【会社員から独立】絵で脳も感情も動かす。私の「イラストレーター」としてのこだわり
副業や独立が当たり前となり個人で稼ぐ人が増えるなか、人気な職業の1つがイラストレーター。厚生労働省の統計データによると職業分類「イラストレーター」(美術家を含む)の人口は、全国で47,000人を超えるといいます。
しかしイラストレーターは、どんなシーンで活躍できるのか。そもそもどうすればなれるのか。意外とわからない職業でもあります。今回は、これまで会社員時代から実績を積み上げ、2024年3月より独立したイラストレーター・山岸あゆみさんにインタビュー。イラストレーターの活躍シーンや、価値の生み出し方など、あゆみさんご本人の実体験も交えて語っていただきました。
イラストに「情報」を掛け合わせる
──イラストレーターとして、これまでどのような活動をされてきたのでしょうか。
あゆみさん 2018年から5年間ほど副業として活動してきて、今年(2024年)3月に独立開業しました。
個人の方からの依頼や、イベントでのグラレコ(グラフィックレコーディング)、まとめイラスト(会議やイベント後に行う、内容の図解・要約)の制作から始まり、だんだんと企業案件も獲得できるようになってきました。
──「グラレコ」「まとめイラスト」というのは?
「グラフィックレコーディング」は、会議やイベント、トークセッションの内容などを、その場でリアルタイムに図やイラストにしてまとめていくもの。「まとめイラスト」は、即興ではなく事後的に、図解やイラスト、文字を交えて情報を視覚的にまとめるイラストのことをそう呼んでいます。
もともと新卒入社した企業で、事業やサービスの図解、製品資料や営業資料の作成など「資料のデザイン」をよくやっていました。
そうした経験で情報整理が得意になり、さらに図を組み合わせたものを制作してみると、思ったよりも需要があったんです。
──特にどのような依頼が多いですか?
たとえば起業直後や、事業フェーズが変わるタイミングで、企業の掲げるミッション・ビジョンや、目指す在り方、プロセスなどを図解したいといったもの。このあたりの要望はスタートアップさんが多いですね。
大手企業さんでも、重要な討議内容をわかりやすく記録する目的だったり、新規事業やサービス開発をするタイミングだったりと、求められるニーズはいろいろあります。
ただ共通しているのは、何か新しいことを始める時に、社員やチームメンバーへの説明に時間がかかるから絵でわかりやすく表現したいということです。
ビジネスにおいて「情報×イラスト」のニーズは意外と大きい。これは実際に仕事をしながら実感してきたことのひとつです。
他に、ビジネス書のカバーイラストや挿画などもしてきました。
これは早稲田大学国際教養学部の先生が書いた「紛争解決学」についての本で、難しい話なんですけど「わかりやすく、取っ付きやすくしたい」ということで、依頼してくださったんです。
「わかりやすくしたい」「幅広い人に届けたい」というときに、イラストが求められることは多いように思います。
情熱が冷めてしまう前に
──独立を決めたのはいつ頃だったんですか?
2023年初頭からずっと「独立するぞ」とは考えてたんですけど、なかなか辞められない理由があって、結局、辞めたのは年末でしたね。
というのも、しばらく不妊治療をしながらお仕事をしていて、正直、正社員としての育休制度を手放す勇気がなかったんです。会社に所属しながら妊娠・出産すれば、産休・育休制度があるのでお金の心配をしなくて済みます。でも独立したら、そうもいかない。情けない話ですが、そんな怖さから退職の決断ができずにいたんです。
妊活をして、会社の仕事をして、イラストレーターとしても仕事して――というのは、心身共に苦しかった。特にイラストレーターは、今後ずっと続けたい仕事。そこになかなか踏み込めず、チャンスを見送ることもいくつかありました。
それから不妊治療の結果が出ないことのストレスもあって、精神的にかなり疲れてきてしまい、年末に差し掛かる頃にいよいよ仕事を辞めようと思いました。当時まだ不安もあったので、合理的に考えたら会社を続けたほうが良かったかもしれません。
だけど躊躇して安全なタイミングを見計らっているうちに「情熱が冷めてしまう」ことのほうが怖かった。夫と相談すると「うん、いいんじゃない」と言ってくれて、いよいよ独立に踏み切りました。
足踏みしていたけど、ようやく辞める区切りをつけられました。そうしたら、年明けに妊娠がわかったんです(笑)。
人生って可笑しいですよね。「ああ、こういうものなんだな」と。ほっとした安堵感と、予期していた困難が同時に来たんですから。
幼少期からある“表現への執着”
──絵を描くようになったのは、いつから?
