金魚の発生学実験#11 体節形成期後半から咽頭胚期
1.導入
水生動物学研究室主宰の太田欽也です。今回も皆さんに金魚の発生学実験について解説してゆきます。前回の動画で、Segmentation Periodを説明しました。なので、今回はその続きをやっていきます。このNoteは私のYoutubeチャンネルの動画『金魚の発生学実験』のテキスト版です。動画を見終わった後で文字で確認したい方向けです。動画を見る前にテキストで内容を確認されたい方や、テキストの方が理解が早い方も参考にしてくださって結構です。しかし、動画の方が圧倒的に情報量が多いのそちらを先にご覧になられることを強くお勧めします。下記のリンクをクリックしていただけると動画をご覧いただけます(https://youtu.be/xX1uvxcL0wA)。また、前回の動画をご覧になられていない方は、概要欄にリンクを張っておきますので、そちらをご利用ください。それではやっていきましょう。
2. 咽頭胚
Segmentation periodの後半になると、体節の数が20を超えてまいります。そして、このステージよりもさらに進むと、Pharyngula period,
咽頭胚期になります。咽頭胚になっても体節の数は変化していきます。しかし、体節をStaging Indexに用いることがもはや現実的でありません。それは、動き始めた胚を顕微鏡で観察しながら、20以上の体節を数えるのが非常に困難だからです。なので、他のStaging Indexを用いてこの時期の発生段階を見分ける必要があります。
あと、ここまでくると、胚体が卵の中で丸まっています。そうなると、中の胚の様子が詳しく観察できません。なので、このステージから胚を観察するときは卵膜を取り除いて観察します。この方法については前回の動画で説明していますので、興味のある人はリンクをたどってみてください。
そして、金魚のStaging Indexについて話をするときに欠かせないのがゼブラフィッシュの胚発生の論文です。この論文のリンクも概要欄に貼っておきますから確認しておいてください。
この論文は1995年に発表されてから、非常にたくさんの研究者が引用している論文です。この段階ですでに精緻な発生段階表が観察しやすいStaging Indexに基づいて記述されています。そして、当然、咽頭胚期の発生段階を記述するためのStating Indexについてもちゃんと書かれています。
この論文によるとLateral Line Primodium、つまり、側線原基の後ろの末端の位置と体節の位置関係が咽頭胚期のStaging Indexにになるという記述があったのです。このStaging IndexにはPrimと名前が付けられています。しかし、困ったことに。この側線原基を金魚の胚から見つけることが非常に困難なのです。まず、普通の実体顕微鏡だとそうそう簡単に見つかりません。
そのうえ、この側線の細胞が何番目の体節まで発生してきているかを見極めないといけません。そうなると、高倍率で胚を観察し側線原基を見つけ、その位置の胚全体での位置関係も把握しなくてはなりません。そうなると、顕微鏡の倍率をしょっちゅう変えながら胚を観察することになりますので大変です。
実際のところ、このPrimというStaging Indexは、この論文が発表された1995年以降の後の研究を見てもあまり使われていないのです。たぶん、観察があまりに面倒なので誰も使わなかったのだと思い割れます。おそらく、皆、「側線原基とか普通の実体顕微鏡でみえん!」という問題にぶち当たったのだと思います。
こうした理由から、我々は独自に金魚の咽頭胚期の発生段階を記述するStaging Indexを設定することにしました。それは、Otic vesicle closure(OVC)
というStaging Indexです。
このStaging Indexでは、内耳の直径と内耳の前端から目の後端までの比率を用います。このStaging Indexを用いれば、目と内耳に焦点が合っている側面から撮影された胚体の写真があれば発生段階を記述することができます。
