定時研究報告003「大映ドラマパロディを隠れ蓑にした実話風フィクション(浜崎あゆみ「M 愛すべき人がいて」の話)」
浜崎あゆみさんの半生を再現した? 実録ドラマ「M 愛すべき人がいて」をAbemaTVで見始めました。興味を持ったきっかけは伊集院光さんのラジオで、そちらではドラマ版で追加されたオリジナルキャラクター・秘書の姫野礼香役を演じる田中みな実さんの演技がヤバい! という切り口でのネタが中心でした。
実際、田中みな実さんを含むキャスト陣の怪演はヤバかったのですが、個人的には1990年代のJ-POP業界の実録パロディとしての楽しさと面白さを強く感じました。作中には浜崎あゆみさん、TRF、篠原涼子さん、相川七瀬さんといった当時の楽曲の数々が登場して、あの頃を知る世代にはそれだけで楽しめると思います。
本作は90年代に浜崎あゆみさんと、周囲にいた実在の人をモデルにしたと思われる人物たちが登場するのが特徴で、「平成の歌姫・アユ」のモデルはもちろん浜崎あゆみさん。プロデューサーの「マックスマサ」のモデルはエイベックスの(MAX)松浦勝人さんです。
メインどころでは、アユが元々所属していた事務所の中谷社長(高橋克典さん)はサンミュージックの相澤社長(先代の方)。輝楽天明(新納慎也さん)はTKこと小室哲哉さん。マサと社内で対立する大浜社長(高嶋政伸さん)は当時エイベックスの偉い人だった依田巽さんをモデルにしているのは見たままだと思います。
少し面白いのは、登場人物たちが美化されているか、道化としてディフォルメして描かれているかが極端に二極化していることです。このドラマのダブル主人公の一人・マサのモデルは前述の通り、エイベックス株式会社代表取締役会長CEOの松浦勝人さんです。楽曲提供などの面でエイベックスが全面協力していることを考えても、作中の登場人物のディフォルメは、松浦さんと浜崎さん側の見方を脚本・鈴木おさむさんというレンズを通して描いていることは想像できます。
高橋克典さんが演じる中谷社長は、だいぶ美化……というかかっこよく描かれていますね。松浦さんから相澤社長への感謝はかなりリアルなのではないでしょうか。高橋さんの起用は、AbemaTVのドラマコンテンツで「特命係長 只野仁」が人気なこともあると思います。一方、松浦さんと取締役会を舞台に大戦争となった依田さんをモデルとした大浜社長が悪役として描かれるのも、ドラマを描く視点が松浦さん側であることを考えれば自然です。
となると興味深いのが、小室哲哉さんをモデルとする輝楽天明の扱いです。輝楽天明は当時の小室さんとは似ても似つかないビジュアルで、忌野清志郎っぽさすらあります。名前を見ると加納典明さんのイメージも入っているかもしれません。
コレオグラファーやメイクさんといった役どころならともかく、90年代の音楽プロデューサーにこのビジュアルはないだろうと思います。この人物造形に関与した誰かが小室哲哉さんに対して何か含むところがあったのか? あるいは、小室哲哉さんを直接イメージさせるビジュアルの人物を、嫌味な先輩プロデューサーとして描くことに問題があると考えたのかもしれません。そのあたりを想像するのもこのドラマの醍醐味ですね。
さて、ここまではかなり、現実をモデルにした(ように見せる)度合いが強い登場人物たちです。ところが、アユの特訓シーンや、デビューを目指すライバルたちとの関係性では、一気に物語のリアリティラインが下がってファンタジー(ギャグ)寄りになります。
ライバルたちはアユの靴に画びょうを入れたり、足を引っかけたりといった、昭和の少女漫画のような嫌がらせを繰り返します。このコテコテの古くさいいじめの描写と、厳しいプロデューサーの与える試練に耐えながら二人三脚で進むヒロインの様子を見て、すぐにピンときました。
これはAbemaTVと脚本・鈴木おさむさん流の、壮大な大映ドラマパロディです。
