「宴」 #シロクマ文芸部
紫陽花を探す。ある夜大富豪の植物収集家から、幻の紫陽花とも言われる
「七段花」を探して欲しいとの依頼が、プラント・ハンターの彼のもとへ
舞い込んだ。
江戸時代後期にシーボルトだけが見た幻のヤマアジサイの変種である。
医師であるシーボルトは「日本植物誌」にその姿を残してはいるが、
実物は依然見つからずに、幻の紫陽花として名を馳せていた。
彼は長年の勘でだいたいの道筋をつけ、心当たりの深い森に入った。
森の中は過酷で、湿った土でドロドロになりながら、ぬるんだ岩に足を滑らせて転んだりした。
その時、地面を行列のようにカタツムリがゆっくりと動くのを見つめた。
カタツムリの行く先に目をやると、雨を除ける為の葉の上だった。
なんとその先端に色とりどりのヤマアジサイが咲いているではないか。
カタツムリはまさしく夢先案内人だ。
薄いピンク、淡いむらさき、藍色。
先進むと色を変えて行くその花こそ、七段花に違いない。
彼は確信した。装飾花も八重でシーボルトの特長とも一致する。
蒸し暑い森の中で拳を握った。
葉は細くその上品さは何とも美しくはっと息を飲む程だった。
それも多数咲いているのだからここは七段花の楽園とでも言おうか。
花たちは集って宴を催しているかの景色を前に彼は思う。
誰にも教えたくない。どうせ野次馬達がやって来てこの風情を台無しにするだろう。海外にでも広がろうものなら、この花は無くなってしまう。
生き延びる為に、様々に色を変えて来た。人生のように。
この花はここでひっそりと静かに上品に咲いているのが似合うのだ。
彼は決心した。
ひと株だけ持ち帰り、依頼主には場所は違う所を教えようと。
持ち帰った株を挿し木して大切に育てた。
あの場所は、まだ誰にも知られていない。
ほっと胸をなで下ろすある日のプラント・ハンターだった。
Fin
オリジナルストーリーNo.13
シロクマ文芸部/お遊び企画「紫陽花」
に参加させて頂きました。