案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 13 漆と粘度と接着の関係
接着剤売り場へ行くと、どれを買えば良いか迷うほどいろいろな接着剤があります。種類が多い理由は、被着体(接着するもの)や用途に応じて最適なものを選ぶ必要があるからです。意外に見落とされがちですが、金継ぎも同様に、強度や耐久性を得るためには被着体や用途に応じて最適な接着剤を作る必要があります。今回はそれについての概論解説をしたいと思います。
漆と補助材
金継ぎでは、接着・欠損の成形・ヒビ埋め・下地処理・金属粉の固定など、全ての作業に漆を使います。つまり漆は一液性の汎用天然樹脂と言えるでしょう。
しかし、漆のみで全てを賄うのは流石に難しいので、補助として糊や粉体などを添加します。ハウツー本やワークショップでは漆と添加材の混合比を既定値として伝えることが多いため、言われた通りにやらないといけないと思っている方がいますが、糊や粉体は基材となる漆に対しての補助であり、既定値はあくまで目安です。本来は器に合わせて添加量を加減する必要があります。
粉体は使いやすいパテの硬さの範囲があるため混合比が大きく変わる事は少ないですが、接着の時の糊の混合量は粉体に比べるとかなり増減に幅があります。
接着剤とは
物が接着するためには、
濡れる (液体と固体が反発せず馴染んでいる)
界面が近接する (液体を介して物と物が近付いている)
硬化する (液中成分が十分に固体化し安定している)
という3つの接着要素が必要で、それを満たすものが接着剤です(界面の説明はSpinoff 第11回を参照)。見方を変えると、液体が固体の間で反発せず馴染んだまま個化するものは接着剤になります。
<補足>濡れ について
紙パレットに水と生漆を1滴ずつ垂らすと、水に比べて生漆の方が広がります。この場合、水よりも生漆の方がよく面に馴染んでいる事が分かります。これを「生漆は良く濡れている(濡れ性が良い)」と表現します。
接着剤と粘度
接着剤には「液状」や「ゼリー状」のように、固まる成分は同じで粘性だけ変えたものがあります。変える理由は、接着面の状態が塗布後の接着剤に影響を与えるからで、要するに接着要素の最適化のために必要なわけす。
液体(正確には流体)の流れにくさ(流動の抵抗値)を粘度と言います。粘度はPa·sという単位で表しますが、日常の液体はもう少し細かいmPa·sを用います。
単位の定義は長くなるので割愛しますが、20℃の水の粘度が1 mPa·s 。写真の接着剤の液状は3 mPa·s 、ゼリー状は約15,000 mPa·s だそうです。(注:温度により粘度は変化します)
個体の表面は平滑に見えても、顕微鏡レベルで見れば凹凸があります。この凹凸の深さや数で液体が浸み込む加減が変わります。金属やガラスなど凹が浅いものは浸み込みは少なく、布や木材など凹が深く数が増えるほどよく浸み込むようになります。
接着剤は、塗布する時には液体ですから接着面の影響を受けます。濡れ性が良く低粘度な接着剤は、浸み込まない面では接着要素が成立しますが、浸み込みの大きい面だと吸収されて接着要素が成立しなくなり接着強度が出ません。そこで成立させるために高粘度が必要になるわけです。
漆を接着剤として使う
本編第24回でも記載しましたが、漆は単体でも接着剤として使う事ができます。
漆は精製することで粘度が変化しますが、20℃の場合、生漆は1,000 mPa·s で卵黄より少し粘る程度、素黒目漆は3,000~4,000 mPa·s でとんかつソース程度の粘度だそうです。磁器のような低吸水性の被着体であれば、粘度は問題ないでしょう。
また、漆塗膜は乾くと鉛筆硬度6H(6Hの鉛筆の芯と同じくらいの硬さ)なので十分に硬く固化します。
従って、漆は糊を加えなくても「濡れる」「界面が近接する」「固まる」という接着要件を満たすこと分かります。漆のみを接着剤とするのは、低粘度の接着剤を使う事と同じなのです。