大映ドラマはその名の通り、大映テレビ株式会社が制作した一連のテレビドラマシリーズで、山口百恵さんの「赤いシリーズ」などが有名です。大映ドラマは過剰なまでにバタ臭い演技と演出が特徴で、その真骨頂とも言えるのが1980年代の「スチュワーデス物語」「不良少女とよばれて」「スクールウォーズ」「ヤヌスの鏡」といった作品群です。
この中でも「スチュワーデス物語」は、堀ちえみさん演じるスチュワーデス候補生が「私はドジでノロマな亀です!」と叫びながら、風間杜夫さん演じる「教官」との厳しい訓練を通して成長し、絆を育んでいく物語であり、「M 愛すべき人がいて」とはどこか共通点があります。「M 愛すべき人がいて」の制作協力に「角川大映スタジオ」が目立つようにクレジットしてあるのは、大映ドラマパロディであることを読み取ってくださいというメッセージだと思います。
しかし、けなげなヒロインがいじめや数々の困難を乗り越える大映ドラマフォーマットをこの作品でやるのには、問題があります。実在の浜崎あゆみさんをモデルにしたアユに対するいじめを行なうのが、現実に彼女の周りにいた誰かである、と誤認されては困るのです。だからこそ、いじめに関わるシーン、特訓シーンは突然ファンタジーになるのではないでしょうか。
ニューヨークでアユを指導するエキセントリックな先生は、実在のボーカルトレーナーの原田真裕美さんだとする説が強いようです。ですが、個人的には脚本の鈴木おさむさんが原作小説の「マユミ」先生を、ドラマで水野美紀さんが怪演するエキセントリックな「天馬マユミ」先生に仕上げる段階で、同じくエイベックスグループの中でモーニング娘。らを指導していた夏まゆみ先生との混同を意図したのではないかな、と思っています。ほとんどの視聴者は、原田真裕美さんを知らないですからね。
・浜崎あゆみさんがデビュー前にグループデビューの話があったらしいという史実
・この時期にデビューする5人組と夏まゆみ先生のイメージから、初期モーニング娘。のイメージをミスリードする
・安室奈美恵 with SUPER MONKEY'Sから安室奈美恵さんが脱退して、残った4人がMAXとしてデビューしたエピソードを拾う
このように、複数のソースというか、ネタをミックスすることによって、浜崎あゆみさんをいじめていたのは誰だったのか? というあたりを意図的にぼやけさせてファンタジーとして成立させているのではないでしょうか。同時に、不自然なまでに作り物めいた特訓やいじめが大映ドラマパロディとして機能しているのは、とてもうまい作りだと思います。おそらく、実際に事実としてあったのは「浜崎あゆみさんが新人時代、いじめられたと感じていた」という部分だけなのではないかと思います。
最後に、個人的に仕事の関係上、一時期エイベックスさんに行くことがよくあったのですが、作中に登場するレコード会社「A VICTORY」のビルと、建て替え前のエイベックスビルはあまり似ていないと思います。作中の1階ロビーは広々としたガラス張りのビルですが、実際はレンガデザインのビルで、コンパクトな暗い入口で、脇にコンビニがあったのを覚えています。会社が休みで入口が閉まってる時は脇のコンビニ側から出てマネージャーさんや広報さんが買い物とかしていた気がします。
「A VICTORY」のビルにちょっと似ているのかなと思うのは、エイベックスグループが本社ビルの改築中に間借りしていた、六本木一丁目駅の泉ガーデンタワーの方です。ここの一階のロビーフロアや、高層エレベーターのりかえ階の解放感などは少し似ているかもしれません。
最近のエイベックスビルの様子はよく知らないのでなんとも言えないのですが、浜崎あゆみさんがデビューした前後のエイベックスビルは、あんなにかっこよくなかったと思うよ、とだけ書いておきます。
なお、同じく実在のレコード会社エイベックスをイメージした会社で、適当なプロデューサーに翻弄され、悩みながら成長するアイドルたちの姿を描いた、アニメ「劇場版 Wake Up, Girls! 青春の影」という作品があります。この作品にアナウンサーの田中みな実さんは出ていませんが、声優の田中美海さんがとてもかわいらしいアイドルを演じているので、是非そちらも見てみてください。
【文:中里キリ】