父買う夜市
我が家は母ひとり子ひとりだから、ずっと父親が欲しかった。
運動会や授業参観、叱られた友人の愚痴すら羨ましかった。
だから、九つのとき、初めて行った夜市で沢山の父が売られているのを見たときは本当に嬉しかった。
脳が痺れる甘い煙と香具師のがなり声が漂う蝦蟇通りの夜市で、母に手を引かれながら露店を見て回った。父屋の前を過るとき、母は手の力を強め、足を速めた。
でも、檻の中のひとりと目が合ったとき、必ず自分の父にすると心に決めた。
それからは新聞配達から赤子の世話までして金を稼いだ。三年かけて父を買える額が貯まった日、帰える足で夜市に向かった。
父屋は透明女のストリップ小屋と蛇飴屋の間にある。偶に隣から逃げた蛇が父を噛むらしい。店主の女は父たちを脅かすため、わざとそこに居を構えたという。
女は片目が潰れていた。実の父に売り飛ばされ、年季が明けて、今度は父を売る側に回ったそうだ。
夜市に母を売る店はない。父がなくても子は生まれるが、母がいないと生まれないから需要が少ないらしい。
念願の父屋の朱の檻には変わらず沢山の父がいた。
胸板が厚く明るい笑顔の父は、太い腕で客の赤子を抱き上げていた。二年生の頃の担任に似ていた。
父や夫というより愛人然とした細腰の父は、行き交う男女に煙管の煙を吐きかけて微笑んだ。
優しそうなのも綺麗なのも山ほどいたが、買う父はもう決めていた。
父たちの顔を確かめては落胆と焦りで鼓動が早くなる。息を切らせて裏に回ったとき、一際大きく胸が鳴った。
あの日の父がいた。
唯一自分に媚びも笑いもせず、鋭く睨んだ父が。
ざんばらの短い髪と硬く黒い肌。白装束を纏い、檻の隅で正座する姿が斬首を待つ囚人のようだ。
父は顔を背けたまま言った。
「前も来たな」
覚えられていた。喜んで檻に駆け寄ると、父は低く重い声で拒んだ。
「今すぐ帰れ。お前の父に相応しい男はいない。ここにいるのは皆、子殺しの罪人だ」