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案外 書かれない金継ぎの話(26) 麦漆〜グルテンを利用した接着剤〜

麦漆は、穀物に含まれるタンパク質から生成したグルテンを漆に混ぜた接着剤です。
グルテン生成には穀物の中でも生産量の多い小麦が使われます。小麦粉から作った糊は、盤石糊ばんじゃくのりと呼ばれます。

小麦粉の種類

小麦粉には、タンパク質の含有量の違いで薄力粉はくりきこ中力粉ちゅうりきこ強力粉きょうりきこ、更にグルテン成分だけを抽出したグルテン粉グルテンパウダがありますが、金継ぎでよく使われるのは薄力粉のようです。おそらく普段の調理の使用頻度から入手しやすいためと思いますが、どの粉でも糊を作る事が出来ます。(写真:左 薄力粉 ・右 グルテン粉)

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薄力粉(左)とグルテンパウダー(右)

小麦粉が糊になる仕組み

小麦粉に適量の加水をして練ると、弾性体のグルテニンと粘性体のグリアジンという2種類のたんぱく質が網目状に絡み合い、弾力と粘り気のあるグルテンが生成されます。練る圧力と回数が増えるほどグルテンの網目は細かくなり、粘りが強くなります。
デンプン糊のような熱による温度の状態変化とは異なり、常温で糊になります。
加える水のpHペーハーや温度、量によって生成するグルテンの粘りや硬さが変わります。(興味がある方は料理解説本などをご参照下さい。)
なお、小麦粉は高温多湿で半年以上の長期保存をするとグルテンの形成能力が低下するため、糊を作る時には保存状態の良いものを使う必要があります。

盤石糊の特徴

非常に粘着力が強いため、高い保持力があります。
グルテンは水に溶けませんが、吸水すると軟化して粘弾性が戻るため糊としての耐水性は高くありません。水温が上がると熱により結合が強まり、粘弾性が落ちて硬くなる性質があります。
小麦に約70%含まれる生デンプンを洗い流した強粘着剤が本来の盤石糊ですが、生デンプンを残したまま糊にすると、加水で接着個所を簡単に外す事が出来るため再修理を目的とする場合はデンプンを洗い流さない盤石糊を使うようです。ちなみに、掛け軸や屏風修復では再修理することを念頭に置いた糊として小麦デンプンで作った新糊しんのりや、古糊ふるのり(数年以上発酵、熟成させた糊)を利用します。

麦漆の作り方

金継ぎの説明では小麦粉に加水して練るだけの簡易盤石糊の作り方を紹介しているものが多いですが、漆の比率の高い方が実用陶磁器の修理としては強いので、今回は接着に関与しない生デンプンを取り除いた盤石糊を使った麦漆の作り方を紹介したいと思います。この方法であれば薄力粉や強力粉など粉の種類に関係なく、必要量のグルテンを得ることができます。

使用する小麦粉によって水分量は前後しますが、概ね
小麦粉2 水1(重量比)
で計量し、練ってドウ(手で掴める程度の硬さの塊)を作ります。水は一度に入れず、少しずつ加えて調子を見ながら練ります。力を入れて練ることでグルテンが生成されます。

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小麦粉に加水(上)とドウ(下)

ドウを手で揉んで小麦デンプンを洗い流します。
器に水を入れ、ドウを揉むと小麦デンプンが洗い流されて水が白く濁ります。何度か水を交換し、濁りが出なくなるまで揉み続けていると、ドウに弾力が出てゴムのようになります。

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ドウ揉み(上)と残ったグルテンの塊(下)

小麦デンプンが洗い流されてドウは小さくなります。
グルテンの塊を指で広げ、余分な水分を抜きます。室温だと1日程度かかるので、ドライヤーの送風を当てると効率よく水を減らす事が出来ます。温風はグルテンが硬くなってしまうので冷風を当てます。

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ドウからグルテン塊(上)とグルテン水抜き(下)

指にベタつく程度まで水分が抜けたら纏めまとめます。ヘラに付けて振っても落ちない程の粘着力になります。

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水分を減らしたグルテン塊

グルテンと漆を混ぜます。
グルテン1 素黒目漆5~6(体積比)
でダマが無くなるまで練ります。
グルテンは酸性液と触れると結合が切れて伸びるようになる性質があります。漆の液は弱酸性(pH4.5)のため、練っていると徐々に伸びが出てきます。グルテンの追加は可能ですが、多すぎると塗り伸ばしが大変になるので注意して下さい。
混ぜた納豆のように、麦漆が糸を引くようになったら出来上がりです。

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麦漆練り

麦漆の特徴と使い方

粘着力(初期保持力)が非常に高いため、接着面の漆の残留および接着補助を目的とした使い方になります。接着後にズレやすい磁器のような滑らかな破損面の素地の接着に向いています。平滑に薄く塗り伸ばすのは楽ですが、粘弾性が高いため凹凸の強い陶器素地は綺麗に薄く塗るのに技術が要ります。

塗り伸ばした後に少し置いて、粘着はあるが指には付かないくらいが張り合わせのタイミングです。早過ぎると、張り合わせ後になかなか固まらなくなりますので焦らず状態を確認して貼り合わせます。
小さな破片であればテープで固定しなくても密着していますが、大きめの破片の時はテープ固定した方が安全です。

サランラップで密閉すると数日は保存することが出来ます。漆の殺菌効果はありますがタンパク質は腐りやすいので長期保存はしない方が良いと思います。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU , T Kobayashi

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