いきや、泥酔肌着引き裂き事件なるバカっぽい作品も紛れているから油断できない。
なんと酔っぱらって朝起きてみたら、明智さんのパンツが引き裂かれているという意味不明な事件なのだ。
酔っていたから何も覚えていないという明智さんは真剣に推理するのだが……しっかり論理的に着地して、それでいて巻き込まれた葉村も呆れながら先輩の推理に付き合うのだから、面白さは格別。
ぜひ明智さんの名(迷)探偵ぶり、そして葉村の苦労人ぶりを味わい尽くしてほしい。
可能なら、シリーズ一作目「屍人荘の殺人」をまずは読んでみていただきたい。
「屍人荘の殺人」は2017年にデビュー作でありながらミステリの賞という賞を総なめにした作品なので、読んで損することはないと声を大にして言いたい。
伯爵と三つの棺
フランス革命が勃発し封建制度崩壊がヨーロッパに波及するころ、ヨーロッパ小国で吟遊詩人が射殺される。
衆人環視での殺人だったにも関わらず、犯人は特定できない。
なぜなら容疑者は三つ子なのだから。
DNA鑑定が存在しない時代の純粋な論理での犯人特定に、語り手の「書記君」ことクロと探偵役の伯爵が挑む、クラシックな本格ミステリ。
伯爵から「書記君」と呼ばれる政務書記の私ことクロが綴る物語の体裁を採る本作。
どこか童話めいた文体で昔を懐かしみながら書かれる本作は、クロが仕えた伯爵の冒険譚のようでありながら、伯爵とクロの友情の物語でもあるように見える。
クロは中流貴族の家の次男坊として生まれ、将来は長男の家来のような存在として領地にとどまるか、はたまた家を離れてほかの方法で財を成すかを突き付けられ、鬱憤が溜まる幼少期だったと語られる。
その中で知り合ったのがナガテという同年代の少年。
のちに実は彼らは三つ子で、しかも貴族の箱入り令嬢が流れ者の吟遊詩人に弄ばれた結果生まれた、私生児であることが知らされる。
そんな三つ子の野望は城を持つこと。
三兄弟で武力、政治、建築の実力を蓄え、中流貴族の私生児から成りあがってみせると意気込む。
これにはクロもいたく感服し、その夢が叶うよう願う。
幼いころから三兄弟とのたしかな友情があることが綴られるのがとてもいい。
さて、時は経過しフランス革命後。
大貴族であっても富も命も何もかもが危うい時代が訪れる。
三兄弟は地道に実力をつけ始め、クロは伯爵の行動を記録する「書記係」として伯爵に仕え始める。
伯爵はクロによると同年代で両目が鋭く高身長で、優しさと茶目っ気を併せ持った、まさに貴族的で伯爵に相応しい人物であるとか。
夕食のマリネをつまみ食いするような無作法なお茶目をしながらも、その手つきは貴族らしい品格を持っていて美しいという。
クロにとって伯爵は親しみある同年代でありながらも、尊敬する対象ということが述べられる。
ここでついに三兄弟のことを伯爵に進言したクロ。
伯爵といえど、いつ革命の波が自分の領地に押し寄せるとも限らないため、防衛の拠点としての城は持っておきたい。
伯爵は所有する古城の修理と運営を三兄弟に任せることにし、ついに三兄弟の夢が大きく躍進する。
この改装された古城の中庭こそが事件の現場となってしまうわけだが、伯爵は自分の領地内、それも自分の目の前で起きた事件に心を痛め自ら事件を解決すると探偵役を買って出る。
領地内の警察的存在の公偵と呼ばれる人々が真面目でちょっぴり抜けてる伯爵を支えながら、大小さまざまな謎に挑む過程もとても面白い。
本作は人物関係が豊かで、それでいて登場人物が多すぎるということはない。
覚える人名は三兄弟の名前くらいで、あとは私(書記君)、伯爵といった具合でほぼ役職で呼ばれるので、外国を舞台にしていながらとにかく読みやすくすることに意識が向けられている。
また、なじみのない時代設定ではあるものの、本作は老境のクロの手記の体裁を採っており、「若い時分はこうこうこういう時代でありました」と逐一解説が入るため、分かりにくいということはないのが嬉しい。
本作の真の魅力は純粋なロジックのみで犯人を特定する流れ。
なによりその先に待ち受ける意外な展開。
しびれるほどに驚き、この精緻な物語を織り上げた著者の手腕に嘆息するしかなかった。
カーの名作「三つの棺」の名を冠するに恥じない作りで、著者の新たな代表作となることは間違いない出来。
クロと伯爵の冒険譚を読みながら、著者が仕掛けたクラシカルでモダンな本格ミステリを堪能してほしい。
バーニング・ダンサー
ある日突然、全世界のうちの100人が能力者――コトダマ遣いとなった。
コトダマ遣いの中には能力を犯罪に利用する者がおり、それを捜査するための専門組織「コトダマ犯罪捜査課」、通称「SWORD」が発足。
