案外 書かれない金継ぎの話(21) 欠けの修理1~準備・成形~
前回までの内容を踏まえ欠け修理の実践に入ります。全3回です。今回は、錆・刻苧の作り方と、盛り付け方です。
器の確認と準備
サンプルは、窯出しの時に欠いてしまった粉引き陶器で、1cm角の削げ、幅3cm強の欠けおよび裂があります。器の厚みは3㎜です。
欠けはヒビを伴う事が多いのですが、今回は烈の末端に釉の落ち込みが見えるので、焼成中にヒビが入り欠いた時に粉砕物が詰まって裂になったと思われるので、欠けに伴うヒビとは少し違います。
陶器は洗って吸水すると乾くのに時間が掛かります。サンプルは未使用のため更に吸水率が高いので洗浄は行わず、ブロア(カメラなど精密機械のホコリ取り)を吹き、修理箇所周辺を無水エタノールで拭きました。
磁器は陶器に比べると吸水率も低く乾きも早いので水洗いでも問題ありませんが、裂の水は抜けにくいので温風ドライヤーなどで器を温めながら乾かす必要があります。
ちなみに、お客様の骨董品などは、汚れを器の味として育てている可能性もあるため、磁器も水洗いせず今回同様のブロアー処置をしています。
欠けや割れは、破損により発生した素地や釉の微粉が表面に付着しています。素地や釉はガラスと同じ成分ですから、処置せず作業を始めると、皮膚や服に付いて肌を傷つけることがあります。最悪、指を切って血が器に付着してしまうと取れなくなるので、綺麗に見えても乾拭きやブロアーで微粉除去の処置は必ず行います。
粉体の計量
今回は欠けの立体成形がメインになるので刻苧を使います。
混合比は、
粉体(砥の粉6 木節粘土4)水5 ガラス用漆5 刻苧綿0.5(重量比)
です。器の厚みと成形量から、粘りが強く腰のある愛知県産木節粘土を混ぜようと思います。
粉体は合計で0.8gくらいが無駄の無い量だと判断しました。
計量したら練ります。最も大切なのは練り加減です。数値化出来ないので感覚的な表現になりますが、最初はサラッとして練っていても抵抗を感じません。暫く練り続けていると、粘土と水が結び付き、漆の酸化も進んで粘りが強まり抵抗を感じるようになり、色も黒味が増してきます。更に練り続けると腰のあるもっちりとした錆になります。作る量にも拠りますが、今回は時間を計ったところ約5分かかりました。
練る加減が分かってきたら最初から刻苧綿も混ぜて構いませんが、初めのうちは錆の調子を確認してから綿を入れる方が確実です。今回は、錆と刻苧の違いを見て頂きたいので綿を後で入れました。繊維が入って質感が変わるのが分かると思います。
まず密着させる
第2回で、接着は密着(分子間力)と固化(機械的結合/投錨効果)を意識するのが重要と書きました。錆や刻苧は粘りを出してから凹凸にしっかりと押し込んで密着させる事が大切です。練りや押し込みが足りないと密着しないまま硬化し、後で取れてしまいます。
削げの成形
削げに刻苧を盛って成形します。
私は、削り作業を最小限にしたいので、必要量の刻苧を付けた後、サランラップで覆ってから指で押し付け、形を整えるところまで行います。錆や刻苧は乾くと目減りしますので、少し盛りあげています。(写真:1〜4)
成形が終わったら、ゆっくりとサランラップを剥がします。(写真:5〜6)
欠けの成形
欠けは削げよりも少しテクニックが必要です。
まず、サランラップを欠けに当てます。(写真:1)
必要量の刻苧を置き、広げていきます。粘りが強いので私は綿棒で押したり伸したりします。綿棒の先が汚れて粘ってきたら新しいものに替えて続けます。(写真:2)
概ね刻苧が広がったらサランラップで覆い、削げと同様に指で十分に押し固めながら成形します。(写真:3〜4)
器のカーブになったら、サランラップを剥がし、汚れは揮発性油を付けた綿棒で拭き取ります。(写真:5〜6)多少凸凹したり刻苧が足りなくても次の作業で錆を使い調整するので大丈夫です。
細い烈に刻苧を完全に入れるのは無理なので、片面のみ入れて反対側はそのままにしておきます。
1〜2日置いてからヒビの修理と同様に素黒目漆を注入します。
<参考>
サンプルは幅3cm、厚み3mmでしたが、もっと大きな欠けも同様です。写真の欠けは、幅7cm、厚み5mmです。「粉体10、水5、素黒目漆5、刻苧綿1」の混合比は厚み5mmまで一度に成形可能です。
乾かし方
漆が乾く為に必要な水を予め加えて練っていますので漆風呂での加湿は不要です。室内に静置して温度が20℃を下回らないようにすれば乾きます。
錆や刻苧は湿度を与えすぎると、表層だけ硬化し内部に水分が取り残されて乾かなくなります。
逆に、湿度が低くなり過ぎても表面の水分蒸発が早まり、水滴中の漆の酵素がウルシオールを固める前に失活してしまうため、錆や刻苧が乾かなくなります。この場合はサランラップをかけて蒸発を遅らせる事で対処できます。あまりピッタリ付けてしまうと湿度過多で乾かなくなるので、軽く隙間が出来る程度に掛けておきます。養生する場所の湿度が40%を下回るようならサランラップで保護したほうが良いでしょう。
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