案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 10 接着用漆の経年変化
陶磁器は透明性がないので、表層の金が剥がれて下地が露出したことは分かっても、その下の修理箇所が経年でどのようになっているかを確認する事は出来ません。そこで今回は、修理箇所の経年変化について以前に作ったサンプルから考察をしてみたいと思います。
サンプルを比較する
本編の第31回「破損の修理」で、作り方の解説に使った糊漆・麦漆・接着用錆漆をガラス板で挟んだサンプルを作り、1~2ヵ月経過した状態と比較して接着箇所の漆は時間の経過ととも目減りすると説明しました。年末に仕事部屋の整理をしていたら、この時に使った麦漆のサンプルが出てきまして、最近、糊漆と接着用錆のサンプルも見付けることが出来ました。
記事を書いたのが2021年11月で、サンプルは2ヵ月前から仕込んでいましたから2021年9月作成です。この記事を書いているのが2024年5月なので、作成から3年弱経過した状態になっているということになります。あまり変わらないのか?それとも大きく変化しているのか?早速、どのようになっているのかを見てみましょう。
左から順に糊漆、麦漆、接着用錆で、上から順に接着直後(2021/9)、1か月経過(2021/10)、3年弱経過(2024/5)です。変化の度合いの確認なので2ヵ月後の写真は省略しました。
ライティングやカメラが違うため色の変化は参考になりませんが、経年で目減りが進み肉痩せしているのはお分かり頂けると思います。
麦漆は昨年末(2023/12)に見付けたときに写真を撮ったので、2023/12(左)と2024/05(右)の比較も掲載しておきます。よく見ると漆の形が変化して気泡が動いているのが分かります。
サンプルから推測できる事
ガラス板は横幅が約25mmあります。ガラスは酸素を透過しないので、25mmもあると2年を過ぎても中の漆は完全に酸化して固まらず動くということが分かります。
本編の第2回「金継ぎが不得意な事-接着の基礎-」でガラスと漆の接着相性はあまり良くないと記載しましたが、サンプルは平滑なガラス面なので漆の食い付きが特に良くありません。骨灰磁器のようなガラス化が進んだ磁器でしたら近似した状態になる可能性はありますが、陶器であれば素地の凹凸が大きく漆は食い付きやすいでしょうし酸素を透過する場合もあるので、サンプルよりも早めに硬化し肉痩せはもっと起こり難いと考えられます。
ただし、陶器も鉱物粉が微量のガラスで焼き固められている状態なので、いずれにしても少しずつ微細な「肉痩せ」は起こり隙間は発生してくるでしょうし、素地が厚くなるほどサンプルの状態に近付くのではないかと思われます。
無機物の接着では、糊漆や麦漆のような有機性材料だけを使ったものは大なり小なり肉痩せが起こる可能性は高いと考えた方が良いでしょう。
サンプルから言えること
昔から漆最強説というものがあって、だから漆で器を直せば完璧だという話もたまに聞いたりします。確かに漆は酸化が進むことで非常に堅牢で極めて安定した樹脂になりますが、それは安定するまで長い年月、丁寧に保管されたり、奇跡的に変化の少ない土壌に埋まっていたからで、現在の金継ぎのように直してから数か月養生したあと日常使いで酷使していけば、温度や衝撃や紫外線など色々な負荷が漆に掛かって劣化もしていきますから、そう簡単に最強の状態になることはないと思います。
毎日使っていれば水漏れや再破損をしたり何かしら不具合がでてくるのは、漆や繋ぎ剤(デンプンやグルテン)の性質的に致し方のない事でしょう。金継ぎをしたから最強の直しになっているとは考えず、出来るだけ丁寧に扱い、少しずつメンテナンスも繰り返す必要があるのではないかと思います。
「器を育てる」という気持ちは新しく買った器だけでなく、直した器でも心がけたいものです。
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