SWORDのメンバーは全員がコトダマ遣い。
メンバーをまとめるようカリスマと美貌の課長、三笠葵に指示された元捜査一課の長嶺スバルだったが、なんとメンバーはコトダマ遣いといえども捜査経験のない者ばかり。
バディを組むことになった武闘派のヤンキー崩れの男、桐山アキラときたら何かと長嶺に突っかかってくる。
各々の能力を生かし一丸となって、全身の血液が沸騰した死体と全身が炭化した死体の事件を追う。
警察小説と特殊設定ミステリが融合した傑作。
能力者バトルと警察ミステリを融合させた、ほかにないミステリ。
バトルの主役となるのは元捜査一課の長嶺スバルと、ヤンキーまがいの言動の桐山アキラ。
追うべき謎は全身の血液が沸騰した死体と全身が炭化した死体が見つかった事件。
この事件は明らかに能力者「コトダマ遣い」による事件であると断定し、それを追うために発足した専門組織「コトダマ犯罪捜査課」、通称「SWORD」の面々が凶悪犯罪に挑む。
長嶺は犯人を挙げるためならば違法捜査も辞さないほどの狂犬ぶり。
過去の事件でコトダマ遣いの犯人を追い詰める際、自身のコトダマ能力「入れ替える」を使って相棒の田渕をサポートしていた。
しかし肝心な時に能力を使い損ねたせいで、田渕が殉職してしまい、心理的ダメージを負って職場に行けなくなってしまうのだ。
どんな手でも使う人物が何も手が打てなくなるほどの心理的傷害を受けた描写ときたら、想像を絶するショックだったことが伺える。
本当に胸が痛くなるもので、読者ももれなく長嶺の味わった挫折を追体験することになる。
そんな彼を迎え入れたのは三笠葵という警察組織内の出世頭。
女性でありながら男社会の警察で頭角を現した彼女は自分のコトダマ能力、そして長嶺の捜査一課での経験とコトダマ能力を生かして日本で発生したコトダマ事件を一手に担う組織を発足すると意気込む。
課長である三笠を含めメンバーみなコトダマ遣いだといい、それをまとめる役割を担ってほしいと頼まれ、再び闘志を燃やす長嶺。
しかしふたを開けてみれば、交通課から来た捜査経験なしの双子の女性、気が弱い一般人女性とチンピラみたいな風体の男。
一応人のよさそうな駐在さんは捜査経験があるというものの、こんな人員で本当に捜査が出来るのか!? と失望を隠せない長嶺には少し同情出来てしまう。
復職したらいきなり部署異動で周りは素人まみれでそのお守りを任される、と思うと、自分だったら即日休職願を再提出してもおかしくない。
そのうえ三笠はチンピラまがいの登場をしてきた男、桐山アキラとコンビを組むよう指示してきたのだから先が思いやられる。
この桐山という男、小柄で長い髪を金髪に染めていて、思い込みで一般人を誤認逮捕して顔合わせに登場するという、誰がどう見ても絶対ヤバいやつなのだ。
しかし長嶺は桐山から過去の相棒、田渕と近しい雰囲気を感じる。
どう接していいかわからない感情を抱えるが、それは桐山も同じのよう。
コンビを組むよう三笠に言われてさっそく互いに互いのことを嫌いになる。
それなのに、捜査では妙に息が合う。
かと思えば衝突する。
それでいてコトダマ遣い同士のバトルでは二人は連携する。
そりが合わないのに同じ目的のために戦える、そんなコンビなのだ。
このコンビが追う事件そのものも、当然ながら本格ミステリの喜びに満ちている。
バトルの描写の熱さ、長嶺と桐山の小競り合いが楽しいのはもちろんのことだが、事件そのものの謎の解明、そして終盤には次々と躍り出てくるどんでん返しに度肝を抜かれる。
どうにかしてコミカライズしてほしいくらいに熱量が高く、それでいて本格ミステリとしても最高級の出来栄えである本作。
書店で見かけたら有無を言わさず買って読んでほしい、熱い一冊。
少女には向かない完全犯罪
完全犯罪請負人の黒羽烏由宇は何者かに突き落とされ、誰にも視認されることも、何にも触れることのできない幽体になってしまう。
あてもなく自分が最後に請け負った仕事の待ち合わせ場所に向かうと、目印だった花を持った少女の姿が。
その少女、音葉こそ依頼人の娘であり、少女の両親は何者かに殺されたのだという。
この事件は繋がっていると確信した二人は、協力して犯人を特定し、復讐することを誓う。
慎重で確実な計画のみを実行することをモットーとする幽霊の黒羽と、少女特有の自由さと人のペースを自分のペースに持ち込む素養を持つ小学生の音葉。
単独では何も為すことができない二人は、復讐を完遂できるのか。
両親を殺され叔母と暮らすことになった小学六年生の少女、三井音葉。
完全犯罪請負人としての稼業で敵を作り死の淵を彷徨う幽霊の男、黒羽烏由宇。
二人は共通の敵に復讐するために手を組んだ。
