目眩
恋をした。
初めて会ったあの時に。
春の桜の舞う中で見つけた君に。
恋をした。
あの時からずっと。
愛しているよ。
********
「ジン、今日は誰が来るの?」
俺はラフにジャケットを着こなしたイケメンに声をかけた。
「あー?今日はマキちゃんかな。あとはサオリとか?、、、クミさんも来るって言ってたかな」
さして興味なさげに答えてくれた。
「さすが。カリスマ美容師」
「まさか。カリスマはキョウさんだろ」
「もうツートップだよ。俺なんて足元にも及ばない」
笑いながら、足元に視線が落ちる。自嘲気味にきこえたかもしれない。
「ユウキはこれからだろ。腕は悪くないんだから、あとは度胸だ」
「そうだといいな」
薄く笑いながら、俺はジンを見つめた。
ジンはカッコいい。男の俺が見てもカッコいい。
横顔が端正で、切れ長の瞳で、鼻筋がスッとしている。そして、言動が全てかっこいい。
自信に満ち溢れているから、付いて行きたくなるんだ。、、、俺も、その一人だし。
「ほら、掃除済まそうぜ。早く終わらないとどやされるぞ」
うん、と答えて床磨きを再開した。
俺たちはとある美容室で働いている。
二人とも同時期にここへ来たんだけれど、ジンは2つ上。
別な美容室で働いていたジンを、腕が良くて惚れ込んだオーナーが引っ張ってきたそうだ。
「ジン!こっち手伝ってくれ」
奥からオーナーから声がかかって、ジンは「はい!」と答えて店の奥へ向かっていった。
、、、俺も、ジンみたいになりたい。
カットが早くて、お客さんの心を掴む会話が上手で、シャンプーがめっちゃ上手いんだ、、、。
練習に付き合ってシャンプーしてもらった時、気持ち良すぎて半勃ちになった。
終わった時、思わず焦ったけど、ジンは軽く笑ったたけだった。
「そんなに気持ちよかったならお客さんにも喜んでもらえるかな」
ジンの笑顔が眩しすぎて、俺は初めてジンを思ってヌイた。
友人だと思ってくれているジンに後ろめたくて、翌日は顔が見れなかった。
そんな俺を見て、体調が悪いと思ったらしく、オーナーに掛け合って早退させられてしまった。
丸一日情けなくて自己嫌悪だったけど、俺の不調はジンを心配させると気づいてからは元気であることに重点を置くことにした。
挙動不審にならないように、風邪を引かないように。ジンの隣にいられるように。。。
「ユウキ、開店してー!」
「はい!」
今日の始まりだ。
「ジンさん、今日は可愛くして。これから大事なお客さんと会うの」
「はい、承知しました。どんな可愛さに仕上げましょうか」
「あざとい感じ」
「ええ?いいんですか?」
談笑しながらスタイル誌を見ながら髪型を決めていくジンとお客さん。
俺は隣の座席の周りを手早く掃き清めていく。
「あ、ユウキさんはこの髪型どう思います?」
不意にお客さんに声をかけられた。
「はい?」
「これです」
指さされた髪型は、ふんわりカールが可愛らしい。多分、男なら大半が好きだと思う。
「素敵ですね。マキさんならとってもお似合いだと思います」
「やっぱり?じゃあこれにしよ!ジンさん、お願いできる?」
「はい、お任せ下さい」
嬉しそうなマキさん。カットはもちろん、大事なイベントごとにはうちに来てくれる。そしていつもジンを指名だ。ジンは腕がいいから、指名がたくさん入る。俺も早くそんなふうになりたい。
「ユウキ、シャンプー入ってくれる?」
「はい」
俺はシャンプー台へお客様をご案内した。
あの時。
ジンにシャンプーしてもらったあの時。
お客様を案内するようにシャンプー台まで案内された。少しだけ薄暗い一角。
「どうぞ、こちらへ」
柔らかく、耳に心地よい声色。聴き惚れてしまって、思わず微笑んだ。
椅子へ座って、背もたれを倒す。自動で横になるにつれ、ジンの体温を感じた。ケープをかけられて、首筋にタオルを挟まれた。指先がスッと触れるのがくすぐったくて、俺は体温が高くなるのを感じた。顔にタオルをかけられたから、顔が赤いのもバレないだろうか。
いざ、シャンプーが始まると、ジンの指は優しく俺の頭皮をなぞる。髪を梳いていくのも、泡立てるのも俺と基本は同じはずなのに、何でこんなに気持ちいいんだろう。ジンが上手すぎるのか、俺が意識しすぎるのか。
