「薫香」
嵐の次の朝、波打ち際に流木を見つけた。
年を取った海女は、何時もの様に焚き火をする為、
その木を拾って燃やしながら冷えた身体を温めた。
幼い頃から海女一筋の彼女の身には冷たい海もそろそろ堪える。
火に当たりながら、今日の収穫物のサザエやアワビを片付けながら
いつになくぼんやりと幸福感に包まれていた。
起きたこともない、嬉しい出来事や憧れた人生があたかも
実際の出来事のように頭に浮かぶのだ。
ふっと夢から覚める様に焚き火の火を見つめると
煙が立ち上り、その中から今まで嗅いだ事のない良い香りが
辺りに立ちこめている。
産まれて初めて意味のない何かから解放されるこの幸福感はどうやらこの煙だったらしい。
この木はなんだろう?
辺りを見渡すと、同じ木がいくつか落ちている。
海女は拾い集めて家に持ち帰った。
それから毎朝、朝食を作る際の火起こしに少し使っていたが、
彼女はどんどん表情豊かになり、優しい顔つきになって行った。
海女として最年長の彼女は実際ぶっきらぼうだったし、同じ年頃の仲間も
年齢からの衰えで辞めて行く昨今だったが、別人のように温かい人柄の彼女に若い海女達もおっかなびっくり寄って来る様になった。
老海女は、この木の正体を知るためある朝、大山の仙人に会いに
山に登った。
やっとの思いで仙人に会うことが出来た彼女は、木を少しと今までの顛末を話すのだった。
この地域ではラスボスと呼べるこの仙人曰く、
これは、白檀だ。西洋へ輸出の際に嵐に会った船から落ちたのだろう。
大変高価な香木だと、仙人は巨視的に話すのだった。
それを聞いて帰った老海女は、まだ無いかと海岸で流木を拾い、
良い香りして幸せになれる蒔きとして売り出した。
彼女が最初に見つけた白檀の流木と後から拾った木は別物だった。
ペテン師として彼女は再び皆に相手にされなくなった。
その様子を見ていた仙人は、欲をかかなければあのまま幸せな
余生を送れたものを。とため息をつくのだった。
老海女は、多くの物を失った。
もう欲望も消え失せていた。
そして海女は、尼寺で余生を送った。
Fin
オリジナルストーリーNo.14