幽霊が消滅するまでの七日間に、彼らは復讐を達成できるのか。
これまで紹介したほかの作品とは異なり、なんと少女と幽霊という一番無力そうで特殊さの際立つコンビ。
しかしこのコンビは最弱にして最強。
というのも小学生の女の子は力もなく短絡な行動をするイメージがあるので、大人はなめてかかって大して警戒なんてしない。
幽霊は誰にも干渉はできないけど、裏を返せば姿は見えないし壁を通り抜けたり空を飛んだりできてしまう。
一見すると短所ばかりが目立つ二人は、お互いの短所をカバーするように立ち回ることで、たちまち最強のコンビへと変貌する。
黒羽の表の顔の喫茶店や裏の顔の完全犯罪請負業のアジトに忍び込む音葉と、その手引きをする黒羽。
どれだけ幽霊が壁を通過できるとしても、喫茶店に隠したアジトの鍵は取り出せないし、仕事道具だって触れることさえできない。
音葉には復讐のための情報収集をする道具も知恵も技術もないが、黒羽がなんだかんだで世話を焼きながら推理の道筋を教えてくれたり、アジトに隠した改造スタンガンや現金三百万円を惜しげもなく提供してくれたりする。
二人の短所の補い合いはさながらゲームのキャラクターの能力を使ってキャラチェンジしながら進んでいくときのようで、どちらかが欠けていても先に進めないことがありありと伝わってくる。
先に進めたと思ったら新しい謎や次なる困難が続々と現れるので、物語は決して失速することはない。
黒羽にとっては非常に困ったことに、音葉はすぐに目の前の情報から連想的に真相を見出してしまう。
コナンで例えるなら、小五郎のおっちゃんさながらの推理に走りがちなのだ。
それを噛んで含めるように、丁寧に諭して導いていくのだが、完全犯罪請負人といううさんくさい職業の人間が丁寧にノウハウを伝授していくものだから不思議な光景。
読みながら音葉とともに真相を推理するためのコーチングを受けているかのような気持ちになれる。
このように、二人が力を合わせて少しずつ情報を得ていく過程は見ていて本当に楽しいもので、復讐という恐ろしい行いのために邁進していることを除けばファンタジー作品のような手触りがする。
音葉はどんどん成長していくのに対比して、もう戻れない滅びゆく定めの幽霊の黒羽という関係性が絶妙で、黒羽が親心?を見せるようになるのがなんとも微笑ましい。
ミステリとしても骨太で大小さまざまな謎が次から次へと登場し、解明されては新たな展開が発生するのでいつ読むのをやめればいいか分からないほど面白くなり続ける。
黒羽と音葉の共通の敵の正体とは。
二人は無事に完全犯罪による復讐を成功させることは出来るのか。
8月発売したての最新鋭にして極上のエンターテインメントを味わってほしい。
終わりに
いかがだっただろうか。
「この探偵と助手のコンビが熱い!」2024という企画を勝手に考えて勝手にやってみた。
紹介する中で、意図的にミステリとしてどこがどう面白いという話は最小限にし、探偵役と助手役のキャラクターに焦点を当て、彼らがどういう人物で、どういうことを為そうとしているのか、どこに魅力があるのかについて語ることにした。阿津川作品が二つあるのは私の趣味です
その結果、10冊分の再読(少女には向かない完全犯罪については読みながらメモを取っていたが……)をしたのでかなり疲れた……
いくらよかった作品たちとはいっても、詳細な部分は忘れてしまっているので、読み返して咀嚼して、さらにコンビの魅力を抽出して言語化するのにひたすら苦労した。
とくに「案山子の村の殺人」は年初に読んでいるのでだいぶ忘れていた。お恥ずかしい……
最後に単語でミステリとしてのセールスポイントをまとめて〆としたい。
ビビっと来た作品を読んでください。
◆「案山子の村の殺人」犯人当て、雪密室、村のクローズド
◆「黄土館の殺人」館、交換殺人、館四重奏シリーズ
◆「永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした」タイムループ、館、密室殺人
◆「イデアの再臨」学園ミステリ、メタミステリ、人を選ぶ
◆「蠟燭は燃えているか」等身大の少女コンビ、ハードボイルド、社会派
◆「復讐は芸術的に」復讐劇、短編、爽快
◆「明智恭介の奔走」日常の謎、短編集、屍人荘の殺人シリーズ
◆「伯爵と三つの棺」ロジック、クラシカル、犯人当て
◆「バーニング・ダンサー」能力者バトル、警察小説、どんでん返し
◆「少女には向かない完全犯罪」復讐劇、ロジック、タッグもの
あなたも楽しい読書ライフが送れますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。