凡俗な人間の反逆

最近見た文書に「非難囂々」とあって
ぱっとみて私は読めませんでした。(ごうごう)

ワードの普及で「ワードのレベルが一律に一般的な漢字の使用レベル」になったと感じます

手書きの時にはめったに書かなかったであろう
魑魅魍魎
跋扈する
などという漢字が日常にあふれているように感じます

面白いことに教養の程度を問わずに使用されている、むしろ教養のある程度高い人は使用に制約的であるというか、
聖書も神話もラテン語も全く知らない人間が、例えばアニメやゲームの影響で、神話の登場人物の名前などを「かっこいい」と感じて使うように、
ワードが出してくるままに表記に用いている印象もあります。

漢字を書く力は今後ますます衰えていくかもしれませんが
漢字を読む力は逆に要求されて増していくのかもしれません。

音声入力の普及が、かつては一部の人の「特権」であった「口述筆記」を大衆化させます。
「平均的な人は人生において今日ほど多くの機会に恵まれたことはなかった」といったところ。
今はさほどでもなくてもそのうちもっと広がっていく可能性を感じます。

少し誇張されてはいますが
鉛筆を扱う身体能力が
キーボードを扱う身体能力にかわり
さらに
大衆はキーボードを扱う能力も失って
遅れて開発者も失う

手を使う能力が失われた後に
発話が残り、書く必要はないが、発話のために読める必要は残る。

人間の進化がまるで巻き戻されるようだったり
異なった形で再構築されるようにも感じます

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