ディケンジング・ロンドン|TOUR DAY 1|二都物語
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『二都物語』あらすじ
フランス貴族出身のチャールズ・ダーネイと、才能はあるが自堕落な生活を送る弁護士のシドニー・カートンの二人はよく似た外見をしており、ルーシー・マネットという同じ女性を愛する。同じ頃、パリでは革命の準備が進められ、その足音はロンドンにいる彼らの元まで迫っていた。
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ホルボーンのディケンズの書斎から、『二都物語』ゆかりの場所へ移動しましょう。ツアーDAY 1の本日、二番目に訪れるのはディケンズも通った歴史あるパブ「イ・オールド・チェシャー・チーズ」。
先の「ディケンズの書斎」では、インスピレーション煌めく「物語のはじまり」を体験しましたが、ここではディケンズ作品の有名な「小説のはじまり(書き出し)」をお届けします。
佐分利史子さまの美しいカリグラフィ作品によって新しい煌めきを宿した『二都物語』の世界へ、いざ!
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佐分利史子 | カリグラファ →HP
伝統的なカリグラフィ文字を基調とした作品を制作している。文字そのものが持つ何らかの力を、題材(詩や文章)が持つ情景や感情に変えられればと考えています。
紙一枚の形で成立することを前提に、額装も作品の延長として自身で制作していますので、あわせてお楽しみいただけると嬉しいです。
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『二都物語』の有名な書き出し
小説には、よく知られた書き出しというものが存在する。それはたいてい口に出して読みたくなるようなリズムと忘れがたい印象を持っている。『二都物語』の冒頭は、ディケンズ作品の中でも有名であるだけでなく、英語圏の文学の中でも、もっともよく知られた書き出しのひとつである。現代作家がオマージュで自作に用いたり、新聞などのメディアが単語をもじって見出しに使ったりするなど、今でも目にする機会が多くある。『二都物語』はその名の通り二つの都市を、フランス革命期のロンドンとパリを舞台にした小説である。18世紀が舞台の歴史小説(出版当時も)だが、現代でも人気の高い作品で、たびたび映画化や舞台化がされており、日本ではミュージカル作品としての人気も高い。
シドニー・カートンという影
ディケンズの後期小説では、無感動で無気力な人物が、物語の中心的役割を果たすことが多いが、それは『二都物語』にもあてはまる。シドニー・カートンは、酒を飲み、怠惰な生活を送る弁護士である。人々から存在を軽視され、仕事をしない弁護士と思われているが、実は相棒のストライヴァーの仕事をすべて行っている有能な人物である。しかし、そのことは誰にも知られておらず、手柄はすべてストライヴァーに奪われている。カートン自身はその誤解を正そうともせず、人生を諦めた様子で、自分の評判を良くしようという気を見せない。自分を堕落した人間だと考えており、常にぞんざいな態度だが、一人になると後悔の涙を流すこともある。
そんな影のような存在であるカートンと対照的なのが、チャールズ・ダーネイである。フランス貴族でありながら、平民を搾取する貴族のやり方に嫌気がさし、母国を出てイギリスで暮らすダーネイは、スパイとしての容疑をかけられ裁判で死刑を宣告されそうになるが、カートンの機転によって命を救われる。それが二人の出会いであり、二人のその後の運命を変えた出会いでもあった。
ダーネイの命を救ったのは、カートンと容姿が酷似しているという事実であった。ダーネイを有罪に結びつける目撃者の証言の信頼性は、瓜二つの人物が同じ法廷にさえ存在しているという事実によって大きく揺らいだ。しかし、カートンが前に進み出るまで、裁判の間に、美貌の青年であるダーネイと天井ばかりを無心に見つめているカートンの容貌がそっくりであることに気がついた者は誰もいなかった。
同じ裁判の場にいながら、(被告としてではあるが)注目の的であるダーネイと、誰にも顧みられないカートンは光と影の関係であり、同じ女性ルーシーに思いを寄せるが、カートンは最初から彼女の愛を勝ち取ることを諦めている。裁判の後、カートンはぎりぎりのところで死刑を免れてまだ生きた心地のしないダーネイを食事に誘い、二人は腕を組んで歩きながら酒場に向かう。そこでカートンは、ようやくこの世の人間であるような気がしてきたというダーネイに、自分はむしろこの世の人間であることを忘れたいし、この世が自分にとっていいことがないだけでなく、この世のほうも自分に用はない、その点では自分たちは大して似ていないと思う、と言ってダーネイを驚かせる。続けて、自分はダーネイのことが何か特別に好きなんだろうかと聞き、さらに相手を混乱させる。ダーネイが帰った後、一人店に残ったカートンは、ろうそくを手に取り、壁にかかった鏡の前に行くと自分の姿をじっと眺める。
カートンはダーネイの中に、その自分とそっくりな容姿の中に、自分がかつてそうだった、そしてそうなったかもしれない、もう一人の自分の姿を見ていた。心惹かれるルーシーが心配そうにダーネイを見つめた時、自分がダーネイのような生き方をしていたら、同じように気にかけてくれただろうか、という思いが駆けめぐった。その思いはカートンの心を後悔で苦しめると同時に、自分の人生から失われた希望に目を向けさせることになった。ダーネイとカートン、光と影のような対照的な二人だが、物語はダーネイではなく、カートンの生き方により強い光をあてていく。二人の出会いは、裁判でダーネイの運命を変えただけでなく、その後の人生でも、互いの運命を大きく変えていくことになる。
熊谷めぐみ | 立教大学大学院博士後期課程在籍・ヴィクトリア朝文学 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』に夢中になり、その影響でシャーロック・ホームズ作品にたどり着く。そこからヴィクトリア朝に興味を持ち、大学の授業でディケンズの『互いの友』と運命的な出会い。会社員時代を経て、現在大学院でディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。
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作家名|佐分利史子
作品名|物語の始まり
作品の題材|『二都物語』
ガッシュ・アルシュ紙
作品サイズ|31cm×21.5cm
額込みサイズ|33.5cm×24cm×2.4cm
制作年|2020年(新作)
Text| KIRI to RIBBON
歴史あるパブ「イ・オールド・チェシャー・チーズ」で出会ったのは、ロンドンとパリ、二都の間に横たわるドーバー海峡から引き上げられた色と輝きが宿るカリグラフィ作品。時に凪ぎ、時に荒れる波の様子が文字になったかのよう。
文字のリズム、青の濃淡が魅せる「物語の始まり」——新しい風が波立たせた小説の冒頭が、時を刻んできたパブの中で輝いています。
伝統への誠実な眼差しがそのまま作品に写された端正な作風で知られるカリグラファ・佐分利史子さまによる一作。書かれた物語(文字)そのものを作品化するカリグラファは、文学を巡る本ツアーにはかかせない存在。文字の翻訳家と呼びたいカリグラファの手により、いっそう豊かな表情が『二都物語』から新たに引き出されました。
文体の威風はそのままに、作品から軽やかな風を感じるのは、清潔感のある余白と自ら手がける折り目美しい額装ゆえ。波立つ文字のリズムは段々になったマットへと自然に流れてゆき、文字の繊細な青のゆらぎを額の青が引き締めます。
文字が波ならば、額縁は船の窓でしょうか——パブの一角に座って、2020年の今はユーロスターで海底を抜けるドーバー海峡に想いを馳せました。夜の帳が降りてきました。
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★佐分利史子さまの他の作品★
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★作品販売★
通販期間が当初の告知より変更になりました
12月7日(月)23時〜販売スタート
★オンライン・ショップにて5%OFFクーポンが利用できます★
本展のオンライン開催方法と作品販売については
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