幼稚園児の頃から絵が好きで、気がついたら絵を描いていました。最近になって思い出したのは、節分の時にもらう鬼のお面に色を塗っていたことです。
クレヨンで塗っていたんですけど、クレヨンって、絵具やカラーペンみたいにベタ塗りできないじゃないですか。子どもの手でわーって塗ってるから、どうしても塗り切れていないテクスチャー(素材の表面)の白い部分が残っちゃう。
そのちょっと白く残る感じがすごく嫌だったのをよく覚えているんです。どうしても気になるので、グリグリグリ~って無理やりベタ塗りして、鬼のお面を真っ赤っかにしていました。夕方、もう教室に私しか残っていなくて「あゆみちゃん、もうそのくらいにしたら?」って言われても「いやだ」って言いながら。
鬼の形相の凄みみたいなものをどうしても表現したいって思っていた記憶があります。表現に対する妙なこだわりは、当時から持っていました。
──絵やイラストの練習などは?
意識していたわけではありませんが、小学生のときに『名探偵コナン』を初めて見て、かわいいし、個性的な絵だと思ったのか、翌日には真似して描いていました。模写や塗り絵ではなく、前日に見たコナンくんや蘭ちゃんを思い出しながら描いていたんです。
だけどうまく描けなくて、「どうしたらかわいくなるのか」「どうしたらあの絵に近づくのか」って、目の位置や顔の形を試行錯誤しながら何度も描いていたのをすごく覚えています。
将来の仕事は意識していないまでも、そういうことをずっとやっていました。
賞を獲れなかった過去から、一転
──イラストレーターを仕事にしようと考えたのは、何がきっかけだったのでしょうか?
「マエデ」というオンラインサロンに入ったことがきっかけですね。
ここで初めて、自分のイラストやグラレコが「人に見られる」という経験をしたんです。それまで全然やってこなかったことでした。
すると、思っていたより褒められたんですよね。自分としては「え、これが?」と思うようなものでしたし、何よりプロのデザイナーさんやイラストレーターさんも多くいる中で、クリエイティブ界隈の人たちがそんなに褒めてくれると思っていなくて。
そこで初めて「これ意外と可能性あるのかな」って思えました。
幼少期や学生時代から「絵が上手だね」と褒められることはありましたけど、絵画コンクールとかで賞を獲ったことは一度もなかったんですよ。
それもあって「私はまあまあ絵が描けるけど、見る人が見れば評価されない程度のものだろう」と、そんな意識ができ上がっていた気がします。
──プロ集団で認めてくれる人の多さに、自信を取り戻せた。
そうなんです。マエデで多くのクリエイターさんから「かわいい」「おもしろい」と言っていただけたことが、嬉しかったし、びっくりしました。
この体験が、イラストレーターとして仕事をしてみようと思えた一番大きな理由になっています。ただ、すぐに仕事にしようと思ったわけではなく「イラストが武器になるかもしれない」と“気づけた”が正しいです。
そこから約5年間いろいろな仕事を経験して、どの仕事でもイラストが役に立ち、書籍の挿絵や企業案内のイラストなど、だんだんと規模や影響力の大きい仕事にも携われるようになってきました。
それまでは副業的にやってきたんですが、書籍の表紙から挿絵までまるごと経験しちゃったら、どうしてもプロ意識が芽生えちゃうじゃないですか(笑)。
こうして自信を重ねることができたのも、マエデでの体験があったからです。クリエイティブの世界を以前より少し意識し直せた小さな変化だったけど、5年経ったいま、独立するまでにつながっているんですよね。
「感情」を動かす絵を描くには
──イラストレーターという仕事の、やりがいやおもしろさをどう捉えていますか。
いろいろあるんですが、新しい感覚に出会えたときは、おもしろいと感じますね。たとえば以前、書籍の挿絵を描かせていただいたときに、担当編集者の方から「キャラクターの極端な表情とか、個性を強めに描いてください」って、しきりに言われたことがありました。
この仕事を始めた時は、いつも共通して「わかりやすさ」を求められてきたので、「個性」なんて出してはいけないものだと思っていたんです。だけど、「わかりやすさ」だけではなく、「ちょっと笑える」とか「おもしろおかしさ」を求められたのが意外で、それまでの感覚がひっくり返りました。
──意外なフィードバックをもらえた。
そう。それが私の「本当はこうしたかった」をグッと引き出してくれました。
キャラクターの個性をむき出しにして描いたなかでも、たとえばこれは気に入っている絵のひとつです。
すごいショックを受けた、みっともない表情ですよね。でもこれを出したときに編集者さんが「見た瞬間に笑った」って言ってくれて。
わかりやすさって大事なんですけど、同時に絵が「魅力的」であることも、わかりやすさと同じくらい、あるいはそれ以上に大事なんですよね。
書籍の挿絵を描いてそういうことに気づいたし、私は「見ていておもしろい」とか「楽しい」と言ってもらえる、「感情を動かす絵」を描きたい。
――絵が「魅力」を持つには、何が必要なのでしょう?
