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熊谷めぐみ|それぞれの菫色の小部屋

 霧とリボンさんとの出会いは、ミストレス・ノールさんから、SNS上でお声がけいただいたことから始まったかと記憶しています。店舗での展覧会のご案内をいただき、2019年に初めて菫色の小部屋を訪問しました。ノールさんのこだわりと美意識が凝縮された空間で行われる展覧会はまるで別世界に迷い込んだかのような特別感があり、素晴らしい時間を過ごすことができました。

 初めて訪れる場所は多少は緊張するものですが、これまでギャラリーというものにほとんど無縁だった私は、何か粗相をしないだろうか…と、特に緊張しながら菫色の小部屋を訪れたことを覚えています。そんな中で最も印象的だったのは、迎えてくれたノールさんのホスピタリティあふれるお人柄でした。専門的で常連の方が多くいるような場所というのは、ギャラリーに限らずどんな世界でも、初心者が入りにくいコミュニティが出来がちだと思いますが、菫色の小部屋は初めて訪れた時から、そうした疎外感をまったく感じることがなく、誰に対してもあたたかく心配りして迎えてくださるノールさんのお人柄がそのまま反映されたようなウェルカムな雰囲気に満ちた場所でした。こだわりが凝縮された空間にも関わらず、誰にでも開かれた場所であること、そのスタンスに感動するだけでなく、とても共感したことを覚えています。

 その後、私が専門で研究している作家チャールズ・ディケンズの展覧会の企画をご提案いただき、共同プロジェクト「ディケンジング・ロンドン」が始動しました。 

オンライン開催熊谷めぐみ & 霧とリボン共同企画展
《ディケンジング・ロンドン》展メインヴィジュアル
内林武史|物語の街(2020)

 ノールさんから作家さんの傾向を教えてもらいながら、ディケンズの作品やキャラクター、場面などをかなり好きに提案させてもらい、大変だったけれど、非常に充実した時間を過ごすことができました。

《ディケンジング・ロンドン》展会場風景

 初めての展覧会で右往左往していた私をノールさんが的確に、そして限りなく優しく導いて下さり、正直に言って、「ディケンジング・ロンドン」の作業量はこれまで経験したことがないほど膨大で、根を上げそうになったことも何度もありましたが、ノールさんに励まされながら、なんとか乗り切ることができました。執筆で苦しむ中、ノールさんから送られてきた、作家さんたちの作品画像を目にした時の感動は今でも忘れられません。作品を目にして、作品解説をすべて書き直したこともありました。そのくらい一つ一つの作品がパワーを持っていました。

 新型コロナの影響で「ディケンジング・ロンドン」はオンラインの展覧会となり、直接菫色の小部屋にうかがうことはできませんでしたが、オンラインというさらに開かれた場所で、展覧会を楽しんでいただけたことはありがたいことでした。また、ノールさんの素晴らしい写真を通じて、菫色の小部屋で輝く作品を目にすることができたことも嬉しかったです。

同前
同前

 その後、ノールさんには何度か貴重な機会をいただき、オンラインで霧とリボンさんの企画の執筆に携わらせていただきました。

オンライン開催 ruff個展
《菫色少年秘密倶楽部〜ゼニアオイの箱庭》
(2022)会場風景
作品エッセイ|熊谷めぐみ

 そんな中で届いた、霧とリボンさんの実店舗での営業終了のお知らせ。驚きましたが、ノールさんのSNSでの前向きで真摯なメッセージを拝見して、これからの霧とリボンさんのご活動を応援していきたいという気持ちをさらに強く持ちました。再開された実店舗での展覧会にお客さんとして、そして執筆者として訪問&在廊できたことは感慨深かったです。

霧とリボン企画展
《植物と香りのネセセール〜マリアンヌ・ノースの旅》
2023.11.3〜7
巻頭エッセイ・コフレ収録エッセイ|熊谷めぐみ
エッセイ|熊谷めぐみ
コフレ『ネセセール・ヴワヤジュール』収録

 寄りそってくれるけれども、べったりし過ぎない、それぞれの孤独をも尊重してくれるような場所、それが私が霧とリボンさん、そして菫色の小部屋に持っている印象です。実店舗が一度終了しても、菫色の小部屋に関わった一人一人が各々の菫色の小部屋を胸に抱き続けることでしょう。そして、それは寂しさを感じる時や悲しみを覚える時でも、そっと寄りそってくれる場所として、それぞれの心の中にこれからも存在し続けるのではないでしょうか。そんな菫色の小部屋という特別な空間に、あらためて感謝の言葉を贈りたいです。ありがとう、これからもよろしくね、と。

熊谷めぐみ|ヴィクトリア朝文学研究者 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』からシャーロック・ホームズにたどり着き、大学でチャールズ・ディケンズの『互いの友』と運命の出会い。ヴィクトリア朝文学を中心としたイギリス文学の面白さに魅了される。会社員を経て大学院へ進み、現在はディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。モーヴ街5番地、チャールズ・ディケンズ&ヴィクトリア朝文化研究室「サティス荘」の管理人の一人。
X|@lond_me

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