「洗い足りないところはございませんか?」
耳元で響いた気がして、俺はビク、と反応した。
「だ、大丈夫、、です」
お願い、その声で喋らないで。
「くすぐったい?」
ジンがフランクに話しかけた。
「す、すこし」
ジンが都合のいいように解釈してくれたから、俺はそれに任せた。
「ユウキの髪はきれいだね。ずっとこうしていたいな」
「そ、そう?なんにも意識してないけど、、、」
「ユウキさえ良かったら、月イチくらいで洗わせて。俺が絶対キレイにしてあげるから」
「いいの?ジンの負担になったりしないのか?」
「全然。気にしないでいいよ」
嬉しい。でも、心臓が持たないかも。こんな幸せ、手に入れて大丈夫だろうか。バチが当たったりしないだろうか。。。
「ありがとうございましたー!」
本日最後のお客さんをお見送りして、俺は店内に戻る。最近は夜でも暖かくなってきた。
冬も終わりだ。
「ユウキ、飲んで帰ろ?片付け当番じゃないよな?」
「あー、、、おれ、アサギさんに変わってって言われて当番になっちゃったんだ」
「ええ。そうなの?じゃあさ、手伝うから、ちゃちゃっと終わらそ」
「ありがと、、、」
じーん、、と感動を噛み締めて、なんだか元気が出てきた。
「早く片づけよ!」
「おう!」
そうして、片付けを始めて、ジンが奥の部屋を片付けてくれた時だった。
「ユウキ」
「あ、オーナー」
「今日のお客さんなんだけど」
「はい?」
「トモエさんからお帰りになってから苦情が入ってね」
「え」
俺は思わず固まる。
「シャンプーのお湯が熱かったとか、洗う時の手付きが乱暴だったとか」
「そ、んな」
ジンがやってくれた時みたいに丁寧に、気をつけて施術したつもりだったのに。。。
「ユウキらしくないと思って聞いてはいたけれどね」
「そう、、、でしたか、、、、、」
これは客商売だ。俺が良かれと思っても、お客様がそう思うなら仕方ない。俺が気をつけるしかないんだ。
「申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた。
「今後は気をつけてくれよ」
オーナーが深い溜め息をついた。
「それは違うんじゃないですか」
俺の背後からジンの声がした。
「苦情が入ったのは、オーナーのカットについてじゃないんですか?」
ジンが俺の隣にやってきた。
俺は恐る恐る顔を上げた。
「ジン、、、、?」
「お帰りになった後のトモエ様の電話を取ったのは俺です。その後にオーナーに繋ぎましたけど、俺が対応した時、トモエ様はそんな事言ってませんでしたよ」
「ジンには何も言わなかっただけだろう?」
「いいえ。俺には、ユウキのシャンプーまではとても良かった、と仰ってました。今日のオーナーはイライラしていて、カットがとても雑だったと仰ってましたよ」
「それは」
「もしかして、ユウキに嫌がらせしてるんですか?」
「なんだ、それは」
オーナーが少し焦ったようにジンを見た。
「ユウキに嫉妬してるんですか?、、、、俺が、ユウキを好きだから」
「えっ!?」
ジンがとんでもない言葉を発したので、俺はびっくりしすぎて硬直した。
なんて言った、、、???
ジンが、ジンが、、、
「俺が、オーナーの告白を断ったから、ユウキに嫌がらせしたんだとしたら、俺はオーナーを許しません」
「ジ、ジンこれは」
「オーナー、今日は掃除の途中ですが、帰宅させていただきます。ユウキ、帰ろう」
「え、えっ」
急展開についていけなくて、俺は大いに戸惑った。ジンに手を引かれて、控室に連れて行かれる。急かされながら鞄を取り出して、2人で裏口から出た。
ここでもジンに手を引かれながら足早にお店を去る。足が速いよ、ジン。それから、手が痛い。
でも言い出せる雰囲気じゃなくて、俺は黙ったまま耐えた。
「、、、、、ごめん」
黙々と歩いて、明るい大通りに出たところでジンはやっと止まってくれた。
いつもとは違う暗い顔。
「ジン?」
「嫌だったよな、俺があんな事いって」
告白のことだろうか。
「、、、、俺がユウキを好きなのは本当。一昨日、オーナーに告白されて、俺はユウキを好きだからって断ったんだ」
「え、あ、あの、、、、」
驚く告白を矢継早に聞かされて、俺は反応に困る。オーナーはジンが好きで、ジンは、、、俺が好き?
