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【オリジナル小説】その貴族傲慢につき(第1話)


【第1話 伯爵と指輪の行方】

ギルバート・グランヴィル。
ここ、英国の屋敷にて伯爵として身を置く。

容姿淡麗、知力にも、財力にも恵まれたそんな一人の青年は、この街では傲慢で、曲者変わり者と噂されていた。

そして、そんな彼の前には度々事件が舞い込んだ。

勿論、今朝も

バタバタと階段を忙しなく駆け上がる音が聞こえる。
かと思えば、勢いよく部屋の扉が開かれた。

『ギールー!!!ギルってばぁあ!!…あ!扉閉めないでーー!!』

『誰だコイツを中に招き入れたのは…ッ!!』

クリフ・ウォーカー。
ギルバートの旧友で、度々屋敷に厄介事を持ち込むトラブルメーカーだ。

『私に御座います、ギルバート様。』

『アシュリー!!』

扉の前で攻防を繰り広げる二人に、悪びれもなくメイドのアシュリー・フローレスが現れ口を挟む。

『クリフ様は、ギルバート様のご友人ですので。』

『何度も言うがコイツは只の疫病神だ!!!』

『そんな事言うなよぉギル〜〜。俺達親友だろぉ〜!』

『コラ、泣きつくな!縋るな!鼻汁をつけるな!!』

鬱陶しいとクリフを突き放すギルバートと、半べそをかきながらそれでも縋ろうとする彼の姿が痛ましい。

『なぁ〜、ギルー!そこをなんとか頼むよぉー!今回、俺は夫人の頼みを断れないんだ。』

『冗談ではない!何故私自らこのような面倒事に首を突っ込まなければならない!!!』

『知らん。他を当たれ!!』

『ギルしか頼れる人間がいないんだよぉぉ〜!!なぁなぁギルぅー!』

『喧しい!!…全く。何で毎度私がお前の尻拭いをしなくてはならない。』

眉間を引くつかせながら、クリフを睨みつけると、叱られた子犬の様な顔で見つめてくる。

『大体、何で私なんだ?!困っているのなら、ヤードにでも頼めば良いだろう!!』

『ましてや、こちらは警察でなければ探偵でもない。只の爵位を持った貴族だ。そんな私に頼み事など筋違いも良いところだ!』

机に片手をつきクリフを見下ろすギルバート。

クリフはゴクリと唾をのみ込んで、恐る恐る
言葉を吐いた。

『や、ヤードに頼むのは…大事すぎるというか。周りがビックリするだろうし…。』

『探偵を雇うお金だって、今の僕には無いこと…ギルだって分かってるだろう?』

モジモジとするクリフをよそに、ギルバートは朝刊に手を伸ばす。

『そ、それに!!相手がギルだから!ギルだったから!!俺も頼ろうって気持ちになったんだ!!…この問題だってきっと俺が想像も出来ないような方法で、ギルが解決へ導いてくれるってそう信じてる。』

