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最終幕〜菫色の小部屋

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全ての人々が自身の感性に誠実に生きることができるよう、ショップカラーの「菫色/Mauve」に願いを込めて、2015年より文学・アート・モードを横断する展覧会を開催してきた「菫色の…
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2023年12月の記事一覧

ミストレス・ノール|菫色の小部屋の最後のカーテンを閉めて

*  2015年4月から2023年12月まで。吉祥寺の地にて扉をひらいた「菫色の小部屋」こと霧とリボン 直営SHOP&ギャラリー「Private Cabinet」は、本年12月をもって8年の歴史に幕を下ろしました。  最後の展覧会となった《最終幕〜菫色の小部屋》展では、総勢65組の多彩なアーティスト作品を展示。会期中は全国から45組以上のアーティストの皆様が駆けつけて下さり、共にお客様をお迎え致しました。  小部屋に溢れたはなむけのブーケや贈り物、お便りには、そこここに菫色

ヨネヤマヤヤコ|モーヴ色のとばりの向こう

 菫色の小部屋への招待は手書きのお手紙で始まりました。  雨宮まみさんからのお手紙でした。はじめて行くときは迷うかも、と出不精な私を彼女が連れて行ってくれることになりました。  モーヴ色のとばりをくぐり抜けるとほのかに清冽なラヴェンダーの香りが漂い圧倒的な美意識に彩られた空間が広がっていました。柔らかな菫色を帯びた灯りのもとで設えのひとつひとつに目を留めては感嘆の声を上げたり、ノール様の解説に耳を傾けては試着してみたり。菫色の小部屋は一見こじんまりとした印象を受けますがゆ

森 大那|菫色集

 部屋の灯りを点ける時、その瞬間にだけ、見たこともない景色が出現する。  毎日眺め、眼をつぶっても暮らせるほど馴染みがあるのに、その瞬間だけは、子供の頃に一度だけ足を踏み入れたような気がする夜の遊園地、夜の砂漠の上をゆく郵便機の出発時刻を待つ飛行士の待合室、いわく付きの古酒たちが秘された城塞の地下室を目撃する。  それはピカソ的分解、ベーコン的歪曲、モネ的融解、セガンティーニ的輪郭、ルドン的陰影、ルソー的温度、デ・キリコ的遠近法であり、その一瞬を、私たちは追い求めているのだ、

丹所千佳|すべては輝ける色の午后に ~菫色の小部屋の終幕に寄せて

 その美しい小部屋は、すみずみまで主の美意識が行き届いていて、たいそう居心地のよい空間でした。置かれているものすべてに、やはり主の、あるいはその作品を手がけた人の、感性と情熱が宿っているように思えました。私がそこを実際に訪う機会は数えるほどでしたが、忘れがたく、うっとりした記憶として大切に残っています。 *  菫色の小部屋と名づけられたその場所を思い出すとき、わたしの愛するさまざまな色もまた脳裏をよぎるのでした。たとえば菫色、魔法の宵の空の光、ガラスの島で作られる玻璃のき

玉田優花子|Hommage au boudoir violet

*  本年9月の松下さちこ様個展《惑星の花びら》に私も一部日程在廊させていただきまして、お目文字が叶いました皆さま、またコラボコフレ『植物書翰集 第一巻 アイリスと菫』をお求めくださいました皆さま、本当にありがとう存じました。サロン風完全予約制ならではの、ゆったりとした心とこころの交流を愉しめましたことに、この場をお借りして、改めて深くお礼申し上げます。SNSやブログ等に丁寧に綴ってくださいましたご感想も、とても嬉しく拝見致しました。身体と精神が健やかであるための、「私だけ

高柳カヨ子|遥か美の名の下に

 美意識というものは一朝一夕に形成されるものではない。    それは注意深く己の心に分け入り、貪欲な好奇心と飽くなき探究心を持って、自らの定める美とは何かを追求し続ける精神なのである。    菫色の小部屋に揺るぎなく確固として満ちていた存在、それが美意識というものなのだ。    霧とリボンと出会うきっかけとなったのは、ネットの海の中の微かな美の光跡を追って辿り着いたある作品であった。    その後長くこのブランドのフラグシップ・モデルとなる「O・SA・GEブローチ」である。

高田怜央|菫色の呼び覚まし -Resurrection(s) in Violet-

* 魔女たちの香り  小さい頃、よく魔女に出会った。髪や衣から古く湿ったいい匂いがするからすぐにわかった。ときに街角の市場で、ときに博物館や図書館で、ときに遊びに行った誰かの家で、魔女たちはまちまちの格好をしながら、ゆったりと時間に溶け込んでいた。  スコットランドでは、どの街にも魔女がいる。北の険しい山間の方の小さな町や村では、箒に乗ってとんがり帽子をかぶった絵姿の看板を吊るしたお店をたまに見かけた。たいてい、薬草や香料の瓶が棚に並べられていて、虹の端から端までの色をそ