この時期の金魚は発生が進めば進むほど、内耳と目との距離が縮まり、同時に内耳の大きさも大きくなっていきます。なので、内耳の直径と内耳の前端から目の後端までの距離をはかり、これらを合わせた距離に対する内耳の直径の割合をパーセンテージで表すことで25%OVCや35%OVCといった形で発生段階を表すことができます。
ありがたいことに、このStaging Indexは使いやすかったのか、他の魚類の研究にも引用されています。なので、もし、皆さんの中で、発生段階がまだ詳しく記録されていない魚類の発生段階表を作られたい方はぜひ参考にしてみてください。これもリンクを張っておきます。
さて、このOtic vesicle closureをStaging Indexとして用いることで咽頭胚の発生段階を記述できるようになりました。なので、異なる発生段階の咽頭胚期の特徴を見てゆきましょう。
まずは25%OVC stageの胚です。体幹は全体的に透明な感じがしますが、目には明らかに黒い色素が見られます。また、Pectoral fin bud、つまり、胸鰭ができる部分が飛び出してきています。そして、Pectoral fin budと内耳の間にも黒い色素が現れています。そして、尾の部分を見るとFin foldができてきているのがわかります。正中線上にできる膜のことです。
さらに発生が進んだ35%OVC stageの胚も見てゆきましょう。今までは胚が頭を深く下げてお辞儀をしていたような感じですが、頭が少しずつ起き上がってきているように見えます。そして、内耳と目の距離が少し縮まりました。黒色素も明らかに濃くなっています。たしかに、いままで、明らかでなかった体幹の脊索付近にも黒い色素が見て取れます。
そして60%OVC stageの胚です。先ほどに比べてさらに内耳が目に近づいているように見えます。黒色素も明らかに体全体で濃くなっています。そして、先ほどまではそれほど明らかでなかったFin Foldの面積が増えていることがわかります。これらの画像では観察のために卵膜を除去した胚を用いています。しかし、本当であればこれらの胚は卵の中にいます。つまり、卵の中にいる段階から泳ぐためのFin Foldを準備しているのです。
さらに発生がググっと進んで65%OVC stageです。さらに頭が起き上がっているような風に見えます。黒色素もさらに濃くなっています。そして、Pectral Fin budもさらに明らかになっています。尾の先端部も詳しく見てみると、将来、尾鰭の骨格が出来るあたりの黒色素の分布がほかの部位と違うことが見て取れます。この段階になると体のあちこちで黒色素が見えてきますが、この部分はあまり黒くならないのです。
あと、この段階になると咽頭がよくわかるようになってきます。60-65%OVCのこれらの写真から何となく口になる部分がわかるかと思います。さらに詳しく見るために60%OVCの胚の組織切片像も見てゆきましょう。これらは金魚の胚をTransverse 面、つまり、この面、で切った組織切片像です。
あっ、そうそう、忘れていました。こういった組織切片の断面の呼び方についてあまり詳しく説明してきませんでした。今回の動画では組織切片の横に胚の写真を準備していますのでそちらをご参考いただければどこを切っているのかがお分かりいただけると思います。
でも、もし、TransverseやSagittalやHorizontalと言った、断面の呼び方に興味のある方は、一応、簡単な紹介動画も作っておりますので、興味のある人はそちらをご覧ください。
さて、組織切片の説明に戻ります。咽頭、内耳、後脳が見て取れます。目もしっかりしたレンズだけでなく複数の層ができており、先ほどの眼の黒色素が網膜にできていことがわかります。体幹部の神経管や脊索の両側に体節から分化した筋節が見て取れます。水平面で切った組織切片像を見てください。そうすると、しっかりと筋繊維が見て取れます。前回見ていただいたSomiteステージの体節とは様相が異なっていることがわかります。
