変化のもたらすもの
周りから自分が
どういう風にみえているかわからないけど
今は交流していない年上のnoterさんに、
かつて
「人は多面体だから、
どんなうみちゃんでも受け止める」
という言葉をよくかけていただいていた
◇
私はnoteに書いている部分はほぼ実話だ
(書いてないことが多いだけだ)
だけどあまりにも稚拙で赤裸々な内容から
少し前までは大分年下として扱われることが多かったように思う
でもそれはかまわない
リアルの私ではさらけ出せない本音が
きっと幼い私なのだ
脳内整理のためにnoteはとても必要な場で
リアルでは行動に移せないこと、
言葉に出せないこと、
心に思うことを書き綴っていた
ある人は私を柔らかく受け止め
ある人は私をまっすぐと受け止め
ある人は私を不快とし
ある人は私を応援したいたいと申し出
ある人は私を直視できないと言い
ある人は私に常に寄り添ってくれ
ある人は黙って去ってゆく
いつしかnoteは私の安らぎであり
リアルとのバランスをとる大切な場となった
◇
noterさんの中で
連絡をいただいたことがあるのは4人
私が連絡したことがあるのも3人
サシで会ったことがあるのは2人
(2人とも初対面で飲んでいるという笑)
ブロックした人は2人
フォロワーの方ものぞきにいくと
もう部屋にいない(活動していない)方も複数いる
どうしてらっしゃるかなあ、と思いを馳せる
問合せすればわかることだけど、しない
そういう関係性もよいものだと思う
冒頭に出てきた年上の方も、
記事は残っているけどもう長いこと活動されていない
様々な事情を察した彼女が
どうして私にそのような言葉を
かけ続けてくれていたのかわからないけど、
その方がよくメールで言ってくれていた
「うみちゃんがおじさんでもおばあちゃんでも
どこかの社長でも、うみちゃんが思ったことを
綴っていることを応援したい
人間は多面体だから、誰かから見えているのは
誰であってもほんの一部のこと」
と言ってくれていた
泣きながら返信し
メッセージを交わし続けていたことを
今も大切に覚えている
◇
最近、初期から交流のあったnoterさんが
休止宣言してリアルに戻っていった
アドレスを知っているけれど連絡をとっていない
彼女の美しさや足跡を
そのままにしておきたいとも思うし
連絡をとるのも無粋かなあと思ってしまうのだ
何度も見に行っては
そうだよね、休止ってそういうこと、と
小さく笑って戻る
寂しいんだなきっと私
ばかだねぇうみさんはって笑われそうだな笑
◇
うみさんの記事はまぶしすぎて
見ているのがつらくなることがあった、
と男性からも言われたことがある
ごめんなさいとも違うし
そっかぁ(._.)みたいな気持ちになったこともある
私自身も変わるし
周りの人たちも変わるから
それは置かれている立場だったり
家族や近い人の病気だったり
転職や別れ、出産、転居、
単に自分の見える世界が変わることだってある
だから変化し続けている中で
このnoteの中で
もう交わらないこともあるだろうし
また出会うこともあるだろうし
これからも長くお付き合いいただくこともあると思うのです
私は私でいることを大切にしたいし
いろんな見方があるのは
誰しも同じだろうなとも思います
みんながそれぞれいる世界の中で
本当の笑顔がすこしでも
増えればいいなと思うんだよね
こういうこと書くから
偽善ぽいとか言われるのかな
別に何書いたっていいじゃんね
おしまい