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真実は不都合なもの
最近、街の中で小さな葬儀を扱う葬祭屋が増えた気がする。葬儀の価格破壊も進んでいるようで、昔ながらの「言い値」で儀式をすることも減っていくと思う。
まだワシが幼かった頃は都会でも自宅や近所の自治会館での葬儀をよく見た。良くも悪くも何故亡くなったのかまで風の噂で耳にしたものだ。
それが目に見えないようになっただけで、感染症騒ぎが起こる前から、日本では毎日平均して3,500人が亡くなっているのが事実である。
昔はそんなデータに触れずとも、人はいつか死ぬものと自然に理解したし、自分も例外ではないと悟ったものだ。
善悪ではなく、すべての人は生まれた後は「死」に向けたベクトルに沿って生きているのだ。
自殺者がまた増えそうだ。理由は世情を見れば分かる。
この世情で強く感じることが幾つかある。仕事を失って、明日食べる物に困っている人もきっといると思う。そんな暗闇の世界なら死んだ方がマシと思う気持ちは理解したい。
でも、この世情の正体は見えつつある。
不安感は意図を持って多くの人に抱かせたものであり、その不安の原因となる感染症なるものは今までとは違う形の統治を試みるタダの道具に過ぎない。
人はいつか死ぬものだ…と思えず、病気や死を恐れ過ぎて、自分たちが今生きている時間と空間を地獄に変えることがよほど恐ろしいことだと思わないのが不思議だ。
それを誰が望み、仕掛けているのは何処なのか疑わないのは平和主義ではなく、現実から目を背けた自殺行為そのもの。
架空の陰謀論などではない。目の前の現実の話だ。
野生動物の様を見て、弱肉強食の世界だなぁと感心している場合ではない。
人間界も紛れもなく弱肉強食の世界であり、日本人の多くに、その認識が薄いだけのことなのだ。
真実はたいがい不都合なのだと早く認識しないと、自分たちの国も民族もすべてリセットされてしまうぞ。