鳩山郁子オマージュ展 《羽ばたき Ein Märchen》 |嶋田青磁|ぼくらが羽ばたける場所はどこか?
Text|嶋田青磁
ぼくらが羽ばたける場所、そこは天使たちの棲まう場所。
生も死も、男も女も、なにもかもが曖昧に揺らめく菫色の領域——
このたび、鳩山郁子先生のコミック『羽ばたき Ein Märchen』に捧げるエッセイ・詩の小品集を制作させていただくという大変に光栄な機会をいただきました。鳩山郁子先生の作品、とりわけ『羽ばたき』には、《夢を見続けること》について読者に深く考えさせるようなきっかけが散りばめられています。
皆さんは、できることならずっと夢の世界に住みたい、と思ったことはありませんか。わたしも一夢想家として、どうしたらこの願いを叶えられるかと日々試行錯誤をしているのですが、『羽ばたき』を読んでから、少しだけその答えに近づけたような気がするのです。今回のオマージュ展に出品させていただく『翼の在りか』は、そんな思考の過程で生まれた断片を一冊の小さな本にまとめたものです。
まず、『翼の在りか』という題について。『羽ばたき』原作者の堀辰雄は、(小品集のエッセイでも引用しましたが)生と死のあいだには「天使たちの住まう領域」があると述べています。鳩山先生のコミックでも「天使」は重要なキー・ワードで、主人公のジジがローラースケート場で誰よりも巧く天使の真似をしてポージングをする場面は、その美しさから、記憶に鮮明に焼きついて離れません。わたしは、堀辰雄の言う「あちら側でもこちら側でもない」、このあいまいな領域こそ、わたしたちが自由に羽ばたける場所ではないかと考えました。
まさしく、翼の在るところです。
きっとあいまいさがなければ、人々が想像の翼を羽ばたかせる余地はないでしょう。(そしてなにか新しいものが生まれる余地も。)こういった事柄が、今回初出版となるZINEのタイトルの決め手となりました。
今回の小品集に収めているいくつかの詩のなかでも、《托卵》はお気に入りのものです。この詩は、晩夏にさしかかった静かな雨の日に書きました。
《托卵》はわたしにとって、ひとりの少年に捧ぐ詩です。生よりも「夢を見続ける」ことを選んだ彼の墓碑に、どうか純白の真珠でできた首飾りを手向けさせてほしい、というささやかな願い。『羽ばたき』が残酷なおとぎ話たる所以は、夢と死の切り離せない関係を描ききっていることにもあると思うのです。
先ほど、二つの物事のあいだにあるあいまいな領域には、わたしたちが自由に羽ばたける領域があると言いましたが、ここにはもう一つ、《大いなる命題》の鍵が隠されているとわたしは考えます。
それは、「愛」の問題です。
詳しくはZINEの中で考察しているので、ぜひお読みいただけましたら幸いです。ここで一文だけ、散文詩『翼なき夢』から引用したいと思います。
愛に色があるとしたら、きっと菫色だろうとぼくは思った。
(散文詩『翼なき夢』より)
大人になるということ、愛するということ、夢を見続けること、とは——
一度でも考えたことがある方に、ZINE『翼の在りか』が届きましたら、作者としてこれ以上うれしいことはありません。
このオマージュ展を機に、わたしと一緒に、詩とテクストの世界へ羽ばたいてみませんか。
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嶋田青磁|詩人・フランス文学修士課程在籍 →note
学部在学中にピエール・ルイス『ビリティスの歌』に出会い、詩の魅力に憑かれる。19世紀末の頽廃・優美さを求め、研究の傍ら詩作活動中。オンライン上のストリート「モーヴ街」では、図書館「モーヴ・アブサン・ブック・クラブ」にて司書をつとめている。
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著者名|嶋田青磁
書籍名|「羽ばたき Ein Märchen」オマージュ小品集『翼の在りか』
小冊子・18ページ・ブックマーク付き
作品サイズ|A6(105×148mm)
制作年|2021年(新作)
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