コードネームはQUEEN
ああ、、、もう疲れた。
溜め息を吐き出して、私は肩を落とした。
何もかも投げ出してしましたい。明日の仕事も行きたくない。家に帰ることもだるいや。
このまま、どこか遠くへ行きたい。
明日の心配をしなくていいところへ。
もう一度溜め息をついて、私はとぼとぼと歩きだした。ふと、髪に何かが当たる。
ぼんやり顔をあげると、その頬に冷たい雫。
あめ、、、
うまく思考が回らないでいると、どんどん雫が降ってきた。あ、、いけない。かさ、ないのに。
どうしよう。。と思って歩みを進めていたら、小さな温かいライトの光が見えた。
お店だ。なんのお店か分からないけれど、私はふらふらとその明かりに吸い込まれるように、木の温もりを感じる扉に手を掛けた。
「いらっしゃい」
耳に心地よい声がして、私ははっとした。
あ、入店してしまった。なんのお店だろう。
慌てて見渡すと、こじんまりした造りの店内に、カウンターのみ。
バー、だった。
「どうぞ、お掛けになってください」
優しい声が私にかかる。
初老のマスターがにっこり笑って、片手で席を示してくれる。
「あ、、はい」
ポケットからハンカチを取り出して、少しだけ濡れた髪の毛とスーツを叩いた。
「雨、降ってきたんですね」
マスターが優しく声を掛けてくれる。
「はい、、丁度、降ってきたところです、、」
ああ、どうしよう。お酒、だよね。こういうところは。
「あの、私、バーって知らなくて、お酒が」
今飲むのはまずい。そのつもりじゃなかったし、ええと、それに。
「そうでしたか。大丈夫ですよ、ソフトドリンクもありますから」
にっこり笑って。「それより」
慌てて、困っている私にマスターは言った。
「お腹は空いていませんか?」
お腹。あ、、そうかもしれない。私。本当は。
「お腹、、空いています」
見透かされたことでちょっとだけ落ち着いて、私は素直に告白した。
「本当は、ぺこぺこなんです」
鼻腔をくすぐるいい匂いがして、私の空腹は更に強くなっていた。温かいルイボスティーを出してもらって、私はそわそわと待っていた。
「お待たせしました。どうぞ」
マスターが私の目前に出してくれたのは、濃い色のビーフシチュー。芳醇な香りがして、食欲をそそる。
「わぁ、、」
思わず嬉しくなって、私がワクワクしていると、そっとスプーンが置かれた。ナプキンが巻かれている。それから、軽く焼いたバゲット。
こちらもいい匂いがして美味しそう。
「熱いので、ゆっくり召し上がれ」
「はい、ありがとうございます!」
私は食い気味に返事をして、スプーンを手に取った。クルクル巻かれたナプキンを取り払って、ビーフシチューに差し込んだ。
熱そうな湯気が上がっている。ごろっとしたお肉を掬って、フーフーした。
あーん、と口に含んだとたん、私には至福の時が降ってきた。