TENET/テネットは肌より服の色を見た方が楽しいよ

TENET/テネットはめくるめく人類と人間の話なので、人種とかの問題を持ち込む見方は全然ないだろうなと思っていたんだけど、感想で案外そういうのを見かけたので思ったこと。


無粋の極みです。後で消すかも。


TENETの感想でこういったものを見た。
主人公には過去も仔細なプロフィールもなく全くの空虚な存在。
観客を没入するためだけの装置で、主体性のない彼が世界を救うために奔走してくれるのは、マジカルニグロみたいなもので、無神経に黒人を消費しているんじゃないか。
要約が間違っているかもしれないのが怖いけれど、だいたいこういう感じで、賛同も多かったように思う。


※マジカルニグロとは、主役じゃないけど憎まれない当たり障りのないポジションで、主人公をサポートしてくれる陽気な黒人枠のことで、嫌な言い方をすると、男女のどちらが言っても角が立つけど有益なアドバイスをさらっとくれるオネエタレントみたいなものでしょうか。

自分は真逆のことを感じたからすごく違和感を覚えた。感じ方はひとそれぞれだけど。


元々自分は、インセプションの渡辺謙なんかもそうだけど、 よくある映画なら白人男性を置きそうなとこに「この役者がいいから」で別の人種の俳優を置いてる感じがするのがフラットで好きだと思っていた。


ノーラン監督はステレオタイプとか偏見に無自覚なんじゃなく、ただでさえ難解な展開やプロットを最大限にすっきり楽しませるために、キャラクター自体の問題に持っていかれそうな突起の部分を削ぎ落として、人間ドラマ作ってるように感じる。

正直、TENETのビジュアルが公開されたとき、「あぁ、監督の作品で黒人主人公なのは初だなぁ。今のハリウッドの風潮なんだなぁ」と思ったことはある。

でも、実際に本編を観ていたら、主人公の人種は全く気にも留まらず、ただ映画のストーリーの面白さと、わずかにだけれど変わっていく主人公たちの心の動きが楽しかった。

何の恣意性もなくポンと生まれてくる現実の人間と違って、創作物として出した以上、キャラクターを始め作中の全ての要素に観客は意味を見出そうとすると思う。

本来マイノリティという属性を強調されがちな黒人主人公に何の意味も見出さず観られるなら、ひとりの役者としてフラットに見せる最大限の在り方じゃないかなと思った。


「黒人でも主人公になれる!友情に人種の垣根はない!」なんて声高に言わないし、実際そんな主張はこの物語で重要じゃない。
単純に物語に入り込むための透明な主人公で、尚且つ彼とニールだからこその友情として受け取れるように描かれているのは、逆に最もあるべき平等な視線じゃないか。

それに、ドラマティックな過去や動機はなくても、彼は決して空虚ではないと思った。

自分は任務のために死ねるのに同胞の死を悲しむ感情もあり、利用するため近づいたキャットを真剣に助けようと奔走したり、死への価値観も変わった。


世界と心中するセイターに「過去も未来も、人間は生きようと必死なだけ」と返せるのは、空虚なままの主人公だったら決してできなかったと思う。


強いて言えば、TENETの主人公は、ダンケルクの英国兵の呼称から名前を取った主人公のトミーとか謎の英国兵(キリアン・マーフィ)の系譜だと思う。

ダンケルク作戦の光の側面のトミーや陰の側面の英国兵など、歴史の一欠片の兵士の話から、過去と未来の狭間で、無名の人間がヒーローにも黒幕にもなり得る瞬間の話になったのが今作じゃないのかな。


ニールと主人公の役割が逆ならマジカルニグロという主張もまだわかるけど、この構図には当てはまらないと思った。


確かに主人公とニールは、ノーラン監督の常連、ディカプリオとジョセフ・ゴードン・レヴィットなどでも成り立つバディだ。

でも、白人ふたりで成り立つ話を黒人と白人でやって違和感なく成立しているのがこの映画のフラットなところだと思う。


冒頭で主人公が「アメリカ人」と呼ばれるのも、よくあるアメリカのアクション映画のただの主人公のひとりで、それ以上の意味はないと示すようにも思えた。


作中でその属性に触れられていないのに、黒人という部分に拘るのは、今まで通りに白人を使おうかと役の範囲を狭めることに繋がりそうだし、何よりひとりの役者としてのジョン・ディビッド・ワシントンに失礼じゃないかなと思う。

(正直自分を含めこのnoteを日本語で読んでくれてる大多数のひとは黄色人種で、ある意味被差別階級なわけだし、あんまり言うのもあれだが……)


ディカプリオで思い出した、アカデミー主演男優賞受賞時のスピードで彼が言った「肌の色なんて髪の長さくらいにどうでもいいこと」と言う通り、この映画では人種はその程度の意味だったと感じる。

その分、ギミックの根幹の順行と逆行が赤と青で細かく示されていたり、色彩にはすごく拘っているので、役者の肌の色より服の色に注目した方が数百倍楽しめるんじゃないかと思った。


最後のキャットの服とか息子のマックスのランドセルとか、ニールのシャツの色とかね。

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