それでも世界は 輝いている 30話

「重要なのは、傀儡が動いているという点です」

「あの裏切り者ども、いつか決着を付けなきゃね」

 玉江が憎々しそうに吐き捨てる。

 千年前の魔神戦争の折、いくつかの御剱と魔神機を持って明鏡から離反した者達がいた。それが、傀儡と呼ばれる集団だ。彼らは、未来視により決まる世界を良しとしない一団だった。繁栄も滅びも、平和も戦争も、全て人の自由意思によって決められるべき、もしそれで人類が滅亡することになっても、それはそれで良しという考えを持っていた。

 一般的に魔神戦争は明鏡と世界各国との争いと言うことになっているが、彼我戦力は圧倒的に明鏡が勝っていた。事実、一国を押さえ込むには数名の御剱繰者か魔神機一体を送り込めば事が足りたのだ。それでも、あそこまで世界を壊滅的にしたのは、明鏡を離反した傀儡の存在が大きい。御剱同士の争い、魔神機同士の争い。それで、世界は一度壊れた。軍配は明鏡に上がったが、傀儡は滅びず、今なお数本の御剱と魔神機を所持し、明鏡による支配を覆そうとしている。

「ソフィア、傀儡、どれも問題ですが、一番問題なのは魔神機の存在です」

 凜とした乙姫の声に、由羽を含めて一同は渋い表情を浮かべる。

 由羽自身、データベースでしか魔神機の恐ろしさを知らない。かつて世界を破壊し尽くした自立型機動兵器。由羽が見た映像では、魔神機は遠距離攻撃を周囲の位相を変えて無効化し、近距離攻撃はその強固な装甲で防いでいた。御剱によるゼロ距離攻撃を受けて尚、魔神機は平然と戦闘を繰り返した。正直、魔神機に勝てるのは、同じ魔神機か、地ノ御柱以上の上級御剱だけだ。

「現状、半壊しているとはいえ魔神機が動き出したらやばいぜ。こっちには、現状で魔神機に対抗できる繰者はいないと言って良い」

 ジンオウの言葉に、由羽はぴくりと反応した。ジンオウは何かを言いたそうにこちらを見たが、由羽はその眼力に負けて下を向いた。

「……そうね。私もジンオウも、まだ正式な鈴守と出会えていない。仮契約の鈴守とじゃ、御剱の性能を引き出せない」

「すぐに動けて魔神機の足を止められるのは、横にいる由羽くらいだ。ただし、それも足止め程度だな。数秒が、数分しか足止めはできないと思うが」

「それで、私は死ぬってワケね」

 死ぬ気は無いが、事実、魔神機が起動したら由羽はどうするだろうか。考えてみても、答えは見つからない。

「その魔神機は、どちらの魔神機なんだ?」

「未来視は流動的で不安定ですが、ローゼンティーナが炎に包まれる姿は変わりません。ですから、その魔神機は傀儡の支配下にあった魔神機だと思われます」

「こちらも魔神機を起動させるというのは?」

 誰もが考えるが、誰も口にしないことを壮一は言う。確かに、魔神機には魔神機を当てるのが一番だが、それでも大きすぎる問題がある。

「こちらが魔神機を起動させると、今まで休眠状態にある魔神機が再生する可能性があります」

「なるほど、第二の魔神戦争が始まりかねないって事か……。それじゃあ、御剱の繰者に頑張ってもらうしかないね」

 壮一の目が由羽とジンオウに向けられる。

「ええ……。未来視で見る未来は常に揺れ動いています。それは、どんな形で荒れ、絶光が絡んでくると言うことです」

「このタイミングで、絶光が解き放たれる? あれの封印は万全だろう?」

「あらゆる結界を用いて封じているけど、実際、あれが本当に動き出したら止められる物は存在しないわ。例え、魔神機だとしても、絶光の光は遮れない」

 晃司の言葉に由羽が応える。

「ショウ・ミナヅキ……やはり……」

「彼は死んだわ。そうでしょう?」

 晃司の言葉を由羽は遮った。冷たい眼差しを晃司に向けるが、晃司は正面から由羽の眼差しを受け止める。それを見て乙姫は溜息をついた。

「とにかく、明鏡が今回の一件、手をこまねいて見ているわけにはいきません」

「それは、ソフィア? 傀儡? 魔神機? それとも、絶光?」

 壮一の言葉に、乙姫は小さく頷く。

「魔神機です。魔神機の復活阻止、若しくは破壊を行うことは、ニアイコールで他のことにも繋がると思います。正直、絶光はどうしようもありません。それは、運命と呼んでも良いでしょう。私たちができることは、最小限に被害を止めること」

「じゃあ、私の出番ってワケね?」

「はい。由羽、御剱繰者として、ローゼンティーナに飛んでもらえますか?」

「もちろんよ。ローゼンティーナには、アリエールやシノ、今はレアルやコビーがいるんでしょう? 仮に魔神機が復活したとしても、何とかなるかもしれない」

「よろしくお願いします。由羽とジンオウは、後で神(か)室(むろ)まで来てください」

 乙姫は立ち上がった。これで、この場はお開きだ。乙姫が退室する際、由羽に向けて小さく頷いた。由羽は乙姫の意図を理解して、頷き返した。

 神室とは、神域の社の地下にある一室を指していた。神室は一切の光も音も届かない、闇だけが詰め込まれた部屋だったが、そこが乙姫が未来視を行う部屋だった。

「お待たせ」

 音もなく開閉する自動扉を潜ると、そこは六角形の小さな部屋だった。朱色の壁に囲まれて、調度品の類いは一切無い。由羽は、部屋の中央に立つ乙姫の横に並ぶ。少し遅れて、ジンオウが来た。

「では、行きましょう」

 乙姫が何もない空間に翳すと、体が浮くような感覚になる。この部屋自体が、エレベーターの役割を果たし、乗員を地下へと誘っている。数秒後、エレベーターが止まり、一枚の壁が横へスライドした。

 乙姫が先頭に立って歩き出す。乙姫が部屋に入ると、床と壁、天井が青白い光で発光する。柔らかい光に照らされ、部屋の全貌が明らかになる。

 その部屋には様々な場所に無数の武器が落ちていた。床に刺さっている物もあれば、十メートルはある高い天井に刺さっている物、中には、中に浮かんでいる物さえ存在していた。

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