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【逆噴射プラクティス】潜脳師

包帯の下で溶岩のように熱くたぎる赤い肌に触れた瞬間、湧き出した蛆虫たちが俺の指に縋った。

いつものように、幻覚だと思った。
閉店間際のスーパーマーケットで半額の弁当を取る老人の肘にぶつかった瞬間。大学生時代にゼミの飲み会で知らない女に手首を掴まれた瞬間。
こういうものを見た経験は何度もあった。

いつも通り、五感の情報に集中して脳から幻想を押し流す。感じたのは、頼りなげな細く柔らかい虫が肘を這い上る感触だった。
俺は咄嗟に蛆虫を払い退ける。真っ二つに潰れた虫の体液が糸を引いた。

俺は呼吸を整え、周囲を見回す。病室には消毒液の匂いと、隠しきれない血膿と肉が焦げる臭気が充満していた。
中央の白いベッドには全身を包帯で巻かれた男が横たわっていた。焼け爛れた喉に繋がる、痰を排出するチューブが黄色く濁って、辛うじて生きているのがわかった。

一歩後退ると、場違いなほど明るい笑い声が背中に降りかかった。
「本当に見えちまうんだ。可哀想だなあ」

背後に男が立っていた。
長い髪と派手な柄の黒いシャツ、一目でまともな社会人ではないとわかる。
この男はいつ入ってきた? 俺をここに連れてきた連中は病室の外で待機しているはずだ。第一、扉が開く音すらしなかった。

男は瀕死の重傷者を横目に煙草に火をつけた。
「共振症だっけ? 触った相手の深層心理に潜り込んで、心象風景を見ちまうっていう。地獄だよなあ」
流れてきた煙は何の匂いもしなかった。そこでやっと、この男が幻覚だと気づいた。
今まで見てきた中で、これほど自然に振る舞い、言葉を喋る幻覚は見たことがない。

「何だお前は……」
思わず口に出していた。男は笑ってベッドに横たわるミイラのような患者を指す。
「今あんたが見てるそいつだよ 」

男は咥え煙草で俺を見下ろした。
「あんたの人生が地獄でも、俺にとってあんたは天の使いだ。他人の精神を覗けるんだろ」
男は言った。
「俺をこんな風にした奴を見つけてくれよ」

***
逆噴射小説大賞2024のボツネタです。
今年は何とか二作品出したい。頑張ります。

#逆噴射プラクティス

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