《episode》vol.1 by Director KAZUYOSHI OKUYAMA
口笛を吹くピエロ人形について(前編)
今でも自由ヶ丘の駅前には自由ヶ丘デパートという昭和初期の空気のままの商店街がある。
このピエロは30年程前のこと、今は亡き親父に誕生日プレゼントとしてそのデパートの地下で買ったものだ。当時、すでに地下は殆どシャッター街になっていた。誕生日の2日前の1月19日、父は信じていた人達に手痛く裏切られた。その翌々日の誕生日、私の心は全く落ち着かず、人目を避けるようにその地下を歩いていた。
わずかしか店は開いていない。何故か口笛が聞こえてくる。やけに癒される音色。その口笛に惹かれるように店を覗くとアンティークの店で足を揺らしながら首を振り口笛を吹くピエロ。眠そうな愛嬌のたっぷり顔。なるようにしかならないよ、とでも言いたげに。
「おじさん、これいくら?」と無意識に聞いていた。意外な高額に銀行で金をおろし買って、早速親父のもとに。
「これ誕生日プレゼント、なんだがホッとするから買ってきた」何十年ぶりかの誕生日プレゼントだった。 受け取ったときの親父の微妙な表情が気になっていた。 翌日、母からの電話。「パパ、これは和由に返してくれって」 なんで?「俺はこんなに落ちぶれたくはない」と。
親父は癒しを求めてか、一晩中この口笛を流していたそうだ。人生で最も傷つけられた誕生日のなか、心のドアは開けなかったのだろう。それ以来、このピエロの人形は押し入れの奥深く、約30年眠り続けた。
(後編へ続く)