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聖夜 乙

#Xmas2014

 街中にクリスマスソングが流れる。

 立ち籠める雲は厚く、じきに雪が降ってくるそうだ。

「おかあさん、ぼくのうちにもサンタさん、くるかな?」

 五歳になる子供が尋ねてくる。

「どうして?」

 頬を真っ赤にした子供は、こちらを見上げてくる。

 白い吐息が宙を舞う。

「だって、ぼくのうち、えんとつがないでしょ? サンタさんは、えんとつからはいってくるんでしょう?」

「大丈夫よ。良い子の家には、必ずくるから」

「ぼく、プレゼントもらえるかな?」

「もらえるよ。大丈夫よ」

 私は力強く子供の頭を撫でる。子供は、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

 女手一つで子供を育てていくのは、本当に大変だ。

 夫と別れたのは、この子が生まれてすぐのことだ。

 結婚してから気がついた、ギャンブル癖。金銭感覚の欠如していた夫は、私の両親にも金の無心をし、さらに消費者金融から多額の借金をしていた。

 金が無ければ、心も生活もすさむ。

 生まれたばかりのこの子が夜泣きをすると、夫は怒り狂った。

 私は、泣きながらこの子を庇った。

 夫が恐ろしく、深夜の街を子守しながら歩くこともしばしばだった。

 身も心もボロボロになった私は、緑色の紙を突きつけて逃げた。

 子供を保育園に入れ働き出した。

 この世界の全てが憎々しかった。

 私を孕ませた夫が憎い。

 私を追い込んだ夫が憎い。

 私に付きまとう子供が憎い。

 あんな男を愛した自分が憎い。

 全てが嫌になった。

 子供が嫌いだった。

 だが、そんな私の支えになったのも、この子だった。

 この子を見ると、夫を思い出して心がすさんだ。だが、何も知らず泣く子を見ると、愛おしくて涙が出てきた。

 憎しみと愛情。

 二つの相反する感情が私の中で鬩ぎ合っていた。

 勝(まさ)ったのは愛情だった。

 夫は夫。

 この子はこの子。

 血を分けた親子だが、この子はこの子自身だ。何も悪くはないし、悪いはずも無い。

 この子は、私自身でもある。

 私の鏡。

 私の心。

 今は、この子の成長を見守ることだけが生きる喜びだった。

 けして裕福とは言えない。

 クリスマスだというのに、ホールケーキの一つ買ってやることはできない。

 スーパーの安いショートケーキを買っただけだ。

 それなのに、この子は目を輝かせて喜んでくれた。

 ケーキが楽しみだと言ってくれた。

 この子に不自由をさせている。

 申し訳なさと、笑顔のまぶしさで胸が押し潰されそうだった。

 家が近づいてきたとき、子供が公園の中に走って行った。

 子供は、ベンチに腰を下ろした男性にジャムパンを渡していた。

 大好物のジャムパン。

 それを、あの子は見ず知らずの男性に渡していた。

 子供は満面の笑顔でこちらに駆けてきた。

 私は小さく頭を下げると、子供の手を引いて歩き出した。

「どうしてパンをあげちゃったの?」

「あのおじさん、さびしそうにしていたから。おじさんにも、サンタさんくるかな?」

「うん。きっとくると思うよ」

 雪が降ってきた。

 これから、雪はどんどん強くなるだろう。

 簡単な食事を作り、ささやかなクリスマスパーティーをした。

 子供は喜んでケーキを食べてくれた。

 一緒にお風呂に入り、布団に入る。

 その頃には、外はうっすらと雪が積もっていた。

 遠くでサイレンの音が聞こえた。

「ママ、サンタさんくるかな?」

「来るよ。良い子のところには、必ずくるんだから」

 私は子供を寝かしつけ、そっと枕元にプレゼントを置いた。

 子供の好きな、ヒーローの塗り絵だった。

 子供の喜ぶ顔を想像しながら、私は眠りについた。

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