案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 6 補強修理-布着せ-
本編の第2回「金継ぎが不得意なこと-接着の基礎-」で、接着だけでは実用強度が十分に得られない時は補強の細工が必要になると書きましたが、細工の方法については説明していませんでした。金継ぎは、漆器作りから修理に使えそうな技術を転用したものなので、漆器作りの布着せを使って補強を行います。
先日、私がよく行く定食屋さんでお客さんが落として割ってしまったレンゲ(陶器スプーン)を店主に頼んで譲って頂いたので、今回は、そのレンゲを使った補強修理について解説したいと思います。
破損状態の確認と成形
落とした時に小さい破片は紛失してしまったようで、破損個所を合わせても殆ど合致しません。レンゲの柄は使用する時に様々な負荷が掛かる部分です。さらに接着面が殆ど無い場合、器の欠けの修理と同様に錆や刻苧で隙間を埋めるだけでは十分な強度が得られず再破損する可能性が考えられます。そのため補強が必須になります。
まずは、マスキングテープで自然な形になるように固定をします。
次に、形が決まったら、錆漆または刻苧で少しずつ隙間を埋めていきます。どちらを使っても良いと思いますが、私は錆漆のみを使い、何回かに分けて埋める作業を行いました。
2週間ほど養生し、錆(または刻苧)が固まったらカッターや紙やすりで削って整形します。
後で布着せという補強をしますが、この時に凹凸が大きいと布が密着せず強度が落ちるので、出来るだけ布が密着しやすい滑らかな形状になるよう整形する必要があります。
布着せとは
布着せは、漆器の縁や底など、物が当たったり擦れて傷が付きやすい部分に布を貼って補強をする技術で、漆芸では布を貼ることを「着せる」と表現します。
布の材質には様々なものがありますが「木綿(コットン)」「麻(リネン)」「ナイロン」は手芸店で安価に購入することが出来ます。補強に使う程度なら反物ではなく端切れで十分です。
引張強度が強いため一般的には麻布が使われることが多いようです。上記3種類の布の中ではナイロンが一番強いですが繊維に漆が浸透しないと硬度が上がらないので化学繊維は使わないようです。
また、布の織り方には、平織、綾織、繻子織り等いろいろな種類があり、織り方によっても強度に違いがありますが、大抵は薄地の平織が使われています。
布の準備
漆芸店では布着せ専用の薄手平織りの麻布を売っていますが、一般には入手し難いので、今回は手芸店で購入した端切れの麻布を使ってみます。
衣服用に販売している麻布は糊付けされていることがあります。そのままだと硬くて巻きにくい時は、お湯に浸けて揉み洗いをし、糊を洗い流してから、延し棒や金属棒で伸ばして柔らかくしたあと、乾かしてから使います。糊付けしていないものは、下準備は不要です。
麻布を必要な大きさに切ります。裁ち鋏を使うと綺麗に切る事ができますが、よく切れる普通のハサミでも問題ありません。
帯状に切って巻けば良いのですが、包帯を巻いているようで少し痛々しい感じがするので、今回は錆の形に合わせて飾り切りしてみました。
糊漆を付ける
麻布を巻き付けて固定するため、糊漆を作ります。糊漆ではなく麦漆を使う方もいます(糊漆・麦漆の作り方は、リンク先を参照のこと)。麦漆は粘着力が強すぎて扱いにくいので私は糊漆を使っています。
糊漆は、片面に付ける方法と、両面に付ける方法のどちらでも良いと思いますが、私は後で繊維にしっかりと漆を浸透させたいので片面付けにしています。
繊維にしっかりと漆を浸透させる方式と、繊維の表面を糊漆でコーティングする方式のどちらが布着せに良いのかは様々な見解があり結論は出ていないようですが、個人的には、胎(被着体)に熱や力が加わった時の伸び縮みが大きい木材の場合は繊維質を残すコーティング方式、伸び縮みの小さい陶磁器の場合は浸透方式が良いのではないかと考えているので、糊漆は片面付けにして繊維が露出した部分に漆を浸透させるようにしています。どちらの方式も古来から現存しているものがあり、これが正解ということではないので、各自、研究して頂ければと思います。
布を着せる
麻布に糊漆を付けたら、修理箇所に巻いて位置を調節しながら指やヘラで押さえて密着させます。糊漆が乾く時に浮いてしまうと修理強度が落ちるので、しっかりと押さえ付ける必要があります。
布の解れが出てしまうことがありますが、後で固まってからカッターで切り落とせますので、無理に切り落とさずそのままにしておいて大丈夫です。
布の周りの不要な糊漆は、揮発性油を付けた綿棒などで拭き取っておくと後の作業が楽になります。
漆風呂には入れなくても乾きますが、心配でしたら漆風呂に入れて下さい。繊維に染みこんだ糊漆は、次の作業が出来る程度まで固まるのに3,4日かかります。
下地塗り
糊漆が乾いて麻布が動かないのを確認できたら、ほつれた部分や、形の悪い箇所をカッターで切り落としてから下地塗りをします。最初は繊維に浸透させるため、揮発性油で希釈した漆または生漆を塗り、漆風呂に入れて1~2日乾かします。
布の凹凸を出来るだけ残した仕上げにする場合は金蒔きの工程に進みますが、布の質感を残したくない時は、紙やすりで表面を研磨し、漆を塗る作業を繰り返します。
今回は少しだけ布の質感が残るよう、計3回、漆塗りと研磨を繰り返しました。
モノトーンが好きな方は、金蒔きは不要なので仕上げの漆を塗り乾かしたら作業終了です。
金蒔き(純銀と青金)
下地の調整が終わったら、金蒔きの作業になります。
今回はレンゲの用途を考慮すると、金色の豪華な雰囲気を出さない方が良いだろうと考えて銀のみで仕上げてみたのですが、銀一色では修理箇所の注意喚起という金継ぎの機能的な側面が希薄になっているように感じたため、少しアクセントとして青金(金と銀を混ぜた金粉)を加えて仕上げとしました。
以上が、布着せによる補強になります。
今回は高い修理強度を得るため麻布を使用しましたが、もう少し強度を落としても問題ない箇所には綿や和紙を使うこともあります。
レンゲの柄の他、細身の取っ手やワイングラスのステムなど、接着面が狭く十分な強度が得られない場合に必要な細工になりますので、覚えておいて損は無いと思います。
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