鈴木真理子|菫、アリス遺髪。そして《霧とリボン》

 2011年、私が雑誌『ゴシック&ロリータ・バイブル』を仕切っていた頃、編集部に一通の手紙が届きました。中には銀座・ヴァニラ画廊で開催される《菫色の文法 vol.1〜ルネ・ヴィヴィアンの寢台》展のお知らせが入っていました。  よく存じ上げないアーティストさんばかりの出展でしたが、その中に《アリスの遺髪》という作品の写真があって、「これは『バイブル』で紹介しなくては! そしてどんなに忙しくても展示も見に行かなくては」と思いました。いただいた情報は誌面では紹介しないことも多いし

嶋田青磁|ある聖域について

*  わたしが初めて「霧とリボン」の店舗を訪れたのは、もう5年前になるだろうか。美しいものについて語ることすらできない環境、どうしようもない孤独の中、すがるような気持ちで硝子戸をくぐったのを今でも覚えている。  あれから、ウイルスの流行を経て、街中にある「実店舗」の多くが様変わりしてしまった。今まで当たり前のように立ち寄っていた書店、カフェ、服屋が、いつの間にか空きテナントあるいは見知らぬ店に入れ替わっていた。特にフランス語書籍専門の欧明社撤退などは、大ショックであった。

熊谷めぐみ|それぞれの菫色の小部屋

 霧とリボンさんとの出会いは、ミストレス・ノールさんから、SNS上でお声がけいただいたことから始まったかと記憶しています。店舗での展覧会のご案内をいただき、2019年に初めて菫色の小部屋を訪問しました。ノールさんのこだわりと美意識が凝縮された空間で行われる展覧会はまるで別世界に迷い込んだかのような特別感があり、素晴らしい時間を過ごすことができました。  初めて訪れる場所は多少は緊張するものですが、これまでギャラリーというものにほとんど無縁だった私は、何か粗相をしないだろうか

北原尚彦|霧とリボンとわたし

 「霧とリボン」さんに初めて伺ったのは、2017年1月のことでした(割と最近と思っていましたが、もう7年近く前なんですね)。その時に開催されていた《THE FAN RIDE THE BALCONY》展で、鳩山郁子さんのSFファンタジイコミック『寝台鳩舎』のサイン本が、部数限定で販売されていると知ったからです。しかも「霧とリボン」さんは、わたしの家から自転車で行けるロケーションでした。  無事にサイン本を購入できたのですが、その時にはびっくりなことが。シャーロック・ホームズに

川野芽生|菫色の約束

 菫色の小部屋の話を、祖母から聞いたことがございます。  小部屋を訪れた者は、それまで目にしたすべての菫色と、その後目にするすべての菫色を、見出すことになるのだそうです。  ええ、わたくしも、だって菫色って一種類しかないでしょう、と聞きました。祖母は微笑んで、莫迦を仰い、夜に見る夢にひとつとして同じものがないように、この世の菫色にひとつとして同じ色はないのよと申しました。  それは女学院にひそかに伝わる噂話でした。遅かれ早かれ、いつか小部屋を訪れることになると、そう定められて

ガーリエンヌ|ペガサスのいる場所

 ミストレス・ノールさんと出会ったばかりの頃、文学フリマの出展ブースに来てくださったことがあります。混雑した空間に軽やかに現れ、素敵な言葉をくださり、そしてまた軽やかに去っていかれた――同席した友人が「ペガサスみたいな人だね」と言ったのが印象的でした。  ぺガサスとは霊感、不死の象徴。大げさな例えかもしれませんが、その通りだなと私も感じたことを憶えています。  イギリスの耽美なロックデュオ・Hurtsをきっかけに、ノールさんと「霧とリボン」に出会ったのが2013年のこと。以

大串祥子|美の種子を護る者

 どんなものにも終わりは来る。  世界で最も美しい何かを見つけると、いつか訪れる最後の瞬間を考えてしまう。  少年は、撮影の時間に遅れてきた。  次のアポイントメントがあるから時間がないというと、「遅れていけばいい。謝る必要もない」と笑ってのける。  時が経ち、イートン校を再び訪れると、クロイスターの大理石の凹凸に、あの日の少年の気配と若い自分の想いが張りついているのに気づいて、我は足早に立ち去った。  開きかけた玉手箱から幸せが気化してしまわないうちに、力づくで蓋を閉め