案外 書かれない金継ぎの話 (1) メリットとデメリット
陶磁器専門の金継ぎ屋を初めてから、かれこれ16年(執筆時)になります。
個人ブログでは断片的に金継ぎの話を書いていましたが、そろそろきちんと陶磁器の金継ぎ専科のブログとして経験則を含め総合的にノウハウを纏めておこうと思いnoteに登録しました。
「金継ぎ」と「ファッション金継ぎ」
金継ぎは、漆と補助材を使って壊れたものを直す技術(または直した状態)を言います。昨今では合成樹脂の接着剤やパテ、真鍮紛などを使っていても金色に見えれば金継ぎと呼ばれるようで、それもまた一つの考え方ではあると思いますが、個人的には漆と金粉を使用したものを金継ぎ、それ以外ものはファッション金継ぎと呼ぶことにしています。ファッションとは、本来の意味性が薄れて装飾方向に特化したデザインの事ですから、ファッション金継ぎは理にかなった名称ではないかと思っています。
このブログでは、漆を使用した金継ぎについて解説します。
金継ぎのメリットとデメリット
メリット
金継ぎのメリットは何と言っても壊れた器を直して実用出来る可能性が高いという事です。可能性が高いと敢えて書いたのは、実用出来ない器も多くあるからです(後述)。
修理に使用するものは、漆と補助材。漆は乾いていないと被れることがありますが、乾けば非常に堅牢で安定した物質になるため人体への安全性は極めて高いですし、補助材も安全性の高いもの(食材になるものか、飲み込んでも体に吸収されずそのまま排出されるもの)を使用しますので、トータルで人体への安全性が高い修理だと言えるでしょう。
物を直すのには修理レベルというものがあり「形になっている」「十分な強度がある」「人への安全性が担保されている」と徐々に条件が厳しくなり修理の難度は上がっていきます。漆の金継ぎ修理は、安全が担保されているレベルまでの修理が出来ます。
デメリット
金継ぎのデメリットは、当然ですが、壊れていない器よりも耐久性は低下します。どんなに漆が硬いとは言え、相対的に硬度、耐熱性、耐水性は元の陶磁器とは比べ物になりませんから、これまでと同じような使い方は出来なくなります。金継ぎをすると元の器より丈夫になるという話をする人がいますが、それは焼成温度が1000℃以下で焼き締まりの弱い器(土器や楽焼など)という極めて稀な場合で、一般的に出回っている陶磁器(1200℃以上で焼いたもの)は金継ぎで元の器より丈夫になることはありません。
金や銀の金属被膜で加飾したものは電子レンジに入れると発火するので基本的に食材加熱用の器としては使えません。
金継ぎをしたものは、あくまでも修理品であってパソコンの認定整備済製品のように新品と同じ性能に戻るわけではないのです。
また、漆は陶磁器に含まれる鉄と反応し接着跡が黒っぽくなるので、黒い傷跡はさすがに悪目立ちすると昔の職人は考えたのかもしれませんが、金属粉(金や銀)で被覆する(これを蒔絵と言います)というアイディアで修理の黒さが目立たないようにしています。しかし、どちらにしても修理跡は有色になります。「景色」として見所になることもありますが、悪く言えば修理したことがバレバレです。壊れていないように見せたいとか、修理跡が器の色や形に合わなければ邪魔になったり、器の雰囲気を台無しにすることもあります(色漆で器の色に寄せる事も出来ますが、透明度や光沢が器と異なるので無傷に見せるのは非常にハードルが高いです)。
そして、先にも書きましたが、案外、実用レベルで修理する器は限られます。分かりやすいところでは、土鍋やアロマポットなど直火の加熱で漆の耐熱温度を超えてしまう器は向きません。また植木鉢のように多孔質で常に素地が水分を保有する器は再破損の可能性が高くなります。漆自体は耐水性ですが、漆と器の境に水分が侵入すると接着力が極端に落ちます(界面破壊)。その他、焼成温度が低めで素地の焼きしまりが弱い器は、接着後に素地が耐えきれず剥離やヒビを生じたり(基材破壊)、漆が浸透して黒く汚れてしまう事もあります。
基本的に実用前提で金継ぎを行う場合、修理が可能なのは焼き締まりの良い食器(1200℃以上で焼かれた食器)になります。漆に慣れていない方でしたら、更に光沢のある施釉(表面がガラス質でコーティングされている)陶磁器限定と考えた方が良いでしょう。実用せず飾っておくだけならば、もう少し選択の幅は広がります。
そしてデメリットに含める事とは少し違うと思いますが、漆の性質や扱い方について知識や技術を修得することが絶対条件になります。金継ぎを始める前に、漆についての基礎知識を知ってから始めることが大切です。
合成樹脂、接着剤や塗料も、本来は成分や性質を理解して接着する物に合った種類を選ぶといった知識が必要ですが、余程の事をしなければ強度の差こそあれ大抵は貼ったり盛ったりした後に静置しておけば説明書を読まなくても固める事が出来ますし、それなりに綺麗に仕上がります。しかし漆は扱い方の知識が無いと固める事も出来ませんし、塗り方や乾かす環境調整を間違うと皺になって全て台無しになり最初からやり直しになる事もあります。
また、金継ぎは直して終わりではありません。使い続けるうちに金が剥げてきたり、植木鉢のところで書いたように器の乾燥が不十分で接着個所に水分が侵入してくると再破損してしまう事もあります。
つまり、器を使い続けようと思うのであれば、直すのではなく、直し続ける必要があります。ですから直し続けるための気力と知識と技術が必要になるわけです。
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