漆の接着剤を作る
吸収性が高い陶器になると、漆だけでは粘度が不足してきます。漆は固まるまでに時間が掛かりますから、より浸み込みは大きくなります。粒の荒い素地や楽茶碗のような焼成温度の低い陶器になると、漆単体の粘度で接着要件を満たすことは、かなり難しいでしょう。
そこで、糊の補助が必要になります。糊の種類や添加量で最適値の粘度に調整するのが、漆の接着剤を作るという作業なのです。
糊の種類について『案外 書かれない金継ぎの話』では、本編とスピンオフで4つ(糊漆、麦漆、接着用錆、乾酪漆)詳細を紹介していますのでご参照下さい。
漆の接着剤を作る時の注意点は、粘度が高いから(ベタベタしているから)強い接着になる訳では無い、つまり糊をたくさん入れた方が接着力が上がる訳では無いということです。
接着とは「濡れ、界面の近接、硬化」のセットであり、粘性はそれを最適化するための補助的な役割です。
濡れは、接着面に馴染んでいること、つまり微細な凹みにも液体が入り込んでいる事が大切で、入り込んだまま固化してロックを掛けた状態になる。それが接着です。濡れた液体に圧力を掛けて接着面を近接させ、より確実に凹みに入れてロックすると接着力が向上します。粘性はそのために最適値の粘度であることが重要なわけです。
粘度が低すぎると液体は浸透しますが接着面に残らずロックが掛かりませんし、粘度が高すぎても微細な凹みに入らない上に圧力を掛けても押し戻されてロックが掛かりません。
接着面の状態をよく確認し、液体が凹みに入り込み、かつ、接着面全体に必要量が残るには、どれくらいの糊の添加が粘度の最適値になるのか、これが漆の接着剤を作るときのポイントです。
そう言われても、最初は分量の見当が付かないと思います。漆は約24時間で初期硬化し剛性体になる接着剤なので、陶器を接着したい場合は24時間で硬くなる陶器可の接着剤を買って、粘度を比べてみるのが手っ取り早いでしょう。
ちなみに、製造メーカーで違いはありますが、汎用二液性エポキシ接着剤の粘度は10,000-20,000 mPa·s 、木工用ボンドの粘度は22,500(±7500) mPa·s だそうです。木工用ボンドは木材の硬さに合わせた弾性体ですが、浸み込みやすいものの粘度の目安にはなると思います。
漆と糊を混ぜる順番
最後に、漆と糊を混ぜる時の手順の注意を書いておこうと思います。
漆と糊を混ぜる時には、必ず漆に少しずつ糊を加えていきます。
これは、「徐々に粘度を上げながら確認する」というのは勿論ですが、漆ならではの注意として「漆の酵素が加水で失活するのを極力防止する」ために必要な手順です。糊は必ず水分が含まれているので、糊に漆を入れると酵素の失活の被害が大きくなり、最悪の場合、糊が固まるだけで漆は固まらず接着強度が低下する可能性があります。
また、糊を添加した漆の接着剤は、糊のメリットと同時にデメリットも享受しますから糊の入れすぎは厳禁です。
あくまで目安になりますが、漆の接着剤は基本的に飴色~濃茶色です。練り終わった時の色が鼠色などモノトーンの場合は、糊が多すぎるか、pHが高く酵素が失活しています。この場合、糊の力で接着するだけで漆の接着力は機能しませんので、勿体無いですが作り直しが必要になります。
金継ぎを始めたばかりの頃は、直したものが実際に使えるか不安になったり、使ってみたら取れてしまったりと、意外に落胆することも多いと思います。しかし、失敗は成功の母と言いますが、失敗の原因を探って解決すると一気に上達する足掛かりにもなります。そんなところも金継ぎ作業の面白さではないかと思います。
※ 「濡れ」についての補足事項を追加しました(2024.12.13)
案外 書かれない金継ぎの話 spinoff - ご質問は気軽にコメント欄へ -
(c) 2024 HONTOU , T Kobayashi