それでも世界は 輝いている 33話

 早朝の神宿山には、うっすらと朝靄が掛かっている。

 湿り気を帯びた清浄な空気を由羽は胸一杯に吸い込んだ。しばらく、この地には帰れない。もしかすると、これが最後になるかもしれない。由羽は何度も呼吸をして、慣れ親しんだ明鏡の空気で体を清めた。

 社の前には乙姫とジンオウ、それから各部門のトップである晃司、玉江、壮一、そして、由羽の妹で鈴守である美和がいた。

「由羽、渡したプレートとブックは持ったな?」

 壮一が心配そうに尋ねる。

「大丈夫、偽造のプレートの類いはバッグに入ってるわ。心配しなくても、ローゼンティーナにはバレ無いわよ。美和、準備はオーケーよね?」

 由羽は白いスラックスに黒いジャケット、長い髪を首元で一つに纏めている。変わって、妹である美和は、ど派手な柄物のシャツに、短いスカートだった。姉の目から見ても、美和の顔は整っている、性格と相まって、少しおっとりしている性格が表情に表れている。大人しく、いつも朗らかな美和だか、少し感覚が一般人からズレていた。

「もちろんです、お姉様! 美和、バレ無いようにちゃんと変装用の衣装も準備してきました!」

「変装?」

 由羽の声音が変化する。美和はそれに気が付かず、「はいです!」と元気よく答える。

「いにしえの時代より伝わる忍者! そして、大陸から渡ってきたチャイナ服! 他にも看護師さんのナース服とか、バニーガール! 他には……」

 由羽は無言で美和の頭を殴る。

「いっっっった~~~い! 何するんですか、お姉様!」

「それ、変装じゃなくてコスプレ! あんたね! きちっとしなさいよ、きちっと! 今回は、マジでヤバイ任務なんだからね!」

 目に涙を浮かべる美和。それに対して、由羽は腰に手を当て怒鳴りつける。そんな由羽の表情を見て、美和は突然にまぁ~と、蕩けるような笑顔を浮かべた。

「お姉様の怒る笑顔、素敵です……」

 手を広げて抱きついてくる美和を、思い切り殴り倒し、さらに蹴飛ばし、潰れた蛙のように石畳に転がった頭を手加減無用で踏みつけた。

「あんたが鈴守じゃなかったら、本当に殺してるわ、マジで」

「いや~ん♪ お姉様、私はいつもお姉様のその殺意の満ちた視線に心を打ち抜かれて殺されています~♪」

「チッ、コイツ……」

 由羽は腰に差してあるホルダーから銃を取り出し、美和に向けた。しかし、玉江がすぐに由羽の手を押さえる。

「こら、由羽。いくらなんでも止めなさい。妹とは言え、銃口を向けては冗談では済まされませんよ」

「はいです~~~♪ 私がいなければ、姉上様は転神できませんよ♪ ヨウ様にも、レアル様にも会えませんよ~~」

 自分が殺されないのを知り尽くしている笑顔だ。この笑顔を見ると、腹立たしさも倍増する。

「分かってるわよ」

 そう言って銃を下げる由羽。玉江はホッと肩の力を抜き、美和は相変わらずのニコニコ顔。由羽は素早く腕を上げ、美和の両足を瞬時に打ち抜いた。僅かな風切り音と共に銃口から光弾が放たれ、血煙が周囲に巻き上がる。

「いっっっっっ!」

 あまりの痛みに美和は声も出ないのだろう。無言のまま両膝をつき、そのまま石畳の上を転がる。光弾は肉と骨を貫く際、その熱量で傷口を焼いてしまうため、殆ど血が出ない。

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