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【逆噴射プラクティス】有臓無憎

これだけ刑務所で受刑者が死ぬなら、俺たちが逮捕する前に撃っちまっても同じじゃねえか。
飲みの席で噂を聞いたときは確かにそう笑い飛ばした。
だが、実際目の当たりにすると話は別だ。

「胸にはいが詰まってたんですよ」
後輩の赤城は無表情に言う。相変わらず刑事らしくない青白い顔だ。昔逮捕したシャブ中に似ていた。
「肺なら俺にもお前にも詰まったんだろ」
独房へ続く階段の黴くささと湿気に苛つきながら答えると、赤城はかぶりを振った。
「肺じゃなくて、遺灰の灰です」
「何?」

聞き返すより早く、空気が変わったのを感じた。
雨漏りだったびしょ濡れの床が最後の一段を境に乾き果てている。火葬場で今さっきジジイの死体を焼き尽くしたような、炎の匂いが絡んだ白い粉が漂っていた。
独房までの道のりは雪が降り積もったかのように白く、革靴の足跡が続いていた。

俺はひりつく喉の鳴らして唾を飲み込んだ。
「死んだのは?」
「外場建。連続婦女暴行殺人事件の死刑囚ですよ」
「あのクズか」
俺は平静を装って答える。目も舌も乾いて痛むほどだった。

「ここ二ヶ月で受刑者も刑事も併せて五人死んでる。呪いだって噂ですよ」
「刑事がオカルトを語るなよ」
「黒島先輩が常識を語る方が異常ですよ。呪いが本当なら次は俺たちの番かもしれません」
「お祓いでも行くか?」
「先月、署長が祈祷師を呼びましたが無駄でしたよ」

赤城は死人のような顔に微笑を浮かべた。
「黒島先輩、残念でしたね」
「外場を縛り首にできなくてか? 訳のわからん事件を押し付けられてか?」
「自分で殺せなくて」
俺は息を呑んだ。乾燥した顎が痛む。

「何の話だよ」
「外場は先輩の妹さんの事件の容疑者でしょう。証拠不十分で不起訴でしたが」
眼窩に灰が潜り込んで目玉が飛び出す錯覚を覚えた。何故、この男がそれを知ってる。

赤城は急に俺に近づいて耳打ちした。
「呪いが解けないなら移せばいいんです」
「何?」
「呪い殺してもいい奴を、探しませんか」

***
逆噴射小説大賞2024のボツネタです。
今年は何とか二作品出したい。頑張ります。

#逆噴射プラクティス


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