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1984年 仏のお客様 14文

1984年 仏のお客様
「ありがとうございます。受注第一号で本当に感謝します。」はじめてパソコンを買っていただいたお客様にそうお礼を述べている。新卒で入社してパソコンの営業として大阪に赴任して半年、ようやく成約となった。同期では一番遅い契約獲得であったのではないだろうか。内心は落ち込んでいたがいつも明るく笑顔を欠かさず、お客様を訪問していた。
 ある旅行会社のN総務課長に可愛がられる。毎朝一番にその会社を訪問し、コーヒーをいただきながら総務課の女性社員とたわいもない会話を交わす。「最近開店したあのお好み焼きは海鮮が新鮮で絶品やなあ。」「今度、みんなで行かへんか。」私と部下を笑顔で見守るN総務課長は切れ者のキヤリアウーマンである。「御馳走様でーす。また明日美味しいコーヒーを飲みに来まーす。」2ヶ月間、とにかくコーヒーと雑談のみで楽しく通い詰めた。
 「あなたからパソコン買うわ」「ほんとですか。ありがとうございます。ところで何台ぐらいでしょうか。」N課長は笑い転げていた。当時、パソコンの価格は150万円であった。
 キッチン等の住宅設備機器のメーカーT社の工場のS課長は営業の話をほとんどしない私に「君はここに何しに来てるんや?」と問いかけた。「さあ、私もよくわからないのですが、御社は居心地がいいからでしょうか。」その一言がよかったのか、成約となった。
 NTTの前身の電電公社のN支社には半年間で50台以上買ってもらった。ここは足しげく通い意思決定者であるS支社長の考えと私の提案が運よく一致して成約に至った。その後も、お客様の会社を喫茶店代わりにして雑談モードに拍車がかかっていた。
 お客様には感謝しなければならない。ほとんどお客様のところへ遊びに行っているようなもので、営業という仕事が成り立っている。今から思えば、私はお客様にとって明るくおもしろい新入社員として映り「まあ買ってやるか」ぐらいのことだったのであろう。
 買っていただいてからも、もちろん喫茶店スタイルは変わらずそれがアフターフォローとなりリピートの商談も出てきて一時は左うちわとなった。そう長くは続かなかったが。
 営業職からスタッフ職となり、購買側の立場になって、私の購入する判断基準は、提案内容もさることながら、明るく楽しく私がイメージしていることを一緒になって考えてくれる、そんな人から買いたいと思っていた。
 あらためて新入社員の自分が天真爛漫な人間であったことを認識させてもらう。
セキュリティがしっかりしている今の時代であれば、警備員の方に捕らえられ、叩き出されているに違いない。お客様の社員よりも社員らしく勝手に仕事場まで入っていってお茶を飲んでいるのだから・・・・
40年以上前、お世話になった3人のお客様はすでに80歳から90歳ぐらいであろう。生きておられるであろうか? 今あらためて「本当にありがとうございます。可愛がっていただいて。」と当時いただいた古い名刺をみながら、その氏名をググってみるがヒットするはずもない。
少し、寂しさとそして嬉しさの間にある感情をかみしめている。
2024.8.10

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