「断った時のオーナーの様子がおかしかったから、心配してたんだ。ユウキに何かあったらどうしようと思って心配してた。俺のせいだ、、、ごめんな」
ジンの視線が下る。悲しそうな顔を見たくない。「ジン、、、、」
「本当は、今夜告白するつもりだった。でも、、、こんな迷惑かけられたら、ユウキは困るよな」
ただでさえ男同士なのにな。
自嘲気味にジンが呟いた。
「ジン、、、、」
「ごめんな。でも、最後に言わせて」
最後??
「俺は、ユウキが好きだよ。ずっと。初めて春に出会ったときから、ずっと」
「ジン」
「俺があの店を辞めるから。ユウキには迷惑かけるな、ってオーナーにもきちんと伝えておくから。ユウキは良い美容師だよ。トモエ様も喜んでたよ。マキさんも、ユウキのこと」
「いやだ、、、ジンが居なくなるなんて、嫌だ!」
俺は思わずジンの服の裾を掴んだ。
「辞めないで、ジンがいなくなったら、俺は」
視界が急に歪む。目元が熱い。
「ジンがいなくなるなんて、、、」
堪えきれずに、涙が溢れた。
「ユウキ」
ジンが切なそうに呟いて、俺を抱きしめた。
「ごめん、ごめんユウキ、泣かないで」
あやすように俺の頭の後ろをぽんぽんと叩く。
、、、、あったかい。
ジンの腕の中、安心する、、、
「ジン、すき」
「、、、え」
「ジン、が、すき、、、どこにも行かないで、ジン。。。」
言葉にしたら止まらなくなった。
「ジン、ジン、、、」
「ユウキ!」
そっと身体を引き離されて、俺の顔を覗き込む。
「ユウキ、、、」
涙をそっと拭ってくれて、俺の前髪をそっと払う。俺はジンの指先が額に触れるのが心地よくて思わず瞼を閉じた。
「そんな顔したら、だめだろ、、、」
溜息みたいにジンが呟いた。そしたら、唇に吐息が。。。
え。
驚いて思わず目を開ける。ジンの顔が近すぎてぼやける。動揺して離れようとする俺の腰を、ジンの腕が阻止した。頭の後ろに片手が回って俺を逃さない。
「ん、んん、、、」
驚きの声を上げる俺の唇を優しく割って、ジンの舌が忍び込んできた。ああ、もう、、、。
キスの上手いジンの唇に酔ってしまう。
キスの合間に、ジンが「ユウキ、好き。好きだよ、、、」と呟いてくれるから、ここが路上であるにも関わらず、幸せで周りが見えなくなった。
思わずキスに夢中になっているうちに身体から力が抜けていく。ジンがやっと開放してくれた時には、ジンの胸にすがるようにしてやっと立っていた。
「ジ、ン、、、や、、上手すぎ、、、」
「ユウキが可愛すぎて加減できなかった」
小声で言われて、恥ずかしくなる。優しい指が俺の濡れた唇を拭う。見上げると、その指をぺろりと舐めて、その妖艶さにぞくぞくした。
「だから、、、そんな顔したらだめだって。どっかに連れ込んで今すぐ抱きたくなる、、、」
男の色気を醸し出すジンの瞳が、切なそうに歪んだ。「ジン、、、」
「ウチ来て?ユウキ、俺んち連れて行ってもいい?セックスは我慢するから、、、ユウキに触れたい」
そんな目で言われたら断れない。俺、も。。
「おれも、触りた、い」
「鼻血でるわ、、、」
ジンが天を仰いで、盛大な溜息をついた。
切り替えたように俺を再度見て、今度は軽いキスをくれた。
「タクシー捕まえよう」
耳元で囁かれて、俺は今後のことを思って目眩がした。
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