「フラッシュモブ」
標高の高い霧降る高原で、思い切り美しい景色を堪能して、
彼らはご機嫌だった。
日常を離れるとマンネリな夫婦も新鮮な空気を吸い、意気投合する
という奇跡に出会える事もある。
車中での会話も弾み、高原のペンションでの食事にも満足して
いたし、何よりまだ春浅いこの場所で趣味のバードウォチングを楽しみ、
ハイキング出来た事でリフレッシュ感は絶好調に思える二人だった。
いつもは喧嘩か空気の様に会話もなく、お互いの役割を時の流れと共に
過ごして来た。
頂上から森を抜ける道を走る車の中も、ダウンコートでは少し暑く感じる
頃だったろうか。
「あら、あそこにゴジュウカラの群れがいるわ」
妻が指さす方角には、観たこともない数のブルーグレーのゴジュウカラ達が道路に群れている。
「あまり観ない光景だよね、この数。」
「ええ、降りてみましょうか。こんなシーン中々写真で観たことないわ」
久しぶりの同意見。
カメラ片手に車を脇に止めて、車を降りた。
その時だった。
ゴジュウカラではない他の鳥の合図とも思える耳を突き抜ける鳴き声と
無数のシジュウカラが頭上に現れた。それと共に、ヤマガラ、エナガと
30羽単位で二人の周りで飛び回り始めた。
写真どころではない。羽ばたきと鳴き声が森中に響き、あれよあれよと言う間にその姿は消えた。
「最初の声、シジュウカラだったわよね」
「うん、次がヤマガラ、それからエナガが加わった!」
近年、シジュウカラにはいくつかの言語があることは解って来ていた。
しかし、その他のカラ類も同様に言葉を交わしていたその様子に唖然とした。
「ちょっと怖いくらいだったわね」
「ああ、写真どころじゃないさ」
狐につままれた様に二人は車に乗った。
思い思いに、まだ人類には知らない事が自然界には沢山あるのだと
実感していた。
渋滞に巻き込まれながら、家路へと急いで我が家にたどり着いたのだった。
玄関を開けると、留守番をしていた籠の中の番のカージナルが
会話していた。
「お帰りなさい。遅かったのね」
「ああ、仕事が終わらなくてね」
「またあの女性(ひと)のところね」。
fin