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案外 書かれない金継ぎの話 (6) 漆かぶれと対処法

漆かぶれが怖いという理由で、金継ぎに手が出せない方もいらっしゃると思います。体質的に絶対無理という方もいるでしょうが、注意することでかぶれを回避したり最小限に抑えることは出来ると思うので、その話を書こうと思います。
漆かぶれは無闇に怖がらず、発症のしくみと回避策を知り、正しく怖がり注意することが大切です。

漆かぶれのメカニズム

漆かぶれは接触皮膚炎による遅延型過敏症です。分かりやすく言うと、皮膚に付着することで反応を起こしますが、即時に炎症が出ることはありません。
炎症までの経過を説明すると、漆に含まれるウルシオールが皮膚から浸透した後、酸化されたウルシオールの炭素部分(ベンゼン環第4位または5位の炭素)に細胞内の蛋白質たんぱくしつが結合することで異物(ウルシオール修飾タンパク質)と認識され、リンパ球が活性化し攻撃を開始することでアレルギー反応を起こします。
かぶれは1~2日後に始まり、完治までは個人差や生活ストレスによりで数日~1か月と長短あるようです。

ウルシオール類似成分は、マンゴーの果皮やカシューナッツの殻にも含まれているので、マンゴーやカシューナッツで炎症が出た経験のある方は漆への耐性も低い可能性がありますから、最初から漆を大量に使って修理をせず、ヒビや小さな欠けなど軽度の修理から始める方が良いでしょう。
ちなみに漆に何度かかぶれると耐性が出来て炎症が出なくなるという話もありますが、調査によると程度の違はありますが漆を扱う熟年者でも反応は出るそうなので、耐性よりも手際が良くなり漆の扱いが上手くなる事の方が大きいように思います。
ウルシオールは酸化重合が進んで樹脂化すると安定状態になり、皮膚から浸透し体内のタンパク質と反応したり、皮膚のタンパク質と結合することはありません。漆器で飲食をしても被れないのは、そのためです。

扱う時の心得

極力かぶれないようにする心得は『付けない、慌てない、広げない』です。

1.付けない

手は、ニトリルゴム製の手袋で保護出来ます。天然ゴム製は漆が浸透します。ポリエチレン製も薄手だと浸透することがありますしフィット感が無く細かい作業には向きませんので、浸透せず比較的フィット感の高いニトリルゴムがベストだと思います。極力防御したい方は、顔や首筋にはワセリンなどのクリームを塗っておくと良いでしょう。手袋をすると作業し難いという方は手に塗るのも有効ですが、器にクリームが付くと除去が面倒なので手の甲や腕だけ塗る方が良いと思います。
また、漆は独特な臭いがします。この臭いは漆に含まれるテルペンという芳香成分によるものです(テルペンが複数結合した漆のセスキテルペンにはウルセンという名前が付いています)。芳香成分は空気中で短時間に反応・分解しますが、臭いを感じるという事は揮発した成分が鼻粘膜の臭神経を刺激しているからで、個人差はありますがセスキテルペン酸化物がアレルギー物質になるという報告も有るので換気も忘れないようにしましょう。特に夏は汗をかいて毛穴が開いておりアレルギー物質に敏感な状態になりやすいので注意が必要です。

2.慌てない

皮下細胞は古くなるほど外に押し出されます。そして、皮膚の最外層の角層(角質層)は、角層細胞と細胞間脂質が積層になり外部刺激から体を守るバリアになります。部位により 6層(外陰部)~40層以上(手掌と足底)とバラつきがありますが、概ね14層前後だそうです。このバリアにより少しずつウルシオールは浸透します。つまり、皮膚下のタンパク質と結合するまでには猶予がありますので、漆が付いている事に気付いたら、慌てず落ち着いて処置を行いましょう。
いきなり水で洗い流すことは厳禁です。ウルシオールは油性で水に溶けないため水を付けても落ちませんし、落とすつもりが広げてしまう危険もあります。
衣服に付いた時は繊維に浸透し除去は出来ませんので、最悪、脱ぐしかありませんが、脱ぐときに触ったり他の部位に付かないよう気を付けて下さい。

広げない

肌に付いた漆を取る方法は細かい違いはあっても、概ね
  1.油を付ける
  2.布や紙で拭う
  3.残った油分を乳化させて流す
という順番は共通しているようです。
被れの化学的解説は見ますが、除去の科学的解釈については見たことが無いので『恐らく』という注釈付きになりますが。

1番は、漆を油で希釈して肌への影響を減らす意味合いが強いと思います。使用する油は揮発性油、乾性油、不乾性油といろいろ推奨されていますが、希釈が目的なので肌への刺激が少なく入手しやすい不乾性油のキャノーラ油、ベビーオイルなどが良いのではないでしょうか。油は付着した漆全体を覆うように垂らして、付けた後に延ばさないでください。

2番は、漆を出来るだけ除去する処置です。ゴシゴシ拭くと広がってしまったり、不要に皮膚組織を傷つけて浸透を早めてしまうので、布やティッシュで押さえながら吸わせるようにします。ちなみに私は、油を染み込ませてた綿棒で、ゆっくりと掬い取るようにして取り除いています。1-2をまとめて出来るので手早い処置が可能です。

3番は、洗い流す処置です。実は、1-2を飛ばして3でも良いのですが、作業を中断して流しに移動するのは諸々不都合なので、まずは応急処置で付着した漆の量を減らし作業が終わってから流しに行く方が効率的という事なのでしょう。
必ず泡立てた石鹸で漆を乳化させてから水で流します。私は石鹸の代わりに油落ちが早い台所用洗剤(中性または弱アルカリ性)を使っています。台所用洗剤は皮膚の必要な油分も落としてしまうので、使った後は乳液やハンドクリームなどで油分の補強を行って下さい。

漆の除去は以上ですが、気を付けたいのは除去が不十分でいろいろな所を触ってしまう危険です。例えば、トイレに行ってドアノブに付くと他の人が触る可能性がありますし、更に陰部がかぶれる危険もあります。
漆かぶれはウイルスではないので感染はしませんが、不注意で他人が漆に触れてしまう危険はあるので、ちゃんと落してから移動したり次の作業をする事が重要です。

なお、漆かぶれ防止薬の研究や開発が行われていますが、まだ漆かぶれの特効薬は無いそうなので、かぶれが出てしまった時は当たるも八卦な民間療法を試すよりも、早めに病院で相談する方が良いと思います。発症の発見が早い場合は、副腎皮質ステロイド剤の軟膏を患部に塗ることで腫れを抑えることが出来ます。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU,T Kobayashi

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