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高田怜央|菫色の呼び覚まし -Resurrection(s) in Violet-
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記念コフレ『菫色の小部屋〜終幕のネセセール』
(2023)収録
Parfait Amour [パルフェ・タムール]
Sugar, forgive me
given this situation
I ask for one thing
A scent of evanescent
that wraps my anaemic
reason, dead in the season
my petals fade and drop,
drip, drip, drip
But then
You pick those up
with a single call,
telling me, it’s sweet.
許してね、愛しい人
こんなことになると
願いはひとつ
わたしの貧血の知性
を つつむ つかの間の
香り、季節のうちに
死す 色あせて落ちる 花びら、
ぽた、ぽた、ぽた
それなのに
たった一度の呼びかけで
拾い上げるあなた、
そして告げる、かわいいね。
*
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記念コフレ『菫色の小部屋〜終幕のネセセール』
(2023)収録
魔女たちの香り
小さい頃、よく魔女に出会った。髪や衣から古く湿ったいい匂いがするからすぐにわかった。ときに街角の市場で、ときに博物館や図書館で、ときに遊びに行った誰かの家で、魔女たちはまちまちの格好をしながら、ゆったりと時間に溶け込んでいた。
スコットランドでは、どの街にも魔女がいる。北の険しい山間の方の小さな町や村では、箒に乗ってとんがり帽子をかぶった絵姿の看板を吊るしたお店をたまに見かけた。たいてい、薬草や香料の瓶が棚に並べられていて、虹の端から端までの色をそろえた鉱物があったり、奇妙な形の蝋燭があったり、どこか遠い国の織物があったりした。店主のなかには、旅芸人に学んだ占いを得意とする魔女もいて、カウンターに寄りかかって村の人たちがおしゃべりをしながら長居していた。私はたまに両親にせがんで、鉄橋を渡って荒地の先までドライブしてようやくたどり着く、こじんまりした漁村に店を開く魔女に会いに行くのが好きだった。
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《惑星の花びら》会場風景(2023.9)
ところで、魔女たちはほんとうにいたのでしょうか。やがて引っ越しをし、誰も魔女を知らない街で長く過ごして、いつの間にか大人になり、あの湿った植物や油や古びた書物の香りをすっかり忘れてしまった。ほんとうは、魔女なんていなかったのかもしれない。すべては子どもの夢みたまぼろしだった。それか、もう私には魔女を見つけ出すことはできなくなってしまったのかもしれない。大きくなったら、たとえ妖精の粉があっても空を飛べなくなるように。
そんなことをときおり思いながら、どこか諦められずに生きていたとき、私は昔なつかしい魔女の店を吉祥寺に見つけたのです。
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高田怜央 Leo Elizabeth Takada|詩人・翻訳者 →Linktree
1991年、横浜生まれ英国スコットランド育ち。上智大学文学部哲学科卒。英日詩に第一詩集『SAPERE ROMANTIKA』(paper company、2023年)、対話篇 『KYOTO REMAINS』(遠藤祐輔 共著、paper company、2023年)、「FUTURE AGENDA [未来の議題]」他 二篇(『ユリイカ 』2023年3月号、青土社)、「AFTER YOU [あなたの跡]」(読売新聞 11/24・夕刊 、2023年)など。主な翻訳に、映画『PERFECT DAYS』(制作・脚本・英語字幕、2023年)がある。
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