ひとことで言うのは難しいですが、「人間愛」が必要なんじゃないかなと思っています。
魅力的な絵、おもしろおかしい絵といっても、ただ変な絵を描けばいいというわけでも、無理に人と違う絵を描けばいいというものでもない。
人によって感じ方はいろいろあると思いますが、「この絵を描いた人は、どういう人なんだろう」って、背景が立ち上がってくるような絵。そんな絵が、私は好きです。
そう考えると「描いた本人が楽しいかどうか」ってすごく大事だと思いますね。見た人に「これ描いた人、楽しかったんだろうなあ」って思ってもらえるような絵。
例を挙げると、イラストレーターのヨシタケシンスケさんの絵は、本当に魅力的だなって思います。
この表情とか、ユニークさがあってすごく好きなんです。
──あゆみさんの絵は、ヨシタケさんの影響も受けてるんですか。
影響受けすぎたらパクリみたいになっちゃうので、薄目で見てます(笑)。
でも、これ見てるとニヤニヤしてきて笑っちゃうんですよ。感情を喚起するってすごいことです。
最近、悲しいニュースがありましたけど、鳥山明先生の絵も大好きで。見てるだけでうっとりする魅力がある。「ああ、楽しんで描いてるんだな」って伝わってきます。
そういう意味では、「人間愛を加える」とともに「楽しんで描く」ことも、感情を動かす絵を描くために、なくてはならないと思っています。
「ほっこりする」「安心する」「おもしろい」、どんな言葉であれ、そうしたポジティブな感情を起こす絵を描く。そんなことを大切にしながらイラストを描いていきたいですね。
すべての人がアクセスできる絵を
――イラストレーターとしての目標はありますか。
どんな仕事が来るかはわからないけど、自分でも思わぬ方向に活路が開けることがあります。それは、いままでの5年間でも感じてきたことです。
だから何か到達点を決めるより、やりながら予想外の展開を楽しんでいきたい。
その上で、したい仕事はたくさんあります。書籍や広告のイラスト。他にも、お店の壁や窓をイラストで飾ったり、工事現場の外壁や、病院、学校、公民館などの公共施設で、大きな絵を描いたりできたらいいなって想像したりします。
ヨシタケシンスケさんが大きな絵を1枚描いて、病院の子どもたちが見られる場所に飾ったというエピソードがあるんです。
絵が直接、医療行為に役立つわけではありません。だけど病気だったり、どこか元気のなかったりする人々が、ちょっとでも元気になって、笑顔になれる。
それは絵の素敵な力だと思うんですよね。私が喋るよりよっぽど、絵はいろんなものを語ってくれます。
だから公共、福祉、教育にも関わっていきたい。病院、公民館、図書館や駅のような場所に絵を展示して、人のポジティブな感情を湧かせることができたら、すごく嬉しい。
私にとって、絵は世の中につながるための手段なんです。
だから、なるべく多くの人が見る場所がいい。「世の中すべての人にアクセス権がある絵」を描いていきたいって思っています。
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イラストレーター山岸あゆみさん情報
▼HP(ご相談はこちらから)
▼note
訊き・書き:金藤良秀
バナーデザイン:安村シン(SHINWORKS Inc.)
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