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背びれのない金魚ができるまで:『何々のための遺伝子』のような説明には無理がある解説など。

はじめに:

皆さんこんにちは。水生動物学研究室主宰の太田欽也です。こんかいはこの金魚にまつわるお話をしてゆきたいと思います。このnoteはYouTube動画版「背びれのない金魚をどう作るか?」の台本がもとになっております。動画を見る前に内容を文章で確認されたい方や動画よりも文章のほうが理解が早いというなどは参考にしてみてください。しかし、動画のほうが圧倒的に情報量が多いので、まずは動画をご覧になられることをお勧めします。以下の画像をクリックされるか、こちらのリンク(https://youtu.be/m_MFQVKKql4
から動画をご覧いただけます。それではやっていきましょう。

 この金魚はランチュウという品種です。尾びれが二つに分かれていて背びれがありません。一般的に、動物の姿かたちが大きく変わるためには途方もなく長い時間を要します。しかし、金魚は非常に短い時間でこのように姿かたちを変えてきたことが知られています。このような劇的な姿かたちの変化が起きた背景には、むかしの育種家や愛好家、つまり、金魚のブリーダーたちの努力と、金魚自体が持っている生物学的な特性がかかわっていると考えられます。
 今回の動画では、序盤で、どのようにして、昔のブリーダーがこのような品種を短期間で作出することに成功したのかについてお話します。2022年に我々の研究室でなされた研究の成果をもとに、遺伝子の変異と姿かたちの変異の関係に注目しながら考察してゆきたいと思います。そして、その研究結果を補足するために、中盤に遺伝子の名前や「何々のための遺伝子」という説明にまつわる問題について考えてゆきたいと思います。そして、終盤では、それらの説明を踏まえた、ランチュウの研究を通じて自分なりに考えたことを説明します。では、ランチュウの背びれと尾びれの説明から始めていきます。

金魚の尾鰭と背びれの変異

さて、このランチュウという金魚。尾びれが二つに割れていて、背びれがないわけです。つまり、体の異なる二つの部位に形態的な変異が見られることになります。もし、皆さんがこうした金魚を最速で作りたい場合どのようにしますか?
 まず、考えられるのは、尾びれが分かれている品種と、尾びれが分かれていないけれども背びれがない品種を探してきてかけ合わせる。このような方法です。でも、尾びれが割れていなくて背びれがない金魚の品種というのは私の知る限りいないようなのです。
 そうなると、尾びれが分かれている品種をずっと飼い続けて背びれがなくなている突然変異を引き起こした金魚が出てくるのを待つ。こういう方法が考えられます。でも、この方法は時間がひたすらにかかってしまいますよね。
 ひょっとしたら、昔の人は本当に根気よく待ったのかもしれません。そして、たまたまラッキーだったので、こういう変異を見つけられたのかもしれません。しかし、ほかの可能性は考えられないでしょうか?何かブリーダーにとって都合のいい特徴が金魚に備わっていた可能性はないでしょうか?
 この点についてもうちょっと深く考えてみたかったので、実験をしてみました。私たちの研究室で飼っている、ランチュウと普通の金魚、いわゆる一つ尾の和金、をかけ合わせる。そして、このかけ合わせで得られた親世代の金魚をさらにかけ合わせてえられた孫世代の、背びれの形と尾びれの形。さらに、尾びれの形にかかわる遺伝子について調べました。つまり、遺伝学的なかけ合わせの実験を行ったのです。
 その結果、どうも、尾びれを二つに分かれさせる遺伝子が背びれを無くす遺伝子と深く関係をしていることがわかりました。尾びれが二つに分かれた金魚は父親母親両方から尾びれを二つに分ける対立遺伝子を受け継いでいることがわかっています。そして、どうも、この尾びれを二つに分ける対立遺伝子を父親母親の両方から受け継いでいないと、ランチュウのような形になるのが難しいようなのです。

