Oct 13th, 2024 昔好きだったひと(元担)のコト

人生すぎる。

わたしにとってSixTONESは、「自担(=元担)を尊先と言ってくれる子たちがいるグループ」だった時期がたしかにあった。その「自担(=元担)を尊先と言ってくれる子」がきょもさんだった。きょもさんのお父さんのことを知る前に、きょもさんの尊先を知っていた。

元担がグループを辞めてから、一切の情報を遮断していた。ツイッターのミュートワードに名前を設定していたし、本人のアカウントはブロックしていた。なにに怒っていたわけでもなく、ただただぷっつりと無関心になっただけで、感情を乱されたくないだけだった。好きの反対は無関心と笑う元担を知っていたから、憎悪を向けるでもなく無関心に転じたのかもしれない。好きでいた期間を後悔したことはないけれど、それ以上でもそれ以下でもないよ、と思っていた。

イッテQ復帰のニュースは、イッテQの予告でふれたから遮断していなかった。聞き覚えのある声が聞き覚えのある声と会話していて画面を見たら、あの頃からあんまり変わらない元担が映っていた。視界に入れなくなってから4年も経っているのに。

放送が近づくにつれふわふわと高揚していく感覚や、ゆるゆるになってしまう口角に気がついて、「ちゃんと好きだった」と思った。思えた。わたしは元担のことを「ちゃんと好きだった」かわからなくなっていた。このツイートの「かもしれない」がすべてだと思う。本当にわからなくなっていたのだ。

放送が始まると、なつかしい人がそこにいた。大輔さんがあまりにもすぐに泣くから、最初に泣く分の涙は溢れることなく引っ込んだ。と思ったら「どうも〜!」で泣いてしまった。好きでいた頃、その「どうも〜!」を聞くだけで、大変だけど楽しいって笑ってくれるだけで、現実がどれだけ地獄でもがんばれた。好きでいた期間しあわせで、その頃にもらったしあわせのかけらはわたしの中に残っていることを実感して、涙が出た。

「幸せ」と言ってくれて嬉しかった。心の底から大好きでいたひとだったから、見えるところでしあわせって言ってくれたのが嬉しかった。視界に入れないようにしていたのはこっちなのにね。身勝手でごめんね。

今まで降りたコンテンツが無かったから、どんな気持ちになるかわからないまま今日を迎えた。正直観るか迷い続けた部分もあった。観てよかった。頭の中のモヤが昇華されたような感覚すらあって、これがいわゆる成仏なのかもしれない。

少なくともわたしにとってはしあわせな1時間だった。4年という月日がそうし得たような気もするので、タイミングも良かった。ありがとうございました。

【イッテQに4年ぶりに(元担である)手越さんが出演した日】





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