ミストレス・ノール|菫色の小部屋の最後のカーテンを閉めて
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2015年4月から2023年12月まで。吉祥寺の地にて扉をひらいた「菫色の小部屋」こと霧とリボン 直営SHOP&ギャラリー「Private Cabinet」は、本年12月をもって8年の歴史に幕を下ろしました。
最後の展覧会となった《最終幕〜菫色の小部屋》展では、総勢65組の多彩なアーティスト作品を展示。会期中は全国から45組以上のアーティストの皆様が駆けつけて下さり、共にお客様をお迎え致しました。
小部屋に溢れたはなむけのブーケや贈り物、お便りには、そこここに菫色やアブサン色の煌めきが。霧とリボンのアクセサリーやコラボドレスを纏ってご在廊、ご来場下さった方々も多く、皆様から頂いた粋で温かなお心遣いに胸がいっぱいになりました。
実店舗終幕後には、余韻に包まれながら、菫色の小部屋にゆかりの深い15名の執筆者の皆様によるエッセイを8日間に渡り配信。お心のこもった一篇一篇を、想い出をひとつひとつ辿るようにお届けしながら、実店舗がなくなってしまっても、こうして皆様のお心の内に菫色の小部屋が存在し続けて下さることを実感し、感無量でした。
実店舗、オンラインにて「菫色の小部屋」の終幕を見届けて下さった皆様、これまで様々な形でご支援下さいました皆様に、改めまして心より深く感謝申し上げます。
ハッシュタグ「#菫色の小部屋_終幕」へのご参加もありがとうございました。頂いたお心尽しのメッセージは改めて、ここMAUVE CABINETに掲載させて頂きます。
年明け2024年1月には、終幕の余韻をお届けする二つの展覧会の通販を行いますのでどうぞよろしくお願い申し上げます(詳細は後日、各SNSにて発表します)。
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8年間で企画した展覧会・イベントは実店舗開催が52回、モーヴ街イベント含むオンライン開催27回、合計79回、ご紹介した作家さまは延べ612組にのぼります。菫色連盟のサロンは14回開催致しました。
ひとりで運営するちいさなギャラリーへ、信頼を寄せて作品を届けて下さいました作家さま方へ、深い敬愛と感謝を捧げたいと存じます。文学・アート・モードを愛するお客様方へ、たくさんのご縁をお繋ぎできましたこと、望外の喜びでした。
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「菫色の小部屋」の最後のカーテンを閉めた時、薄明かりの中でふと思い出した出来事がありました。
ギャラリーをはじめる数年前のことです。あるギャラリーさんでのグループ展に参加した際、はじめてお会いするお客様と作品についてお喋りを楽しんでいました。
「実は私も、昔はこういう世界が大好きで、作品を作っていたんです。今はすっかり離れてしまいましたが・・・」というお話から、偶然にも同じ頃、同じ美術大学に通っていたことが判明。そして、遠い記憶の場所へと潜ってゆくようなとても印象的な面差しで、ゆっくり、噛み締めるようにこうおっしゃったのです。「よく今まで、好きでいることを止めないで生きてきましたね。とても素敵です。私はそれができませんでした。」と。
深い心の泉から湧き出るように、涙が溢れそうになりました。
あの時代のあの場所の空気、創作意欲に燃える学生たちで溢れかえる場所で切磋琢磨しながらも、時代の尖端に位置しない作品への容赦ない否定の嵐が、まざまざと蘇りました。若さゆえの未成熟、技術的な拙さや知識不足もあったでしょう。しかし、今になって冷静に思い返しても、尊厳を踏みにじるような否定が日常的に跋扈していました。
しなやかな精神が自身の内に育っていなかったため、今のように、誰に何を言われても「好き」を突き通すことは、当時の私にはできませんでした。同時に、幼い頃から「好き」への熱情が大きかったため、外からの影響で自分の「好き」を否定することはあっても、好きでいる気持ちを止めることはできませんでした。
人間関係も変えられない中、私は防御すること、美術大学に通いながら「好き」を表現しないことで自分の「好き」を守り続ける道を選びました。それしか、「好き」を生き延びさせる道はなかったのです。
「よく今まで、好きでいることを止めないで生きてきましたね。」——その時お客様が拙作品に注いだ、やさしく遠い眼差しを忘れることはできません。まるで私がお客様の身代わりとなって「好き」を守り続けてきたように感じ、不遜かもしれないけれど、そのこと自体がとても尊いことなのではないかと思えたのです。