対立遺伝子座

さて、ここで、私は対立遺伝子という言葉を突然使いました。これは、後々の混乱を避けるために使ったのです。そもそも、遺伝子という言葉がいろんな意味を含んでいるので遺伝子という言葉だけで説明を進めるのは無理があると考えたからです。なので、対立遺伝子という言葉を用いました。では、この言葉について、ちょっと、簡単に説明します。
 例としてABO式の血液型について考えていただけるとよろしいかと思います。ちょっと、ググっていただくと、次のような説明にヒットするかと思います。「血液型を決定する対立遺伝子はA、B、Oの3種類が存在する」みたいな説明です。しかし、ちょっと不思議ですよね。考えてみてください。A、B、Oと3つの役者しか出てこないのに何で、AB型の人がいるのでしょうか?この理由は、金魚も人間も雄雌に分かれた生き物は、両親から遺伝子を受け継ぐからです。
 父親と母親の同じ染色体の同じ場所に位置する遺伝子が全く同じ場合もありますが、違う場合もあります。このように違う場合、単に遺伝子ではなく対立遺伝子という言葉を使うことで混乱を避けることができます。つまり、同じ遺伝子のバリエーションにA対立遺伝子やB対立遺伝子と違う名前を付けて分けるわけです。そうすると、AB型を説明する場合、両親からAとBの異なる対立遺伝子を受け継いだと説明するとうまく説明できます。ちなみに、英語だと遺伝子をGene、対立遺伝子をAlleleと呼び、遺伝子座、つまり、特定の遺伝子や対立遺伝子がある特定の染色体の場所をLocusと呼びます。日本語だとすべてに遺伝子という言葉が含まれていますが、英語だと全然違う名前で呼ばれている、ことを覚えておくといいことがあるかもしれません。

金魚の尾びれと背びれと対立遺伝子

 さて、説明が長くなってしまいましたが、この対立遺伝子ということばを今回の金魚の場合にあてはめて、説明を続けてゆきます。金魚の場合、尾びれが分かれるかどうかはchdA(コーディン)あるいはchdSという遺伝子が関与していることが知られています。この遺伝子には一つの尾びれを作る野生型対立遺伝子と二つに分かれた尾びれを作る変異型対立遺伝子があることが知られています。
 ちなみに、この野生型と変異型のchd対立遺伝子は、その変異の位置からchdAwtやchdAE127X、あるいはchdSwtやchdSE127X対立遺伝子と呼ばれています。これらの名前の付け方や名前の移り変わりについてはのちに詳しく説明しますが、ここでは単に野生型や変異型の対立遺伝子、あるいはChordin野生型やChordin変異型対立遺伝子と呼ぶことにします。
 そして、尾びれが分かれた金魚はこの変異型対立遺伝子を雄雌両方から受け継いでいることが知られています。つまり、chordinAの野生型の対立遺伝子を持っていないのです。この研究結果は2014年の我々の研究室から発表された論文に詳しく書かれているので興味がある人は概要欄をご覧ください。
 そして、今回の焦点となっている背びれについてです。我々のランチュウの研究結果から、どうも、野生型のchd対立遺伝子を持っていると、ほとんどの個体で背びれに変異が見られないのです。別の言い方をするとランチュウのように背びれがない金魚は必ずと言っていいほど変異型対立遺伝子を両親から受け継いでいるのです。この結果から、どうやら、尾びれをひとつにする野生型対立遺伝子があると、普通に背びれができてきてしまうと考えられます。
 さらに詳しく調べるために、遺伝的なかけ合わせの実験だけでなく、背びれがないランチュウから取れた受精卵に、尾びれをひとつにする野生型対立遺伝子から得られたmRNAを注入する実験も行いました。詳しい説明は省きますが、つまりは、野生型対立遺伝子を持たない受精卵に野生型対立遺伝子を足してあげる実験を行ったのです。そうすると、何もしないランチュウの受精卵の多くからは背びれを持たない金魚が生まれてきたのに対して野生型対立遺伝子を注入された受精卵からは、多くの背びれを持った金魚が生まれてきました。

何が起きた?

