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ガーリエンヌ|ペガサスのいる場所
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ミストレス・ノールさんと出会ったばかりの頃、文学フリマの出展ブースに来てくださったことがあります。混雑した空間に軽やかに現れ、素敵な言葉をくださり、そしてまた軽やかに去っていかれた――同席した友人が「ペガサスみたいな人だね」と言ったのが印象的でした。
ぺガサスとは霊感、不死の象徴。大げさな例えかもしれませんが、その通りだなと私も感じたことを憶えています。
イギリスの耽美なロックデュオ・Hurtsをきっかけに、ノールさんと「霧とリボン」に出会ったのが2013年のこと。以来10年にわたって交流を深めてきました。
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私が主宰する「花園magazine」誌面へのご登場だけでなく、企画展《Girl & Paper 女の子はお砂糖とスパイスと素敵な“紙モノ”でできてる!》を共同開催する栄誉にもあずかりました。
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霧とリボン掲載ページ
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《Girl & Paper
女の子はお砂糖とスパイスと素敵な“紙モノ”でできてる!》
展示風景(2016年)
最終日には店舗2階で、サロンイベント「《女子と紙と応接間文化》を語らう夕べ」も。“応接間文化”というキーワードについて、ノールさんがブログに当時このように綴っています。
サロンイベントのきっかけは、『花園magazine vol.5(2014年秋冬号)』に掲載されたばちこ様のコラム《夢見る応接間》。
「あの頃の『応接間』にあった『翻案される西洋のファンタジー』」
「野暮ったく泥臭い日常から少しだけ乖離したヨーロッパ——もちろん想像の産物としての『憧れの欧羅巴』の匂いがする場所としての応接間。」
「昭和期に“西洋の女の子に憧れる女の子”だった人たちにはあの場所で培われた『夢』の力は決して少なくはないのでは?」
長いあいだ記憶の奥底に眠り続けていた原風景としての「応接間」。同じように「大好きな少女小説や御伽噺のヒロインの気分に近づけるような気がした」応接間という場所。
応接間がいかに現在の自分の核を形作り、いま現在も応接間の気配を求めて生きているか。そして、今を支える「夢」はあの場所で培われたものだったと、《夢見る応接間》に出会った時、ずっと知りたかった確かさをようやく手にしたような、ずっと帰りたかった場所に帰れたような、そんな深い感慨に包まれました。
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美しい蔵書やこだわりのしつらえ、茶器や紙アイテムが並んだ応接間に足を踏み入れた瞬間は忘れられません。懐かしいのに新しく、ガーリーなのにシック。なによりもノールさんの夢と情熱を感じ、感銘を受けたものです。
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そんな空間で、お茶とワイン、軽食とお菓子をいただきながらの語らいは、上質で素晴らしいひととき。「菫色の小部屋」名物(?)アブサン・ファウンテンから注がれるアブサンは耽美の味で、文字通り陶酔しました。
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夜も更け、そろそろお開きという頃、天気予報外れの大雨が降りだしました。徒歩ではとても帰れない土砂降りで、タクシー会社に電話しても、混み合っていて、いつ着くかわからないとの返答。
大雨で外界から閉ざされた応接間は、まるでミステリー小説の舞台のよう。窓ガラスを叩く雨粒を見つめながら、酔っぱらった頭で、「このまま閉じ込められて、思わぬ物語が始まったら……」などと考えていたことを思い出します。
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やまない雨はなく、明けない夜はなく、終わらないものもありません。
思い出の詰まった「菫色の小部屋」が年内でいったん閉幕することは、とても名残惜しいです。機を同じくして、企画展の打ち上げでノールさんと伺った山の上ホテルの無期限休業が発表されたことも、さみしさに拍車をかけます。
ですが、文化とは守り、創造し、伝えて、つないでいくもの。そこに意志がある限り、灯った火は消えないということを、ノールさんには教えていただきました。
地上のどこか、ペガサスが舞い降りる新天地で。再び菫色の小部屋に訪れることを、楽しみにしています。
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《Girl & Paper
女の子はお砂糖とスパイスと素敵な“紙モノ”でできてる!》
展示風景(2016年)
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ガーリエンヌ|編集者 →X
37歳・女性編集者、『花園magazine』主宰。カルチャー全般を愛し、食&酒、ファッション、音楽が特に好き。本業の傍ら小説やZINEを制作。漫画原作者として、集英社アプリ「マンガMee」連載『死にたい人妻と溺愛強盗』を手掛ける。
→花園magazine
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