Transverse面で切った組織切片像をさらに見てゆきます。尾っぽあたりのFin foldを見てみましょう。体の正中線上に上皮性の細胞がFin Foldを作っていることが見ていただけます。胸鰭の原基と比べていただくとわかるのですが、同じ鰭が出来てくるところでも、全然違うことがお分かりいただけるかと思います。このFin foldが非常に薄い上皮性細胞の集まりからなる膜がからできているのに対して、胸鰭の原基は中に間葉性の細胞がたくさんつまっていることがわかります。
また、この段階では卵黄がまだ残っていますが、消化器系が出来つつあることがわかります。まだ、卵膜の中にとどまっているこれらの胚ですが、これから外へと孵化してゆく準備を確実に進めているのです。
3. 孵化期
さて、ここまでやってくると、いよいよ胚は孵化し始めます。この、孵化器の金魚の胚は3段階に分けることができます。Long pec, Pec finそしてProtruding Mouthと呼ばれるステージです。これらの内Long PecとPec finは胸鰭の形状に基づいて分けられます。そして、Protoruding Mouthステージは頭部の形状によりほかのステージと区別することができます。では、もう少し詳しく見てゆきましょう。
胚の胸鰭は透明なので側面からみると形状がすこし、わかりづらいです。なので、背側から見ることにします。そうすると、違いがよくわかります。こちらがLong Pec、そして、コチラがPec finとなります。そして、Protruding mouth stageの胚は口が前向きに開いています。そして、心臓も喉の下に収まっている感じです。
心臓が喉の下に収まっていると聞くと非常に不思議な感じがします。これは頭と肩や胸や腕の位置関係が魚と人間とで著しく異なるからなのです。あと、これらのいずれの段階においても卵黄がまだ残っています。このProdruding mouth stageの金魚もそうです。なので、これらのいずれの段階で孵化したとしても、しばらくの間は卵黄を消費しながら生きていけます。 この孵化期の胚も卵膜に収まっている状態だと、このようにはっきりと胚の体全体を見ることはできません。なので、これらの写真はいずれも卵膜を取り除いたものです。
しかし、今までの時期の胚と違うのは、この時期はいつ孵化してもおかしくない時期なのです。なので、たとえ、口がしっかり出来上がっていない状態のPec fin stageでもProdruding mouth stageでも卵膜を破って外の世界に出ることができます。たしかに、彼らの尾っぽにあるFin foldを見ればわかる通り、上手ではなくてもこのステージになった胚は水の中を泳ぐことができるのです。
そして、この時期の胚は卵膜を溶かす孵化酵素を分泌して卵膜を溶かし始めます。そして、体を動かすこともできます。なので、こうした複数の要因で孵化するタイミングが決まるのです。そして、卵膜を破って外に出た個体は胚(Embryo)とは呼ばれず、仔魚(Larvae)と呼ばれます。
4:胚と仔魚の違い
ちょっと、この孵化期の胚の説明を聞いていただいて疑問に持たれた方もおられるかと思います。「胚と仔魚の定義ってそんなんでええの?」と思われた方もいるかと思いますし、「結構、ええかげんやなあ」と思われた方もおられるでしょう。では、ちょっとここで、よい機会なので、胚と仔魚の違いについて考えながら、発生期間、発生段階、そして、それらの呼び方の恣意的な関係について考えてみましょう。
私たちの論文でもゼブラフィッシュの論文でも、胚と仔魚を卵膜の中にある時期と、卵膜を破って外に出た時期とで分けています。では、ここで登場したLong pecやPec fins、Prodruding mouth stageは胚の発生段階を表しているのでしょうか?それとも仔魚の段階を表しているのでしょうか?
