御裸イ坂〜哀捨てNOTE 057/小説+詞(コトバ)
アタルです。
『哀捨てノート』のマスターが亡くなりました。
その末期(とき)、僕たちは舞台の本番だったので、残念ながら間に合いませんでした。
とても、穏やかな最期だったそうです。
どうか、やすらかなる場所で、お父さんとお祖父さんに出遇い、マスターが見聞きした様々なことを話して差し上げて下さい。
僕は、この胸に刻み込まれた、マスターが遺してくれた言葉たちと、マスターの永遠の愛と永久の夢を受け継ぎ、旗揚げしたばかりの僕の劇団を、マスターの劇団以上に育て上げることをお約束します。
色々なことを教えて頂き、どんなに感謝しても、し尽くせませんが、本当に、本当に、ありがとうございました。
ところで、マスターが拒み続けていた映像の世界へ、僕は足を踏み入れてみようと思います。
というのも、先日、『哀捨てノート』の扉を開けて、一人のお客様が入っていらっしゃったのです。
その方は、席へ案内しようとしたクレナイヒカリを見て、こう叫びました。
「君だ! 坂の下で感じた『何か』は、君だったんだ!」
そして、その方は乙ノ宮解(イノミヤトケル)と名乗り、映画監督で、次回作のヒントを探しているうちに、この御裸イ坂に迷い込んだということでした。
「まだ何の構想も浮かんで来てないけど、君をヒロインにしたものを撮りたい」
と、クレナイヒカリに言いました。
「ホントですか!? 私に出来るかなぁ。ていうか、もうすぐ私たちの劇団の旗揚げ公演があるんですけど、観にいらっしゃいませんか? きっと、次回作のヒントになると思いますよ」
僕には絶対に言えそうもないことを、クレナイヒカリは、いとも簡単に言ってのけました。
「なるほど! もしかして、ここのマスターは入江さんかな?」
「そうです。マスターをご存知なんですか?」
「いや、噂を聞いたことがあるんだ。昔、一世を風靡した劇団の座長が、海を見渡せる町で喫茶店をやっていると。それが入江さんという名前だと」
「えー!? ホントに有名なHiToだったんだ~」
「かなり人気があったらしいけど、すぐに解散してしまったし、その後、続々と小劇団が出来ては消えて行ったから、入江さんの劇団も、知るHiToぞ知る存在になってしまったらしい」
「そうなんですか~」
「君たちの劇団は、入江さんと関係があるのかい?」
「はい。マスターが、あるノートを残してくれて、それをベースに脚本を書きました」
「君が?」
「はい」
「その芝居には、彼女も出るの?」
「はい。ほんの少しですけど」
「なんだ、もったいない! こんないい素材なのに」
「大勢出るんですよ」
「群像劇なの?」
「いえ。いや、ある意味そうかもしれない…」
「そうだよ」
「とにかく、君は入江さんの弟子のようなものか?」
「はい、そうです」
「その芝居は、いつから? チケットは、どこにいけば買えるのかな?」
「来週からです」
「もちろん、ご招待させて頂きます」
「ありがとう。必ず行くよ」
「いらっしゃれる日が決まったら、お電話下さい」
「わかった。楽しみにしてるよ」
そして、乙ノ宮さんは、本当に舞台を観に来て下さり、その芝居を土台にして、次回作の脚本を書き始めたのです。
その配役には、クレナイヒカリだけじゃなく、僕の名前もあるそうです。
(永久へ)