この、私たちが行った実験の結果から、野生型対立遺伝子があると背びれがなくなるような金魚があまり出てこない。この点は確かなようです。では、この事実をもとに、もうすこし少し考えてみましょう。ブリーダーと金魚との間に何が起きたのでしょうか?まず、金魚の中にはchdの変異型対立遺伝子を持っている個体と、おそらくchd以外の遺伝子で、背びれを作るのにかかわっている遺伝子に変異が起きた個体。つまり、背びれを無くす遺伝子を持った金魚がいたと考えられます。
 しかし、昔のブリーダーはこれらの遺伝子の変異を直接目に見ることはできません。そもそも、遺伝子という言葉も概念も当時はなかったはずなので、ただ、ひたすらに、自分の気に入った形の金魚を探すことになります。そして、両親から尾びれが二つに分かれる変異型chd対立遺伝子を受け継いだ個体はこのような二つに分かれた尾びれを持った金魚になります。一方、背びれを無くす遺伝子は尾びれが一つになる野生型のchd対立遺伝子がある状態ではうまく働くことができません。
 つまり、この背びれを無くすことのできる遺伝子は、野生型chd対立遺伝子のせいでほとんどの金魚の中で何もせずボーっとしていたということになります。この何もせずボーっとしている遺伝子というと変なたとえです。しかし、これは後々、大事になってまいります。つまりは、いいことも悪いこともしないので、だれの目に留まることもなく、なんとなく飼われている金魚のうち、複数の個体に背びれを無くす遺伝子がもたれていることが想像できます。
 そうすると、尾びれが二つに分かれる変異型対立遺伝子を片親から受け継いでいる個体にも、そうでない個体にも、潜在的に背びれがなくなる遺伝的変異がもたれていることになります。前にも述べた通り、尾びれをひとつにする野生型対立遺伝子がない状態で背びれを無くす遺伝子が働き始めると考えられます。そして、背びれを無くす遺伝子はすでに複数の金魚の持たれています。
 そうかんがえると、ブリーダーは、尾びれが二つに分かれた金魚を飼っていると、長い時間を待つことなく、自分の飼っている金魚の中から、何匹かの背びれの形に変異が入った金魚を目にした。そうしたことが起きても不思議ではありません。
 もうちょっと、詳しく説明しておいたほうがいい点を補足しながら解説を続けます。金魚の背びれの形の変異はあるかないかの二者択一ではなく「ちょっと背びれがなくなっている個体」とか「かなり背びれがなくなっている個体」など中間的な形を表す金魚もいます。なので、ブリーダーは尾びれが二つに分かれていて、背びれが少し消えている個体、かなり消えている個体、ほとんどなくなっている個体など、さまざまな変異を見たことでしょう。
 たとえ、すこし、背びれの一部がのこっていたとしても、このように、変異がいったん目に見え始めるとあとは人為選択の力でランチュウのような背びれのない品種を作り出せるようになります。つまり、背びれが消える遺伝子が密かに複数の金魚の間に広まっていてくれていたおかげで、ブリーダーたちは尾びれが二つに分かれた金魚を選択すると同時に背びれに何らかの変異が入った金魚も何匹か見つけることができたと考えられます。そう考えると、あくまでも仮説ですが、ランチュウのような背びれと尾びれの両方に変異の入った金魚の品種を非常に短期間で作り出すことができたであろう想像できます。
 ここでのべた仮説は、2022年に発表された私たちの論文に詳しく書かれています。もし、もっと知りたい方はこの論文のリンクを概要欄に貼っておきますのでご参考ください。

何々のための遺伝子?