これはどちらも表していると言えます。例えば、Pec fin stageの個体が卵膜にとどまっているのであればその個体は胚の段階にあると言えます。しかし、いったん卵膜を破って外に泳ぎだすとその個体はPec fin stageの仔魚ということができます。
つまり、卵膜の中にとどまっている段階を胚とし、外に出た後を仔魚と呼ぶのは人間がそう決めているからなので。そして、先ほども言いました通り、胚が卵膜を破って出ていくタイミングは孵化酵素や、その他の複数の要因に決まっています。さらに、孵化酵素は、周囲の卵膜にも影響を及ぼします。そうなってくると、胚の密度も孵化の時期に関わってくるわけです。
実際に、孵化のタイミングは中の胚の発生段階に完全に一致していまっせん。なので、Long pec, Pec finそしてProdruding mouthのこれらのいずれの時期であったとしても孵化できるので、孵化期としてまとめられているのです。
つまり、発生段階表やStaging Indexというものはあくまでも人間の視覚認識によるものなのです。ただし、この視覚認識に基づく発生段階や発生段階表が果たして人間の頭の中だけにあるものなのかどうかについては、まだまだ、わかっていないところがたくさんあります。
こういう胚の見た目の形とその見た目を作り出す分子発生メカニズムが進化の過程でどのように成立してきたのかについては、わかっていないことがたくさんあります。進化生物学はこうした問題を扱う研究分野です。この進化発生学についてはまた後々、別の動画で説明する機会があるかと思います。
5:胚発生段階表のみかた
さて、これで胚発生段階については一通り話しました。おそらく、この動画を今までご覧になられた方はかなり金魚の胚発生の段階に詳しくなられたかと思います。なので、もし、金魚の胚を見ることになったとしても、こちらの発生段階表を参考にしていただくと、見ている胚が受精したてのはいなのか、今日明日にも孵化しそうな胚なのかを言い当てることができるはずです。でも、そもそも、この発生段階表の見方がよくわからないと困ってしまうので、ちょっと、簡単に説明しておきます。
この発生段階表は24度の水温下に受精卵を置いた場合、何時間経ったらどのステージになるかを表しています。hpfはHours post fertilization、つまり受精後時間の略です。そして、その時間を4hpfや0.4hpfと表しています。4hpfはそのまま4時間で、0.4hpfはちょっとややこしいのですが、1時間=60分として、60分に0.4をかけてください。そうすると24分となります。
そして、hpfの左にはそれぞれのピリオドとステージの名前を示しています。逆に右にはそれぞれの段階の細かな記述ですね。いままでの一連の動画をみていただいていれば、それぞれのPeriodの特徴をだいたい把握されているはずです。そうなると、コチラの細かい説明に関してもイメージしやすいかと思います。このそれぞれのピリオドのイメージが確かだと、見ている胚が24度の水温の中であれば、あと何時間後に孵化するかを予測できます。
たとえば、コチラの胚。この映像は顕微鏡ではなくてマクロレンズ付きのデジタルカメラで撮影したものです。それほど倍率は高くありませんが、大体ステージを当てることができるはずです。
ちょっと、詳しく見てみましょう。これらの胚には、目もありませんし、黒い色素もありません。なので、咽頭胚期でもなければ孵化期でもありません。体節も見当たりません。そして、コチラが卵黄でコチラが胚盤ということもわかります。しかも、胚盤が卵黄を覆うような形もしておりません。胚盤が卵黄に乗っかるような形をしております。なので、Blastula periodであることがわかります。そうなると、室温においておけば、今日明日にいきなり孵化することは無いでしょう。おそらく、これらの胚は3日後ぐらいに孵化すると予想されます。
6:次回予告
今回は金魚の胚発生について説明しましたが、この知識は金魚に近いコイ科の魚であれば広く応用できます。なので、もし、池や川で魚の卵を見つけることがあったら、大体どの時期の胚発生段階なのかがわかるはずです。ぜひ、今回学ばれた知識を役立ててみてください。
はい、これで胚の発生段階については説明が終わりました。なので、次は孵化した後の孵化仔魚から稚魚、成魚のかけての発生段階表について説明していきます。お楽しみに。それではまた。
文献:
Kimmel, C B, C B Kimmel, W W Ballard, W W Ballard, S R Kimmel, S R Kimmel, B Ullmann, B Ullmann, T F Schilling, and T F Schilling. “Stages of Embryonic Development of the Zebrafish.” Developmental Dynamics : An Official Publication of the American Association of Anatomists 203, no. 3 (1995): 253–310. https://doi.org/10.1002/aja.1002030302.
Tsai, H.-Y., Chang, M., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2013), Embryonic development of goldfish (Carassius auratus): A model for the study of evolutionary change in developmental mechanisms by artificial selection. Dev. Dyn., 242: 1262-1283. https://doi.org/10.1002/dvdy.24022
Li, I.-J., Lee, S.-H., Abe, G. and Ota, K.G. (2019), Embryonic and postembryonic development of the ornamental twin-tail goldfish. Dev Dyn, 248: 251-283. https://doi.org/10.1002/dvdy.15
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