絹代。
これが、私の名前で。
ずっと、自分の名前がきらいだった。
妙に古風だし、聞かない響きだし、可愛くない。
しかも、名は体を表すとか言われたら、えー!って感じ。
私って古風なの?そんなんやだ。つまんない!
私の世代はルーズソックスが流行って、アイドルと言えばモーニング娘とか、TRFとか。
わりと個が突出した時代だったので、私にも個人力が欲しいと感じていた。
だから、好きじゃなかった。
小学校で、多感なとき。
学校の授業で、まさに名前の由来を聞いてこいという課題が出た。
私は、こんなこともないと聞かないよな、と少しワクワクして家に帰った。
由来を聞けば、きらいな名前も尊い意味があって特別になるかも、と思ったのだ。
「学校の授業で、どうしてこの名前になったか聞いてこいって。どうして、この名前なの?」
絹代。
どんな願いが込められているの?
ワクワクする私に向かって、父は言った。
「それな。女の子の名前を、二文字で表記したかったんだ。で、一般的な名前って、子、美、恵、代、くらいしか思い付かなくて。
お母さんは幸子だし、ねーちゃんは瑞恵だし、真ん中のねーちゃんは仁美だろ?あとは、代かー、と思って」
「………うん」
なんだか、雲行きが怪しくなってきた??
「名前が決まらないまま数日過ぎて、悩んでたんだ、ずっと」
うん。。それで??
「ある日、風呂に入ってるとき、体を洗おうとしたら石鹸がなくて。あちゃー、と思って思わず叫んだんだ」
あ、ああ、、まってくれ
「オーイ、絹せっけんくれー!」
ぐわぁぁぁん!!
頭の中で、そんな音がした。
まるで、世界が打ち砕かれたかのような。
今までの価値観を無に帰せられたかのような。
それが、由来?
「それで、これだー!って思って、絹代になったんだよ」
どや?と言いたげな父の顔。
私には分からないが、父にとってはきっと天啓が降りたような感覚だったのだろう。
と、表情を見て思った。
私の脱力感は半端ないが。
そうだったんだね、と父に告げて、私はとぼとぼと自室に向かう。
由来って、由来って、由来ってさあ、、、
(普通なら、人の役に立てるような人に、とか、健康な人生であるように、とか、一生幸せであるように、とかじゃないのかよ)
知らず、涙が出た。
由来なんて、クソ食らえ。
私は、廊下の隅でこっそり泣いた。
すると。
「きぬよ?」
優しい声がした。
振り返らなくても分かる。
でも、弾かれたように振り返った。
「ばーちゃん」
ばーちゃんは、私を見て驚いていた。
「どうした?なに泣いてるの?」
「うん、、名前のことでね、」
かいつまんで話した。
「そうかそうか、そんなわけないでしょう。絹代の名前は、昔の大女優の田中絹代から来てるんだよ」
「それ、だれ」
「白黒映画の頃だけどね、すごく美人で、演技の上手な女優さんなんだよ」
知らない人だし。
見たことないし。
昔の特集とかでも、出てこない人だよ、ばーちゃん。
それでも、子供ながらにばーちゃんが私を元気付けてくれようとしてることは理解できて、私は少しだけ笑ってみせた。
「ばーちゃん、ありがとう。今度、由来を聞かれたらそう言うことにする」
「ああ、そうだよ」
にこにこして、ばーちゃんは言った。
自室に戻ると私は机に向かった。
さて。名前の由来は発表せねばならない。
なんと公表するか?
「…………そんなの、決まってるよね」
翌日。
「はーい、では今日は名前の由来について、発表してもらいます。みんな聞いてきたかなー?」
出席番号順で聞こうかな。と先生がいう。
出席番号1番の子がかけかれる。
「はい!僕の名前は、、」
聞いていると、皆やはり素敵な意味が込められていた。大器晩成であったり、健康一番であったり。
思った通りだ。
時々、聞いてくるのを忘れた子もいて、後で聞いてみると、きっと素敵よ、と先生は言った。
「はい、では次。絹代ちゃん」
「はい」
私は立ち上がる。
みんなが素敵な名前なら、私は。
ここまで、素敵な前フリを聞いてきた。
掴みはオッケー、てやつだ。
私は、泣いたりなんかしない。
息を吸い込んだ。
「私の名前は、石鹸です」
「父に、夕べ、名前の由来を聞いてみました。
すると、父は、名前がなかなか決まらなくて、と教えてくれました。
女の子の名前と言えば、子や恵、美、代、しか思い付かなかったそうです。
正直言って、代を名前に付けるのに何て組み合わせるか悩んでいたみたいです。
そんな中、ある日父はお風呂に入りました。
体を洗おうとしたけど、石鹸がない。
そこで、父は母に向かって叫びました。
「オーイ、絹せっけんくれー!」
叫んだ父は、はっとして「これだー!!」と喜んだそうです。」
ここで、どっ、と笑いが起きた。
私はニヤニヤと笑った。
そうだ、笑いにしなくてどうする。
どんなことでも、楽しければ全て良しだ。
「……なので、私の名前の由来は絹石鹸ということでした」
ノートを置いて、先生を見る。
先生も、にこにこしていた。
「とってもユニークなエピソードでしたね。絹代ちゃん、明後日の参観日のとき、そのお話をしてもらっても良いかしら?」
私は笑った。
「はい、大丈夫です」
そのイベントは、父親参観、と銘打ってあるので、私に由来を教えた張本人が参観することになっていたのだが。
「とっても楽しいお話だったわ」
私の発表で父が赤面してしまうのは
また別のお話。