鮮烈な転機となったのは、2011年にはじめて企画とキュレーションを手がけた美術展《菫色の文法vol.1〜ルネ・ヴィヴィアンの寢台》(ヴァニラ画廊)。震災直後の不安な状況にもかかわらず、多くの方々が何度も通って下さる大盛況の展覧会となりました。現在お付き合いしている作家さまや友人の多くはここで出会った方々です。
美術大学時代と比較したら多方面の経験を重ねてきたことは確かですが、「好き」や表現したいことの核は全く揺るがず変わっていません。しかし、完膚なきまでに否定されてきた世界をいま、こうして、やさしく、温かく、迎えて下さる方々がたくさんいたのです(本展はグループ展なので、完膚なきまでに否定されてきた世界=私にかかわる企画方針や私自身の作品、アートブックの企画・デザインに関してのお話になります)。
時代が変わった、私自身の経験値があがった、確かにそれはあるかもしれません。しかし、もっとも重要な点は、「好き」を分かち合うことのできる場所と人に出会えたことでした。
世界は広く、見渡せばいろいろな「好き」があり、表現方法も千差万別です。表現の指向も、時代の尖端を目指す人もいれば、そうでない人もいます。そして表現を目指すからには、感性や技術を磨くことや知識を得ることは必要不可欠で、愛のある冷静な批評(自分自身への、他者からの)も大切です。
しかし、絶対に欠けてはならないのは、自身の「好き」や感性に誠実でいることではないでしょうか。健やかに感性を育てなければ、他者や社会へ健やかに関わることもできません。そしてそのためには、自身の「好き」や感性を安心して保管し、育てられる場所をみつける必要があります。
それこそが「私ひとりの部屋」ではないでしょうか。それは、文字通りの自分の部屋のみならず、好きな喫茶店の席だったり、公園の一角だったり、散歩する小径だったり、書物の一頁だったり。
そして「私ひとりの部屋」は、しなやかに、軽やかに、変化し続ける場所です。時空を超えて、様々な場所につながる扉も持ち合わせています。
「菫色の小部屋」に限らず、場所というものは移ろってゆくものであり、人々が行き交う通過地点です。誰かにとっての「私ひとりの部屋」が、誰かにとってはそうでないこともあります。また、「私ひとりの部屋」だった場所がそうでなくなることもあり、そののち、再び出会い直すこともあります。
「菫色の小部屋」に立ち、扉をひらいてお客様を迎える度に、過去の私のように、見つけられずに彷徨っている誰かの「私ひとりの部屋」となることがひとときでもできますようにと、願い続けてきました。これまで、コラボレーションで箱入りコフレを多く発表してきましたが、コフレ制作の根底には、携帯用の「私ひとりの部屋」となることへの願いがあります。小箱の蓋をひらけば、どこにいても、安心できる場所への扉がひらくようにと。
「ここは違った」という感想もまた、「私ひとりの部屋」をみつける端緒になります。その端緒を担うことも、場所が持つ素敵な役割だと思うのです。
現実の「菫色の小部屋」はいったん扉を閉じますが、秘密の通路から続くオンライン上のストリート「モーヴ街」は、同じ気持ちで2020年のパンデミック禍より活動している場所です。
来年2024年以降、活動の中心となる「モーヴ街」が、10棟の多彩な建物から発信される文学・アート・モードが、皆様の「私ひとりの部屋」を育ててゆく端緒となりましたらと願います。
皆様、モーヴ街にてぜひまたお会いしましょう。
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8年を締めくくる最後に、個人的な御礼を申し上げて筆を置きたいと思います。
2008年に難病から奇跡的に救って下さり、第二の人生を与えてくれた命の恩人、昨年急逝した脳外科医のK先生へ。毎年クリスマスにお送りしていたお便りとプレゼントを本年はお空へと捧げました。先生がいなければ菫色の小部屋を誕生させることはできませんでした。深い感謝と共に、こうして無事元気に幕を閉じることができたことをご報告申し上げます。
そして、1997年に独立してから今日まで、221Bの華麗なる二人組を目指しながらも珍道中の日々を共にしてきたルカさんへ。これから続く菫色の小径も、助け合いながら、使徒活動も楽しみながら、一緒に歩いていければ嬉しいです。
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