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「泡沫」

ブルー・ギガンティアの咲き誇る夜。
ガラスの天井を開けて、月の光を浴びて熱帯スイレンは輝いている。
生暖かい風の吹く中、その花々を見ながら、手を合わせて感謝を捧げる彼の姿はこの青い熱帯スイレンへのオマージュと呼べるのだろう。

このスイレンを育てる為に、潮の香りのする河岸に家を借り、池を作った。
元は漁師の住む家であったが、この辺の漁は今では廃れて来ていた。
会社員の彼は、アラフィフの敏腕で仕事の評判はすこぶる良く、自己肯定感は異常なほど高く、誇りに満ちていた。

そんな彼であったが、唯一と言って良い難があった。
女癖が悪かったのだ。社内の女性に手をつけては最後は放り出すのだが、
社内であるが故に女性達も泣き寝入りして辞めたりを繰り返していた。
そんな彼だが、最初で最後、本当に惚れた女性を新入社員の中に見つけた。
不思議な魅力を放つ彼女は、何故か他の女性のようには寄って来なかったし、取りつく島もなかった。

考え倦ねていると、なんと彼女の方からお声がかかる。
「熱帯スイレンを見せていただけませんか?」と。
狂喜乱舞で喜び、仕事帰りに彼女がやって来た。
ブルーの睡蓮の咲くプールの縁を歩く彼女の姿は、何とも美しく
この姿を見たら、さぞやあのモネでさえも羨ましいと思うだろうと
彼は悦に入っていた。

そんな時間の狭間で、彼女はふっと躓き、彼の手にしがみついて
二人ともプールに落ちた。
真っ白のブラウス胸元が水に透けて、思わず彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。両手で抱きしめるその腕をキラキラ光る透明で少し堅いものが遮った。と同時に彼女は水の中に消えてしまった。
大変だ。水には透明の何かが浮かんでいるし、おどおどする彼の足を誰かが引っ張った。
あはは。
彼女だ。ほっとする彼だがその時気がつくべきだった。
何故彼女は水から上がっているのだろうと。
上から笑いながら彼女は氷のようなものを彼の口の中に押し込んだ。
思わず飲み込んでしまった彼は、そのまま水の中で泡となり排水溝に吸い寄せられて海まで流されていた。
潮風の中から運命は変えられても宿命は変えられないの。
そんな声が聞こえた。

翌朝、漁師が珍しいものを網の中に見つけた。
「おーい、男の人魚がかかったみたいだぞっ」
彼が飲み込んだ物とは人魚の肉片だった。
人魚一族は、亡くなった後の亡骸を食べて不老長寿の生命を頂くのだ。

彼は今、博物館で丁寧に保管され展示されている。
老人の顔となって。

Fin

オリジナルストーリーNo.13

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