『……勝手な事を』

『良いか?私はいくらお前に担がれようが、決して首を縦にふることはない。』

『何でわざわざこの私がお前の為に貴重な時間を割かねばならないんだ。』

『私にとって一分一秒も尊い。Time is Moneyという言葉はご存知か?』

『時間は有限なんだ。お前ごときにわざわざくれてやる時間等ない!以上だ!!帰れ!』

『そ、そんなぁ…見捨てないでくれよぉお……ギル〜〜、あ、アシュリーも何か言ってやってくれよぉぉ〜』

『なっ!!おいっ!!』

クリフは、最後の頼みの綱としてアシュリーに助けを求める。
すると、アシュリーは一瞬悩んだ素振りを見せ、次の瞬間口を開いた。

『ギルバート様は大船に乗ったつもりで私についてこいと仰せです。』

『待て、アシュリー。そんな事私は一言も言っていないぞ!おい!止まれ。まだやると言ってな…!!!』

『ギル〜!俺は、そう言ってくれるって信じていたよー!』

『馬鹿を言うなッ!!私は一言もやるなどと』

勢いよく抱き着いてくる旧友を前に、困惑して尚も抵抗を続けるギルバート。

アシュリーはそんなギルバートを横目で見つつ、恭しく一礼しながら再び言葉を紡いだ。

『ギルバート様は、こう仰せです。とっとと用件を告げろ。無駄に時間をロスしたくない…と。』

『アシュリー!!』

『あ!そうだよね。そうだったそうだった!まだ内容を告げてなかった!』

忘れていたとばかりに自身の手をうち鳴らして、本題に入ろうとするクリフ。

ギルバートは頭を掻きむしりながら、諦めたように項垂れた。

『やれやれ、私は喉が渇いた。用件があるのならこのティータイムの僅かな時間に留め給え。』

『あ!うん。ありがとうギル。』

『ギルバート様、紅茶のアールグレイをお持ちしました。』

『………では、本題にはいりたまえ。』

カップに口をつけたギルバートは、視線だけクリフに移すと、クリフは頷いてその口を開いた。

『夫人の指輪を探して欲しいんだ!!』

『指輪?』

『うん、ダイヤの結婚指輪なんだ。』

クリフは、懐から写真を取り出すとそれをギルバートへと手渡した。

『……お前の言ってる夫人っていうのは、シェリル・ハミルトン侯爵夫人のことか。あの貴族にしては型破りで変わり者の…』

『それ、君も負けてな…痛ッ!!』

『ふぅ。…で?夫人のこの薬指につけている指輪を探してると。』

『うん、そうだよ。昨日から見当たらないみたいで困っていたんだ。』

『昨日…。お前は夫人に借りを作ったと言っていたな?それがこれと関係があるのか?』

『あるよ!!……実は』

クリフは、仕事帰りに突然起きた不運について話し始めた。

『仕事帰り、徹夜と寝不足でフラフラだった俺は、夜道もぼんやりとしながら歩いてたんだ。』

『そしたら、対向側から自転車が突っ込んできて、びっくりした俺は尻もちをついて倒れたんだけど、その拍子に持っていた財布をテムズ川に落としちゃってさ…見事に文無しだよ。』

『その後、家に帰ろうにも鍵も財布の中でさ、帰れなくて連絡しようにも電話ボックスもお金がないと使えないしで途方に暮れていたんだ。』

『……何というか。アホだな。』

『うぅ…言わないで。』

『で、そんな時だったよ。通りかかった1台の車が側に突然止まって、中から侯爵夫人が出てきてさ俺を助けてくれたんだ。』

『ほぉ?それがお前が借りをつくったというハミルトン侯爵夫人か』

『そう!そうなんだ!!俺を拾ってくれただけじゃない。落ち着くまで宿も食事も与えてくれた命の恩人なんだよ!!』

『おいっ』

熱弁をふるい乗り出してくるクリフに仰け反りながら眉間にシワをよせるギルバート。

『俺は没落寸前の貴族だけど、男爵家の長男!!頂いた恩にはしっかりと報いたいんだ!!そうでなければ、いつまでたっても家なんて建て直せないよ!!』

真っ直ぐと揺るぎない強い眼差しを見て、ギルバートは、ハァと溜息をつくとアシュリーに目配せをした。

『ギルバート様。』

『あぁ。』

アシュリーがコートを構えると、そこに腕を通して支度する。

『え……と、ギル?』

『何をぼさっとしている。早く案内をしろ阿呆。』

『え!…てことはこの依頼引き受けてくれるのかい??』

『………早くしたまえ。時間が惜しい』

『!うん!!』

三人は屋敷から出ると、夫人宅へと足を運んだ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

『…ここか?』

『うん!俺がお世話になった侯爵夫人の家だよ。ちょっと待ってて!』

クリフが先に玄関を潜ると、夫人を呼びに行ってしまった。

『ギルバート様』

『何だ?アシュリーソワソワして』

『こちらのお屋敷を少し拝見してみても宜しいでしょうか??その…御庭がとても素晴らしく…』

『人の邸宅だ。あまり勝手をし過ぎるなよ。すまないがいいか?』

『!はい。それでは私共が屋敷の案内をさせていただきますグランヴィル伯爵』

『バトラーか。家の者が世話をかける。』

『いえ!とんでもない。お任せくださいませ。奥様は常日頃から自慢の庭を色んな人に見てほしいと仰っているので。』

『そうか。なら、お言葉に甘えさせて頂こう。アシュリー。』

『私の様なメイドが不躾なお願いを本当に申しわけ御座いません。』

『大丈夫ですよ、さぁ!こちらへ』

アシュリーは恭しく一礼すると、暫しギルバートから離れ屋敷の庭へと向かった。

『ギルぅー!!待たせたね!!』

『…来たか。』

『あれ?アシュリーは??』

『そこの庭の景色があまりに素晴らしかったらしいんでな。バトラーを連れて見に行ってしまったのだ。勝手な事をしてしまってすみません侯爵夫人。』

『あら、これはこれはグランヴィル伯爵!!私シェリル・ハミルトンと申しますわ。わざわざこの様な場所まで足を運んで下さってありがとう。…あ!庭は好きにご覧になって頂いて結構ですのでお気になさらず。』

