案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 3 ロックウール刻苧
本編にも書きましたが、金継ぎは木胎に最適化された材料や技法を基礎にしており、陶磁器に最適かどうかは意外と思案されてきていません。理由は、金継ぎが木胎漆工の職人により行われてきた事、そもそも金継ぎの修理数が少なく、茶器がメインのため使用頻度も高くなかったからでしょう。しかし、現代の陶磁器の特性や使い方を考えると、もう少し陶磁器への最適化について検討や選択肢があっても良いのではないかと私は思っています。
刻苧綿の代替
日常器の修理では耐久性が重要ポイントになります。それには漆を除いた材料を陶磁器に近いもの(無機材料)にする方が的確なはずです。木粉は陶磁器と相性が悪い話を本編でしましたが、刻苧綿も同様に植物繊維です。錆と混ぜて繋ぎに使う場合は少量のため影響が小さいと思われるので実践解説で使用しましたが、鉱物の繊維であれば、より陶磁器に近づ付けることが出来ます。
思い付くのは、石綿、硝子短繊維、人造鉱物繊維ですが、石綿は発がん誘因のため日本では生産終了し入手が困難です。硝子短繊維は皮膚に刺さる可能性があるため食器の修理剤としては不安があります。人造鉱物繊維は耐熱断熱材として窯や炉で使用されるアルミナを主体とした繊維で先の2つに比べると安全性は高いのですが手近に適量を入手しにくいという問題があります。
岩綿
他に良い材料はないかと探していて見つけたのが岩綿です。
岩綿は、玄武岩(マグマが急冷した岩石)を高温で熔かし高速で穴から噴出・冷却した人工の鉱物繊維で、天然鉱物繊維の石綿とは全くの別物です。日本では玄武岩ではなく、高炉スラグ(鉄鉱石から鉄を分離する際に出る鉄以外の副原料)を同様の方法で繊維化しています。ちなみに、高炉スラグは鐵鋼スラグ協会が有効利用について研究・発信し、日本ロックウール株式会社が岩綿に加工・販売しています。詳細内容は長くなるため割愛しますが、興味が出た方は各サイトが非常に詳しく説明していますのでご参照下さい。
実際に岩綿が刻苧綿の代わりになるかは、以下の3点を考慮する必要があります。
人体への安全性
入手の簡便性
使い勝手
人体への安全性
岩綿は石綿の代替品として開発されましたが、石綿と異なり、人体への安全性は非常に高いものに分類されています。日本ロックウール株式会社の説明によれば、お茶や水道水と同レベルの安全性とのことです。
化学組成としては、カルシウムとシリカが大部分で、アルミナと微量の酸化マグネシウム、鉄などが含まれています。
入手の簡便性
岩綿は断熱・吸音の建材として使われる他、安全性・リサイクル性の高さから植物の培床としても使われており、ホームセンターや園芸店で安価に販売しています。
7cm角のブロックに加工されたものがロックウールポットという名称で4個セット500円で購入することが出来ます。栽培用途に合わせ形状や大きさは様々で楽天などネットショップでも売っていますので、漆芸店で刻苧綿を買うよりも入手しやすいと思います。
使い勝手
岩綿は鉱物繊維のため植物繊維よりもジョリジョリ(ゴリゴリ?)していますが、ハサミで切ったり、少量であれば手で千切る事も出来ます。
使い方は刻苧綿と同じように、適量を取ってから軽くほぐした後、ヘラで錆と混じるまでよく練ります。
メリットとデメリット
岩綿刻苧のメリット
陶磁器の金継ぎで繊維を使用する目的は、硬化時の収縮による亀裂、および、普段使いで充填部分が割れるのを防止するためで、錆の重量に対して外割り10%程度を混ぜると効果が出ます。
1㎝角程度の欠けの修理であれば、植物繊維を使ったものと大差は無い印象で岩綿の優位性は見られませんが、大きな欠けや薄手の陶磁器の場合には鉱物繊維による硬度や耐摩耗性の優位が分かるようになります。
欠け埋めの他、カップの取手など盛り上げ補強が必要な場合も、引張強度が高いため少量で強度を得ることが出来ます。
岩綿刻苧のデメリット
岩綿刻苧は乾くと非常に堅牢ですが、逆に切削や研磨の加工に時間が掛かるというデメリットにもなります。完全に乾いてしまうと木賊や紙鑢は直ぐに摩耗してしまい、なかなか作業が進みませんので加工のタイミングが大切になります。(私の作業環境では)刻苧付け後10日前後で切削研磨の成形をするようにしています。
また、植物繊維の刻苧と比べると乾く際の目減りが大きいように思います。乾いた岩綿刻苧を割ってみると繊維質になっている事が分かるので、恐らく植物性に比べて繊維の太さが目減りに関係するのではないかと思います。
特に厚みの目減りが目立ちますので、厚めに盛っておくか、後で目減り箇所に錆を追加する計画性が必要になります。岩綿刻苧は研磨面に鉱物繊維の凹凸が残ることがありますので、漆の塗りやすさを優先する場合は錆で調整する方が良いでしょう。
岩綿刻苧作りのポイント
岩綿は基本的に錆に混ぜて使います。岩綿のみで刻苧を作ると表面だけが先に乾いてしまい内部が乾くには非常に時間(2ヵ月以上)がかかります。
岩綿の含有量が増えると耐研磨性が高くなりますが、切削研磨の作業性との兼ね合いを考えると外割重量比で10~15%が適量だと思います。
また、本編でも錆の原料について触れましたが、特に岩綿で刻苧を作る時には砥の粉の他に粘土(木節粘土または蛙目粘土)を混ぜることをお勧めします。粘土を混ぜることで水分排出が調整され、厚みによる乾きむらが生じにくくなります。錆の重量比10%以上(推奨は30%程度)を粘土にすると岩綿刻苧の乾きが良好になるという結果を得ています。
刻苧の材料として岩綿を用いることは恐らく殆ど行われていないと思われるため、まだ特性や注意点が十分でない部分が多いのですが、特に大きめの欠けの修理では耐久性が高く日常使いでの再破損の不安は軽減されると思います。
常用の食器修理のために何が必要なのか、今後も分かったことがありましたら報告したいと思います。
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