言葉にするのは難しい感情
弁当は冷めてても美味い
私は自分が嫌いだった。
経験ある方もない方もいらっしゃるかと思いますが、人間上手くいかない事が沢山あると、自分はダメな奴だとか、無力だーとか、理由はよく分らないけど自分に腹が立って、どんどん自分が嫌いになっていく事ってありまよね。
(理由が分からないと余計腹が立つ)
私は小学校5年生の頃、学習塾をやめた。
中学校の受験がイヤだったからではなく、
単純に限界だった。(アタマもそこそこ悪かった)
塾の勉強に追い付けなくなった。私の通っていた塾は10人~12人程のクラスだったんですが、偶然にも女の子は私一人で、仲の良かった子もいつの間にかやめてしまった。一緒に過ごしていた人達が居なくなり、休み時間はいつも一人で、夕食のお弁当も一人で食べていた。楽しくなくなってしまった。
その頃から母が作ってくれた弁当も毎回の様に残すようになった。
(友達って大事だな。うん。)
母の作ってくれた、本当は美味しいはずのおかずも、成績が悪くなっていくのと連動して、味がしなくなっていった。
どうして勉強ってしなくちゃいけないんだろう。
どうしていい成績を取らなくちゃいけないんだろう。
こんなにツマンナイ事をいつまで我慢しなくちゃいけないんだろう。
こんな事を思う私はきっとダメな人間なんだ。
母の作った、本当は美味しいはずのお弁当も残してしまう。
本当は全部食べたいのに。
自己肯定感ってなんだっけ?
「塾を...やめたい...。」
母にそう言った時はとても驚いていて、怒ってもいたと思う。
何度も「どうしてやめたいの?」
って聞かれて私は答える事が出来なかった。
理由なんてホントは簡単だったのかもしれない。
でも、その当時の私には返す言葉が分からなかった。弁当の味がしないから。なんて言えるわけなくて、私はただずっと俯きながら
「...やめたい。」だけを繰り返した。
(もっと上手い言い方あったなぁと今更ながら思う)
その後、しぶしぶ塾に”やめますコール”をしてくれた母とは、暫く口を聞かなかった。
(あの時は気まずかったわぁー)
暫くして、学校の遠足の時期がやってきた。
遠足といえば、弁当とおやつですよね!(単純バカか)
お昼になって友達と皆でお弁当を広げ、おかず交換という今の時代には絶対にあり得ない事なんかをワイワイやりながら食べた。
塾に通っていた頃に使っていた弁当箱に入ったおかず達は、ちゃんと味がした。美味かった。
弁当ってこんなに美味しかったっけ?
塾で食べていた弁当の味は何だったのだろう。
今更だけど、私は塾に勉強しに行ってるんじゃなくて、美味しい弁当を食べる為に行ってたんだと気が付いた。
(給食だけ食べに学校行くタイプ。揚げパン最高じゃん?)
だから味のしなくなった弁当は私にとって、とてもダメージが大きかったんだと思う。(食いしん坊かよ)
その頃気付いた事は、母には言わなかった。
大人?になってから
私の娘が小学校へ上がるタイミングで、
くもん教室に行きたいと言い始めた時の事。
母「そういえば何であんた塾辞めたの?」
私「なんで急にそんな昔の話を...。うーん、弁当の味がしなくなったからかなぁ?あっ!別に弁当が不味かったとかじゃなくて!むしろ、美味しい弁当を作ってくれているのに、頑張れない自分が嫌になっただけだわけ。単純に逃げたかったわけよ自分から。」
母「あら。そうねぇ?あんたはよく頑張ってたよ。成績なんて悪くても良かったのに。ていうか、いつもご飯の事ばっかりね。」
私「成績悪くても良かったの!?でもご飯は大事でしょ!人間美味しいの食べたら笑うよ!」
母「そうね。食事は大事ね。あんたも休みの日ぐらいはご飯 作りなさい!」
私「やだな。私より美味しく作る人がいるじゃないかー。」
何も経ってからやっと気づいた。
塾に行ってるんだから良い成績を出さなくちゃいけないと、一人で勝手に思い込んで、一人で勝手に疲れてしまっていただけだったんだと。
たしかにいい点数を取れなんて誰も言わなかった。
だけど、成績が悪くてもいいよっとも誰も言ってくれなかった。
自分の心との相談が下手くそだった当時の私は、圧倒的に親とのコミュニケーションが足りなかったんだと今更になって思う。ちゃんと話し合っていれば、もっと違う結果になっていたかもしれない。
私と母は、沢山の時間を遠回りしていたのだと。
その時間を埋める様になのか、今は死ぬほど母とお喋りする。
結局、娘は塾に行かさなかった。
(まだ早くね?ってなりました)
年齢だけは大人になった今の私は、弁当の破壊力にとても助けられている。
「ママの作ったお弁当がせかいでいちばんすきー!」
って娘に言われたり、
「お弁当の中身何がいい?」って聞くと
「なかみぜんぶオムライス~!」ってシヌほど可愛い事言われたり、
(ほんとに全部キャラオムライス弁にしてやった)
毎回空っぽで帰ってくる弁当箱を見るたびに、娘から愛情をもらっている。
少なくとも、昔の自分よりは今の自分の方が好きだ。
娘に好きだと言われて初めて、自分を好きになる事が出来たと思う。
誰かに、こんな私でも好きだって言ってもらえて、初めてこんな自分でも悪くないかなって思える様になるのだと、娘から教わったのだ。
母にも、素直にそう言ってあげれば良かったなーって今更ながら思う。思っているだけじゃ、何も変わらないのだから。口に出して言わなくちゃ分からない事だって沢山あるはず。
だから、母の料理を食べる時はいつも「うまいです!さいこー!」って言う様にしている。(お世辞じゃなくマジで美味い。私なんか足元にも及ばん)
少しずつでいいんだ。私も感情を言葉にしていこうと思う。
言葉にするのは難しい感情 完
最後まで読んで下さって、本当にありがとうございます!
写真のキャラクターが分かったあなたはきっと私と同年代。