『存じております。ハミルトン侯爵夫人。ギルバート・グランヴィルです。寛大な御心に感謝致します。』

手を差し出して軽く握手をするとすぐさま本題へと移った。

『……で、例の指輪ですが詳しく話を伺っても??』

『勿論ですわ!私に出来ることなら何でも』

『ありがとう御座います。』

『えぇと、指輪だったわね。…昨日から見当たらないのよ。ダイヤの指輪。夫に結婚指輪として頂いたものだったのだけど。』

『それは御心を痛めるのも無理もありません。それだけ大事にしていたものを無くされたのですから』

『えぇ。いつも肌身はなさずこの薬指につけていたのよ?』

『……他に何か変わったことはありませんでしたか??いつもと違う事をなさったとか』

『いつもと…違う事。』

夫人は暫く考える素振りを見せると、首をかしげ昨日の出来事を追うように記憶を辿った。

『朝、いつものように仕事の主人を見送って、その後は使用人達の掃除が終わるまで庭で愛犬のバロンと遊んでいたのだけれど、だいぶやんちゃをして、汚れてしまったから、私が洗ってあげようと思ってシャワールームに連れてったわね。』

『その後は、食事を軽く取ってきれていた茶葉を購入しに街へ出たわ。そこで気付いたのよね、指輪がないことに。』

『……なるほど。状況がわかりました』

ギルバートは、一瞬庭の方を見やると、夫人に視線を戻して閉じていた口を再び開いた。

『ハミルトン侯爵夫人。少し庭に行っても?』

『えぇ、勿論。どうぞ!グランヴィル伯爵好きに調べて下さい。』

『ご協力感謝致します。』

『ギル??何か分かったのかい?』

『あぁ、答えはもう目の前だ。答え合わせといこうじゃないか。』

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

ギルバートは、庭へと足を運ぶとそこであるものを見つけた。

『うふふ。また顔を舐めましたね?…貴方はとてもやんちゃさんなのですね。』

『あ、アシュリー??』

『…ここにいたか。』

クリフは犬と戯れるアシュリーを見つけてキョトンとしている。

『!ギルバート様。これは失礼致しました。少しこちらの庭を眺めていたら、こちらで飼われているゴールデンレトリバーに捕まってしまいまして。』

『こら、バロン。およしなさい、貴方ったらいっつも人を見つけると飛びかかるのだから。?また汚れてしまって…』

『ワン!!』

バロンと呼ばれた愛犬のゴールデンレトリバーは尻尾を振りながらこちらをじっと見つめている。

『探す手間が省けた。私は君を探していたのだ。』

『え?』

『どういうことです?』

『侯爵夫人の指輪の行方ですよ。』

ギルバートは、その場にしゃがみ込むと、バロンの体を探る。

『まぁまぁ!伯爵、バロンは見ての通り泥まみれですわ。せめてシャワーで綺麗にしてから』

『…それもそうですね。そのほうがハッキリする。』

夫人は、直ぐ様使用人を呼びつけるとバロンの身体を綺麗にするよう手配した。

『…で、伯爵は何故バロンを探していたのです?指輪の行方だとも言ってましたけれど。』

『答えは至ってシンプルですよハミルトン侯爵夫人。普段、夫人の愛犬のバロンは使用人に洗わせていますよね?』

『えぇ。服が汚れてしまうからと止められるのよ。私だってこれくらいできるというのに!!』

『ですが、昨日は違った。…夫人自らが愛犬のバロンを綺麗にした。…で間違いないですね?』

『えぇえぇ。そう、そうなのよ!一緒に遊んでいたら私もバロンも泥まみれになってしまって、急いでシャワールームに駆け込んだのよ。こんなところ使用人に見られたら小言でも貰ってしまうと思って。こっそりね?バロンを身綺麗にしてから私もシャワーを浴びたわ。…とはいっても、結局見つかって小言はもらったのだけど。』