ここからは、この動画の中盤になります。2022年にこの論文を発表した後に、遺伝子の名前の付け方についていろいろと考える機会がありました。なので、自分が感じた遺伝子の名前の付け方のまつわる問題について話します。ここからは、なかり込み入った内容になってまいりますが、今回の動画の大事な部分になっています。なので、興味のある方はぜひ、続きをご覧ください。まず、序盤で登場したchd遺伝子の名前のバリエーションについてです。この動画ではchd遺伝子やchdA遺伝子、そしてchdS遺伝子。さらにchdAwtやchdAE127Xなど様々な呼び方でこの遺伝子を呼んでまいりました。ちょっとややこしいですよね。
 たしかに遺伝子の呼び方はいろいろとややこしいことがあるのです。それにはいくつか理由があります。まず、一つは発見の順番によります。遺伝子に限らず、変異体なり有機化合物なり、特定の何かを発見したとき、その発見者がそのものに名前を付けていく場合が多いわけです。しかし、発見した研究者自身が、最初から、のちのち似たようなものが見つかることを考えて体系的に名前を付ける方法を思いつくのはかなり難しいようなのです。
 なので、あとあと、何が発見されるかをあまり考えずにいろんな物質に名前を付けてしまう場合があります。たとえば、身近な例だと、ビタミンの名前などがその例にあたると思います。ビタミンがA,B,C、そしてZまできれいに発見された順に名前が付けられているとわかりやすいのですが、ビタミンB1,B2などアルファベットの後ろに番号がついていて、ビタミンの素人の私からすると、どのビタミンがどういう順序で発見されたのだかよくわからなくなってしまいます。
 それと同じように、chdA遺伝子やchdS遺伝子という呼び名もあとあとからいろいろと変わってきたためにこういう呼び方のバリエーションが生まれてきたのです。同じ遺伝子に二つ名前がつけられているのです。2014年に私たちが金魚を研究した際に、一つの金魚の個体から明らかに違う2つのchd遺伝子が発見されました。そして、発見の順番に従ってそれぞれchdAとchdBと名前を付けたのです。
 この時にすでに、金魚の染色体の数が、ほかの近しい魚類よりも多いことがわかっていたので、この生き物の系統ではすべての染色体が倍になるゲノムの重複が起きていたのであろうと考えられていました。なので、これら二つのchd遺伝子は別々の染色体に位置している、似ているけども共通祖先で分かれた遺伝子であろうと考えてchdAとchdBと呼ぶことにしました。そして、chdAに変異型の対立遺伝子が見られたので、野生型のchdAと区別するために変異型のchdA対立遺伝子をchdAE127Xと名前を付けたのです。
 しかし、のちに我々の研究グループとは違う別のグループが金魚や、金魚に近い鯉で詳しくゲノム配列を決定するようになります。そうなると、いろいろとわかってまいります。まず、金魚や鯉の共通祖先で交雑が起き、その結果、すべての染色体が倍加したことがわかってきました。これは、先に述べた私たちの発見に合致しています。つまり、chdAやchdBという似ているけれども違う遺伝子が生じた。これは正しいわけです。しかし、鯉の染色体やゲノムに名前を付けるときに、倍加した染色体をA subgenomeやB subgenome用語を使いて区別し、その呼び方に基づいて遺伝子に名前を付けるようになります。一方、ほかのグループでは、染色体の大きさからS グループの染色体やLグループの染色体という言葉を用いて遺伝子に名前を付けるようになります。そうなってくると、後になって、いろいろと不便なことに気づくわけです。例えば「私たちがchdAと名付けた遺伝子と同じ遺伝子は、鯉の仲間ではどうやらsubgenomeBの上に存在し、そして、金魚ではこのchdA遺伝子はSグループの染色体上に位置している」みたいな事例です。なので、後から遺伝子の呼び方が変わる場合がよく出てまいります。じっさい、私たちの論文でも2014年でchdAと呼んでいた遺伝子をchdSと呼んでいます。このような発見の順序からくる遺伝子の命名の混乱は、私たちのChd遺伝子以外にも、さまざまな例があります。そして、それだけでなく、「何々という遺伝子は何々をするための遺伝子だ」という人間が意識する遺伝子の機能も、状況を複雑にしています。
 引き続き、このchd遺伝子について考えてみます。この遺伝子は、金魚にだけある遺伝子でしょうか?じっさい、この遺伝子は脊椎動物であれば、人間だろうが、猫だろうが、犬だろうが、ニワトリだろうが、トカゲだろう、カエルだろうが、どのような種にも持たれています。
 そうなってくると、今まで金魚の野生型のchd対立遺伝子にあてはめていた説明がほかの生き物に直接当てはまるかというと、ちょっと、無理が出てくるのです。たとえば、人間やカエルって、大人の姿をみるかぎり、尾びれも尻尾も生えてないですよね。そうなると、「コーディン遺伝子はすべての脊椎動物にもたれていて、変異の入っていない野生型のchd対立遺伝子は一つの尾びれを作る遺伝子だ!」という説明はちょっとおかしく聞こえます。では、ちょっと、考えてみましょう。いったい、尾鰭やしっぽがない生き物では、chd遺伝子は一体何をしているのでしょうか?
 このコーディン遺伝子については、金魚で研究される前から、ほかの生き物でたくさん調べられてきていました。これらの研究により、このコーディン遺伝子はすべての脊椎動物の早い胚の時期のお腹側と背中側の軸を決めていることがわかっていました。つまり、尾びれも背びれも何もない丸い形をした胚の段階から働いているのです。
 そして、この遺伝子は主に胚の背中側に現れて背中側を作る働きを持っています。しかし、この遺伝子の胚の中で現れる場所は時間が進み胚の姿が変わるごとに変わってきます。実際に金魚のコーディン遺伝子が働いている部分を調べてみました。そしたら、いろいろな場所で働いていることがわかっりました。
 そうなってくると、大人の金魚の体の特定の部位だけを指して「何々を作るための遺伝子」という説明がちょっとおかしいことが分かりいただけるかと思います。おそらく「何々を作るためにも働いている遺伝子」のほうがより正確なのだと思います。さらに胚発生の過程で、ほかの遺伝子の影響を受けたり、影響を与えたりすることも知られています。たとえば、コーディンは背中側を作る遺伝子ですが、その反対側の腹側を作るBMPという遺伝子に影響をあたえたり、ほかに様々な遺伝子を介して逆に影響を受けたりしていることが知られています。
 そうなってくると、「何々を作るためにも働いていて、ほかの何々を作る遺伝子にも働きかけている遺伝子」と説明する。このような説明がより正確であるということになります。でも、これ、ものすごく複雑になってしまうのです。なので、今回の「何々のための遺伝子」という説明が「あくまでも説明を簡単にするためのちょっと無理のある説明」であることは知っておいてください。

金魚の背びれと尾びれの進化発生学的関係についての考察

はい、ここから終盤となります。ちょっと、中盤で、話が抽象的になってしまったので、具体的な金魚の尾びれと背びれに戻って考えてみましょう。このような大人になった金魚を見て、ここが尾びれ、コチラが背びれと指さすことができます。そして、さかのぼって、小さくなっても、これらの鰭の差は明らかです。しかし、このあたりまでさかのぼると、お互いがもう区別がつかなくなってしまいます。尾びれも背びれも一つの膜のようにつながっています。
 そして、もうここまでくると、胚はほとんど丸になってしまいます。先程おみせした尾びれと背びれが一つになった膜はこのあたりから来ます。もう、そうなってくると、背びれも尾びれもなくなるわけです。もう、お互いにほぼくっついてしまっています。そうなると、このような早い時期に働き始めるコーディン遺伝子の変異によってもたらされる変化は、当然のごとく、大人になったときの尾びれだけでなく、背びれにも何らかの影響が及ぶだろうということは容易に想像していただけるかと思います。
 魚類であれば、おおよそこういう胚の形になりますので、金魚だけその制約を破って、尾びれだけ独立に作る、とか背びれだけ独立に作る、というのはどうやら難しいみたいなのです。否応なしにお互いにかかわりを持ってしまうのです。そして、私たちの研究結果から、尾びれが一つになっている限り、背びれだけを独自に無くすのは非常に難しいということが明らかになったのです。
 つまり、あえて間違いを恐れずにいうならば、一つの背びれを作るchdAの野生型対立遺伝子は「背びれを無くす遺伝子の働きを抑え込む働きを持っている」ということもできます。この表現もちょっとおかしいのですが、わかりやすく乱暴に説明するとこうなります。
 そして、さらに、その結果、野生型対立遺伝子は「背びれを無くす遺伝子の変異に何もさせずにこっそりと複数の金魚たちの中に蓄積させる遺伝子として働いていた」とも言えます。遺伝子の変異を蓄積させる対立遺伝子とか言い出すと、これまた大変なことになってきますが、おそらくchd遺伝子やその周囲の遺伝子がこういう働きを持っていたと考えられます。この説明もちょっと、乱暴なのですが、しかし、このように説明すると、今回のような、非常に短期間の育種の過程で複数の体の部位の形が変わるような変異がうまく説明できるようになるのです。
 そろそろ、動画も終わりに近づいてきましたので、まとめにかかろうと思います。いままでできるだけ簡単な言葉で説明してきたのですが、いままでの説明は遺伝子の説明でも述べた通り、簡単にするためにいろいろと説明不足の点があるのです。しかし、それは致し方ないとして、ちょっと、このあたりで、この金魚についての2022年の論文の中で言いたかったことを、すこし、強引になりますが、まとめてみたいと思います。

まとめ

ランチュウのような尾びれが割れていて背びれのない金魚の品種の成立の過程でどういうことが起きていたというと、
コーディン遺伝子とそれにかかわる背腹軸形成遺伝子のネットワークが発生学的に頑強なシステムとして働き、結果として背びれの消失を引き起こすような、遺伝子の変異、現状であればおそらくlrp6遺伝子やdhfr遺伝子に起きたであろうと思われる遺伝的変異の表出を抑え込んで、それらの遺伝的変異の蓄積を許すような進化的キャパシターとしての機能を果たした。そして、コーディン遺伝子への遺伝的変異にともない尾びれが二つに分かれた金魚が出現するとともに、蓄積された遺伝的変異が一気に表出して、背びれの変異も引き起こした。そこに、ブリーダーの視覚認識に基づく人為選択が働き、ランチュウのような複数の部位に形態的変異を持つ品種が短期間に作出された」のではないかと考えられます。そして、この説明にだと、コーディン遺伝子は尾びれと背びれに結果として影響を及ぼす多面性を持った遺伝子として機能している結論づけられるわけです。この説明のもう少しわかりやすい解説も考えておきますので、しばらく、お待ちください。