『ありがとう御座います。もうそろそろですね。きっと使用人の方から指輪を渡されますよ。』

『ええ?どういう事??』

『奥様〜!!』

『あら、なぁに?今伯爵と話をして』

『愛犬のバロン様を洗っていたら、バロン様の毛に奥様の大事にされていた結婚指輪が絡まっていました!!』

『まぁ、なんて事!!』

『……ハミルトン侯爵夫人。貴方が愛犬であるバロンを洗っていた時、指輪をそのままつけていたのだとしたら、洗っている途中で、指から指輪が抜け、それがバロンの長いくせっ毛に引っかかってもおかしくないですよ。…でも、そうですね。』

『このままやんちゃを続けていたら、指輪は庭に埋まってたかもしれない。早期解決できて良かったですよ。』

『素晴らしい推理だったわ伯爵、あぁ…良かった。本当に良かったわ。明日は主人との結婚記念日だったの。指輪がないのでは悲しい1日になってしまうところだったわ。』

『それは、お役に立てて良かった。記念日が台無しにならずに済ましたね。』

『えぇ、貴方達のお陰よ。さぁ、中へ入ってお茶を御馳走するわ。いい茶葉が入ったの。』

『は、ハミルトン侯爵夫人!!あの、改めて俺を助けてくれてありがとう御座いました!!』

『?あら、ウォーカー男爵。気にしなくて良いのよ、困った時はお互い様と言うじゃない?それがこれよ。本当に助かったわ。貴方が居てくれて本当に良かったわ。』

『それに、貴方とバロン。なんだか似ていて放っておけなかったの。』

『え』

『フッ…お前は犬と同列と言うわけだ。そういえば、お前もバロン(男爵)だったな。』

『ちょちょちょ、ギル〜?!』

『さぁ、お茶にしましょ。』

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

その日、クリフの持ち込んできた依頼を無事果たしたギルバートは自分の屋敷へと戻ると
深い溜息をついた。

『………疲れた。』

『お疲れ様です。ギルバート様、お食事になさいますか?それともご入浴の方を先が宜しいでしょうか??』

『今はどちらもいらん。…少し休む。』

『かしこまりました。御用の際はこちらのベルをお鳴らし下さい。』

『あぁ。』

寝室へと移動すると、体を投げ出し仰向けに寝転がる。

『……嫌なものを思い出した。』

額に手を当てながら宙を見つめると、眉間にシワを寄せながら再び溜息をついた。

ハミルトン侯爵夫人との茶会の後、ふと何気ない会話をした。

そう、普通に聞いていれば何の違和感もない只の何気ない会話だった。

だが

ギルバートにとっては違った。

『グランヴィル伯爵』

『はい?どうしました夫人??』

『……その。……ダグラス様の事は残念でしたわね。』

『!』

『あんなに社交界では太陽の貴公子と呼ばれるくらい眩しい笑顔で明るく振る舞われていた御方が今は病床に伏せているだなんて。…信じられませんわ』

『あ…あぁ。そう…ですね。兄は周りを照らす光でしたからね。』

言葉に詰まる。

世間ではそう処理されたのだ。

『まぁ、でも。グランヴィル家はギルバート伯爵がいれば安泰ですわね!皆が期待してますのよ?』

都合のいいように飾り立てられる言葉。

『ははは。私は別に周りに期待される様な者では…。』

『まぁ!ご謙遜を。』

一方的に注がれる期待の眼差しに貼り付けた仮面。

『では、また。』

『えぇ。また。』

振り返ることなく踏み出した足は、止まることなく動き続け、やがて自身の屋敷へと辿りつくとギルバートはギリッと歯を食いしばった。

『ダグラス・グランヴィル…!』

自身の兄の名を口にしてうんざりとした顔を浮かべる。

気立ての良く、人々にも愛されていた自慢の兄だったその人は、ある時を境に消えてしまった。

消えたといっても、姿を消したのではなく
闇にのまれてしまったと言ったほうがイメージできるだろうか。

『……今日も悪夢か。』

ギルバートは、瞳を閉じると体全体の力を抜き、ベッドに身を委ねる。

『…兄さん。』

ぽつりと呟いた言葉は溶けるように消えていき、その夜、ギルバートは泥のように眠ったのだった。

To be continued………。

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※又不定期連載なのでご了承下さい。

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