 今回の動画では、私たちの研究をもとに、ランチュウのような背びれがなくて尾びれがわかれている金魚がどのように作られたのかについて考えてみました。しかし、まだまだ自分の中でもよくわからないことが残っています。たとえば、「一つ尾っぽで背びれのない金魚の品種がいないのはなんでだろうか?」とか「本当に先に背びれが消えて、尾びれが分かれるような育種のプロセスがありえなかったのか?」などなどの疑問です。
 自分の中では、これらの疑問に答えを出すには、胚発生の過程やその過程で機能する遺伝子の多面的な働きや、複数の遺伝子の相互の上下関係、そして、魚類であれば魚類の胚が持っている制約などを考慮しながら進化について考える必要があると思っています。
 そろそろ、時間となってまいりましたので、今回の動画はここまでです。
また、このような金魚にまつわる、人為選択、進化、発生の関係については別の機会でお話してゆきたいと思います。それではまた。

文献

私たちの研究室から出た論文

Abe, Gembu, Shu-Hua Lee, Mariann Chang, Shih-Chieh Liu, Hsin-Yuan Tsai, and Kinya G Ota. “The  Origin of the Bifurcated Axial Skeletal System in the Twin-Tail Goldfish.” Nature Communications 5 (2014): 3360. https://doi.org/10.1038/ncomms4360. 2022

Chen, Hsiao-Chian, Chenyi Wang, Ing-Jia Li, Gembu Abe, and Kinya G. Ota. “Pleiotropic Functions of Chordin Gene Causing Drastic Morphological Changes in Ornamental Goldfish.” Scientific Reports 12, no. 1 (2022): 19961.

Ota, Kinya G. “Goldfish Development and Evolution.” Springer Singapore, 2021.

Tsai, Hsin-Yuan, Mariann Chang, Shih-Chieh Liu, Gembu Abe, and Kinya G Ota. “Embryonic Development of Goldfish (Carassius Auratus): A Model for the Study of Evolutionary Change in Developmental Mechanisms by Artificial Selection.” Developmental Dynamics : An Official Publication of the American Association of Anatomists 242, no. 11 (2013): 1262–83. https://doi.org/10.1002/dvdy.24022.

ほかの研究室の皆様が書かれた金魚と鯉の論文

Chen, Duo, Qing Zhang, Weiqi Tang, Zhen Huang, Gang Wang, Yongjun Wang, Jiaxian Shi, Huimin Xu, Lianyu Lin, and Zhen Li. “The Evolutionary Origin and Domestication History of Goldfish (Carassius Auratus).” Proceedings of the National Academy of Sciences 117, no. 47 (2020): 29775–85.

Chen, Zelin, Yoshihiro Omori, Sergey Koren, Takuya Shirokiya, Takuo Kuroda, Atsushi Miyamoto, Hironori Wada, Asao Fujiyama, Atsushi Toyoda, and Suiyuan Zhang. “De Novo Assembly of the Goldfish (Carassius Auratus) Genome and the Evolution of Genes after Whole-Genome Duplication.” Science Advances 5, no. 6 (2019): eaav0547.

Kon, Tetsuo, Yoshihiro Omori, Kentaro Fukuta, Hironori Wada, Masakatsu Watanabe, Zelin Chen, Miki Iwasaki, Tappei Mishina, S. Matsuzaki Shin-ichiro, and Daiki Yoshihara. “The Genetic Basis of Morphological Diversity in Domesticated Goldfish.” Current Biology, 2020.

Xu, Peng, Xiaofeng Zhang, Xumin Wang, Jiongtang Li, Guiming Liu, Youyi Kuang, Jian Xu, et al. “Genome Sequence and Genetic Diversity of the Common Carp , Cyprinus Carpio.” Nature Publishing Group, no. August 2013 (2014). https://doi.org/10.1038/ng.3098.

Xu, Peng, Jian Xu, Guangjian Liu, Lin Chen, Zhixiong Zhou, Wenzhu Peng, Yanliang Jiang, Zixia Zhao, Zhiying Jia, and Yonghua Sun. “The Allotetraploid Origin and Asymmetrical Genome Evolution of the Common Carp Cyprinus Carpio.” Nature Communications 10, no. 1 (2019): 4625. #Goldfish #金魚 #genetics #development


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